退屈な魔王生活のアクセント
おい、そこの君。
君だよ君。ちょっとアルバイトしてみない?
そんな言葉と共に肩を叩かれたのは、街に出てきて散歩を始めて4時間ほど経った頃だった。ああ、西日がきれいだ、と感動していた時だ。
声を掛けてきたのは若い金髪の青年だった。服装はボロボロで、白いシャツも黒いズボンも羽織ったマントのようなものも汚れている。目に精気が無い。
まあわたしの風貌もそんなに冴えたものではないが。唯一の余所行きは時代遅れのジャケットだ。黒髪は伸ばしっぱなしである。
金髪はこちらの無反応に構わず続けた。
「魔王がさ、城から逃げたんだ」
声には覇気があった。
「しかも勇者との戦いで記憶喪失かなんかしたみたいでさ……そんで飛び出して行った。だから見つけてトドメを刺さなきゃならない」
彼はわたしのリアクションを待つように一拍置き、また話し出す。
「魔王は人間の姿をしているんだ。僕が戦ったときは――ああ、僕がその“勇者”なんだけどさ、ウン、魔物に近い感じだった。人間の時に効くかは分からないけどさ、この聖水をかけるか、こっちの“ホーリーガーリック”を使えば倒せるから」
そう言って勇者は小瓶とニンニクひと房を手渡してきた。
「じゃあ、僕そろそろ行くよ。アルバイトをもっと集めなきゃ」
あ、その前に。彼はわたしの顔面に聖水を掛けてきた。髪からぽたぽたと雫が落ちる。
「君は違うみたい。じゃーね」
そんな簡単に倒せるものなのだろうか。勇者を見送って、わたしは1人首をひねる。
結論からいうと、魔王は見つからない。そう、魔王はわたしだ。
……と言っても、冴えない格好をし、勇者にアルバイトの勧誘をされ、聖水を掛けられたのは、正確にはわたしでは無い。この身体はただの人形だ。昔魔王であったわたしが倒した、元・勇者の身体から精神を剥ぎ取り、外側だけ使わせてもらっている。
真実、魔城から、わたしは逃げてきたのだ。あの“ホーリーガーリック”の勇者に倒されて。
彼はあのときは凛々しく、精悍な顔立ちの強い勇者だった。わたしの魔気にやられ、正気を失ったのだろう。気のもち方で顔立ちはあんなに変わるものなのか。
これからわたしはどうするか……引き続きこの黒髪の元・勇者の人形を操って、ただの村人として過ごそう。魔力を回復させるのだ。
力が戻ってきたら、また魔城に帰って次の勇者でも待つことにしよう。退屈な毎日だが、仕方ない。仕事とはそういうものなのだ。
さて、とりあえず今はこのアルバイトにでも精を出そう。収入は怪しいが、道行く人に水をかけ、ニンニクを食わすなんて魔王らしいかもしれない、いやそうでもないような気もする。が、長い一生のアクセントにはなるかもしれない。わたしはわたしを発進させた。
クリック、クリック、アイテム欄。聖水、クリック、投げる、クリック。
どんどんどん、と部屋の扉が叩かれる。夕飯の時間か。はあ。めんどくせえ。生きるのも死ぬのもめんどくせえ。




