おかえり
『じゃんけんしよ!』
『なぜ』
『今日のご飯当番を決めるの』
『やりたくないなら、僕がやろう』
『そうじゃなくてね?』
『…あぁ、わかったよ』
『それでいいの。もちろん、いろいろ禁止ね?』
『言われなくても』
『じゃんけんぽん!』
うーん。
今日のご飯をどうするか、私は考えていた。
見事に負けた。それはもう見事に。
駄々をこねて3回戦にしても、ストレートで負けた。
『私、じゃんけん弱い?』
でも、いいところもある。
彼に作らせると、いつも野菜をたくさん入れてくるし。
おいしいんだけど、なんかこの、なんかやだ!
彼、好き嫌いとかないし、今日は好きなもの作ろっかな。
『ねぇ!それ、そろそろ収穫?』
家の中から、彼に声をかける。
『あぁ』
『じゃ、取っといて』
『わかった』
こんな会話も、もう自然と出来るようになった。
私は、何も聞かない。
必要ないから。
『ねぇねぇ』
『なに』
『前さ、私が本を買って来て、一緒に読んだとき、ありえない、って言ったじゃん』
『あぁ』
『あのとき私そのまま寝ちゃったからさ、理由を聞けなかったんだけど、なんで?』
『……命を犠牲にしても、大したことは出来ない』
『え?』
『命を犠牲にして結界を解く、命を代償に契約する。そんなのは、ない』
『なんでも出来る君も、見たことないの?』
『ない。命を落とすほど、枯れ果てるまで振り絞っても、そんなことはできない。人の命一つに、多くを変える力などない。一瞬で何かを変えることなんて出来やしない。そんなこと、迷信のようなものだ』
『なんか、がっかり』
『…それは、そうかもね。でも、これを聞いて思うべきは、何が大事か、それだけだよ』
畑仕事を続けながら、淡々と答えた。
しばらくして、彼が外から戻ってきた。
淡々と、保存のための準備をしている。
私はというと、本を読み返していた。
心優しい青年が、自らの命を犠牲に、世界の人々を、人知れず救う、そんな話を。
『素敵だけどな~』
『…そうだね。素敵だと、僕も思うよ』
作業を続けながら、彼は言った。
『でも、これを信じてしまったら、それこそ、過信になってしまう』
『…そうかな』
彼が言うことはいつも、諦めのような、悟りのような、そんなものが含まれているように感じられた。
それが私には、たまらなく、痛く見えた。
何度も何度も、期待しては裏切られて、信じることが怖くなってしまっているような、そんな、邪推が止まらなかった。
『今日は、何を作ろっか』
私が出来ることは、これぐらいで。
確かに、世界を変えるなんてことは、出来ないのかもしれないと思った。
それだけ、だけど。
おしまい




