お嬢様は王妃の座をお望みです ~最強の年上わんこ従者は斜め上に暗躍する~
「一緒に暮らすことになったアレン君だ。仲良くするのだよ」
そう言って父に連れてこられたアレンのことを、ヴァレンティ公爵家の令嬢フランシスカは、自分の従者にするために、どこぞの没落貴族から引き取ってきたのだと思っていた。
三つ年上の彼は、まだ十三歳。痩せっぽちだが見目がよく、そこはかとない気品があったから、まあまあいい家の生まれなのだろう、と。
実際、マナーは一通り身についており、文字の読み書きができる。娘の従者としてはいい人選だ。フランシスカは父の目利きに感服した。
ところが――。
「こんなこともできないの? この役立たず!」
公爵邸の庭園に、フランシスカの甲高い叱責が響き渡る。彼女の目の前では、見事な金髪を泥まみれにし、仕立ての良い従者服をボロボロにしたアレンが、芝生に膝をついて泣きながら平伏していた。
「すびばぜん、お嬢様ぁぁ! 捨てないでください……次こそ、次こそは完璧にやり遂げてみせますから!」
「次なんてないわよ! わたくしは『ティータイムに、昨日食べた最高級の特製マカロンを用意して』と言ったの。それを何よ、これ!」
フランシスカがピシッと指差した先――白いガゼボのテーブルの上には、なぜか隣国の王家の紋章が刻印された純銀の菓子皿が鎮座していた。その皿に盛られているのは、芸術品のように美しい、色とりどりのマカロンの山……。
(昨日食べたやつより、明らかに高級品じゃないの……!)
フランシスカが求めたのは、単なる昨日と同じマカロンである。しかし、アレンは「最高級の」という彼女の言葉を額面通りに受け止め、とんでもない暴挙に出たのだ。
この国の王宮魔法師ですら扱える者がほとんどいないという『上級空間転移魔法』を独学で発動。あろうことか隣国の王宮厨房へ直接転移し、今まさに王女様へ運ばれるところだった出来立てのマカロンを皿ごと強奪してきたのである。
ちなみに、ボロボロの服と泥まみれの身体は、帰りがけに見つかって城の衛兵たちと一戦交えてきた名残であった。
「お、お口に合いませんでしたか……っ? やはり、あの厨房にいた料理長ごと拉致して、ここで毎日作らせるべきでしたよね……」
「物騒なこと言わないで! 味はめちゃくちゃ美味しいわよ。というか、あなたマナーも読み書きも完璧なのに、どうしてこういう普通のお使いだけ、おかしなことになるの? 国際問題になったらどうすんのよ!」
「ううっ……お嬢様のお役に立てない僕は、ただのゴミです……。いっそこの場で自害しますぅぅぅ!」
「大袈裟に泣き喚かないのっ! わかったから……捨てないから、早くお茶を淹れなさい」
「はいっ! 喜んで、お嬢様」
さっきまでの涙はどこへやら、アレンはパッと顔を輝かせると、泥まみれのまま立ち上がり優雅な一礼をした。
彼はどこかズレていて、ことあるごとに「捨てないで」と泣きつく。
(まあ、この先、この役立たずが生きていけるように、わたくしがきちんと躾けてあげなきゃね)
駄犬みたいなアレンがお茶の用意に取りかかる様子を眺めながら、フランシスカは小さくため息を吐いた。
◆◆◆
そんな二人の主従関係は変わらぬまま年月は流れ、フランシスカは十六歳になった。
アレンは相変わらずフランシスカの前では「お嬢様ぁ!」と泣きつく駄犬である。だが、その容姿は痩せっぽちの儚い少年から、背が伸び健康的に成長した精悍な青年へと変化していた。
ある日、フランシスカのもとへ王家から招待状が届く。
「王太子妃選定、ねぇ……」
この国では王太子が十六歳を迎えると、婚約者を決めるための舞踏会が開かれるのだ。候補はフランシスカを含む八人の高位貴族の令嬢たちである。
令嬢たちが王太子ジュリアンと一曲ずつ踊り、彼に選ばれた者が妃となるのだが――。
「他の七人の令嬢たちは皆、目の色を変えてるわね。これから裏でえげつない蹴落とし合いが始まるわよ。怖いわねぇ」
フランシスカは招待状をパタパタと仰ぎながら、他人事のように呟いた。
運命の舞踏会は一か月後。その前に候補者たちは淘汰されていき、最終的に何人残るのか。
ドロドロした足の引っ張り合いにも、ジュリアンにも興味はない。ただ……。
「でも、王妃にはなってみたいわね」
冠が綺麗だから。一番偉くなれば、誰にも文句を言われないから。ほんの軽い気持ちだった。
だが、その瞬間、ちょうどチーズケーキの皿をテーブルに置こうとしていたアレンの動きが、ピタリと止まる。
「……かしこまりました、お嬢様」
彼から向けられたのは、ゾッとするほど美麗な微笑み。
「え? いや、今のはただの独りご――」
「お嬢様が王妃になりたいとおっしゃるのなら、このアレン、命に代えてもその願い、叶えてみせます!」
「あ、アレン? ちょっ――」
「まずは邪魔な令嬢どもを物理的に消すか、あるいは精神をズタズタに壊してしまうか……」
仄暗い表情を浮かべるアレンの目が、完全に据わっている。
これはまずい。彼は本気で令嬢たちを消すつもりだ。
慌てたフランシスカは、転移魔法を発動しようとするアレンの肩を揺さぶった。
「物騒!! やめて、誰も消さないで!? ちょっと、落ち着きなさい」
「すびばぜん、お嬢様ぁ! また役立たずって捨てられちゃうかと思って、焦ってしまいましたぁ!」
正気に戻ったアレンは、いつもの涙目に戻って頭を下げていた。
「まったく、大袈裟なんだから……今さら、わたくしがアレンを捨てるわけないじゃないの」
「ホントですか?」
「ほんとよ、ほんと」
四六時中、この調子なので、もうすっかり慣れてしまった。なんだかんだ言っても、アレンがポンコツなのは自分の前でだけで、両親や使用人たちからは「優秀だ」とすこぶる評判がよいのだ。
「舞踏会は一か月後よ。それまで、ゆっくりドレスでも仕立てましょう」
「はい、お嬢様!」
と、フランシスカが屋敷でのんびりしている間、他の七人の令嬢たちは実家を巻き込んで、裏で泥仕合を繰り広げていたようだ。
あるお茶会で毒が盛られただの、ドレスを切り裂かれただの、果ては攫われそうになっただのと、不穏な噂に事欠かない。
醜い女の闘いに巻き込まれなくてよかった。ひたすら傍観に徹したフランシスカは、ほっと胸をなで下ろしつつ、アレンの淹れたお茶を啜っていた。
舞踏会を三日後に控え、仕上がってきたばかりの豪華な衣装に満悦していると、アレンが真剣な面持ちで進み出てきた。
「お嬢様。舞踏会までお休みをいただいてもよろしいでしょうか?」
「え? いいけど……どうしたの?」
彼が休みを申し出てきたのは初めてのことだった。めずらしいこともあるものだ。
フランシスカは不思議そうにアレンを見る。
「ちょっと野暮用で、三日ほど帰れそうにないんです」
「ふうん。わかったわ、気をつけてね」
隣国へお菓子を強奪しに行ったときですら、転移魔法でほんの数時間留守にしていただけだった。それが三日もかかるなんて、今度は相当遠い場所に用事があるのかもしれない。まあ、自分が頼んだ“お使い”ではないから、滅多なことにはならないだろう。
そう思い、フランシスカは気軽にアレンを送り出した。
そうして迎えた王太子妃選定の舞踏会。フランシスカは両親とともに会場へ向かった。
豪華絢爛な大広間では、候補の令嬢たちがお互いをけん制し合うような鋭い視線を交わしている。その様子を見る限り、彼女たちの間でまだ決着はついていないようだ。
アレンは、まだ帰ってきていない。
一緒に選んだ、セルリアンブルーに金糸の刺繍を施したふわりとしたドレスとサファイアの首飾り……。
「アレンに見てもらいたかったわ」
ぽつりと零すと、前を歩く母が「フランちゃん、何か言った?」と振り向いた。
「うんん、なんでもない」
「はは、アレンがいないからな。寂しいんだろう」
「そうね。あなたたち、ずっと一緒だったものね」
両親は勝手に納得している。
(寂しい……? たった三日、あの駄犬がいないだけなのに?)
そんなバカな。自分はいつから彼がいないと落ち着かなくなってしまったのだろうか。
フランシスカの心臓が早鐘を打つ。
その時である。
一段高くなった玉座の後ろにある豪奢な扉が厳かに開け放たれた。通常であれば国王と王妃、そして本日の主役である王太子ジュリアンが入場するはずなのだが――。
「静粛に! 新王陛下の御成りである!」
玉座の脇に控えていた宰相の張りのある声が朗々と響き渡り、広間はしんと静まり返った。
新王? 現国王は、まだ健在のはずである。それともジュリアンが国王となるような、何かが起きたのだろうか?
隣にいる両親は事情を知っているのか、驚いた様子はない。しかし、会場にいるほとんどの者たちは、困惑の表情を浮かべ、身体だけは条件反射のように礼儀を尽くす。淑女たちはカーテシーを、紳士たちは胸に手を当て頭を垂れた。
宰相の両手で即位布告書が大きく掲げられ、そこに押されている魔法国璽の獅子の紋章が、赤黒い光を放つ。
「昨日、国王陛下のご隠居に伴い、王位継承の儀が執り行われました。本日より、正統なる第一王子アレンディル殿下が、我が国の新たなる王として即位されたことを宣言いたします!」
アレンディル……!
それは、男爵家出身である前王妃の遺児の名である。第一王子でありながら、現王妃の息子ジュリアンが立太子したのは、ひとえに後ろ盾の弱さからだった。平凡な男爵家と名門オルシーニ公爵家では、比べるべくもない。現王妃に命を狙われ行方不明だと、専らの噂だ。
その第一王子の名を聞いた貴族たちの顔に動揺が走る。あの強大なオルシーニ派を抑え、ジュリアンの立太子を白紙に戻して即位したということだからだ。
フランシスカがそっと辺りを見回せば、オルシーニ派の貴族は誰一人、舞踏会に出席していなかった。なぜだか、ジュリアンを狙っていた王太子妃候補の令嬢たちも、いつの間にか姿を消している。
(新王は相当なやり手ってことね。あれ? ……ということは、今夜の王太子妃選定はどうなっちゃうのかしら)
美しいカーテシーを維持したまま、あれこれ考えていると、靴音がカツンと大理石の床を鳴らす。
赤い王外套を纏った新王が、壇を降りて威風堂々とした足取りでこちらに向かって歩いてくる。見事な金髪、精悍で整った顔立ち……。
「ア、アレン……!?」
そこには、この場にいるはずのない“駄犬”の姿があった。
フランシスカは、あまりの衝撃に我が目を疑う。
アレンは周囲を一瞥もせずに、フランシスカの前まで真っすぐに歩み寄ると、流麗な所作で片膝を突いた。そして、下から包み込むように彼女の右手を恭しく取る。
「お待たせしました、お嬢様。あなたの願い通り、王妃の座をご用意いたしました」
「は? え? ちょ、ちょっと、どういうこと!?」
「ライバルを一人ずつ蹴落とすのも面倒なので、僕が王になりました。その方が簡単なので」
「ぜんっぜん、意味がわからないわよ」
フランシスカが混乱していると、その後ろから父が苦笑いを浮かべながら声をかけてきた。
「フランが驚くのも無理はない。実はアレン君は、アレンディル殿下だったのだよ。命を狙われていた殿下を我がヴァレンティ公爵家が、従者と身分を偽って匿っていたのだ」
「そうなのよ、フランちゃん。前の王妃様を愛していらした国王陛下にお願いされてね……」
男爵家出身のアレンの母親は、王妃としては身分が低かったものの魔力がずば抜けて高く、国一番の魔法師だったという。その才を王家の血に取り込むという建て前で、愛し合う二人は結ばれることができた。しかし、アレンが生まれてすぐに、前王妃は儚くなってしまう。国王はアレンに王位を継がせたかったが、現王妃の実家オルシーニ公爵家の強大さを前に、自らの意思を押し通すことができない状況だったらしい。
「嘘でしょ……まったく気づかなかったわ……」
「ああ。こちらもまさか、殿下がおまえのためにたった一か月で、オルシーニ公爵家ごと派閥を失脚させてしまうとは思いもしなかったよ……」
「そうそう、それでね、邪魔が入る前にさっさと即位させてしまおうって、陛下が譲位を決意されたの」
両親の言葉を聞いて、フランシスカは絶句する。
めずらしく休暇が欲しいなんて言うと思ったら、王位を継承するためだったということか。よもや、アレンが第一王子だったとは。
あ然とするフランシスカに、アレンは嬉しそうに微笑みかけた。
「今日、この場所でお嬢様の隣に立つために、お揃いの衣装を仕立てておいたのです。さあ、こちらの王妃の椅子へどうぞ」
そう言われて、フランシスカが目の前のアレンの姿をよくよく見ると、王外套の下に纏う上着はお揃いのセルリアンブルー。繊細な金糸の刺繍がチラリと覗いている。
(やたらとこの色を勧めてくると思ったわ!)
わずかに緑を含んだ濃い青は、アレンの瞳の色と同じだった。
周囲の貴族たちは、王太子妃選定の勝者はヴァレンティ公爵令嬢なのだ、と納得した目で二人を見ている。
「あなたって人は……」
本当に、どこまでもズレている。しかも、自分の前でだけというところが憎たらしい。
「どうやら、一生、躾ける必要があるようね」
フランシスカは顔を赤らめながらも、アレンに手を引かれて玉座の隣の王妃の席へと歩いて行く。その手にぎゅっと力がこもった。
「喜んで」
こうして、新王となった最強の駄犬と、そのお嬢様の新たな甘い主従関係が幕を開けるのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




