飛行先
話の展開にナロンが小さなため息をつく。
「その情報が欲しいのは分かるが、仕事に私情を挟むような事はするなよ」
「そうだな、だがあいにく今は休暇中だ。おまえはここに残って休暇を満喫してくれもいいぜ。」
アダムは操縦席へと歩み寄る。操縦席と、今いた船内を隔てる半透明な壁を、そこに壁が存在しないかのように通り抜けた。
「この船は俺の船でもあるんだ。おまえ一人に任せておけるかよ」
そう言い、ナロンもアダムに続き壁を通り抜ける。
操縦席に座った二人は、手早く離陸の準備を進めて行く。操縦桿はシンプルで美しい。パネルの数は多いものの、スイッチの類は数十個程度、レバーは十個もなく、音声操作に頼る所が大きいようだ。エンジンが急激に暖まる音がし、安全ベルトがするすると自動で装着される。イシュレは半透明な壁に触れてみた。どうやらイシュレは通り抜けられないらしい。暫く不思議そうに透明な壁に触れたり、拳で軽く叩いたりしていた。
「やめろ」
アダムの戒めの言葉が飛んできて、その直後に船はテストロンを離れた。
「ベンチに座ってベルトを締めとけ、少し揺れるかもしれない」
アダムの言葉通り船はほんの少しだけゆれ、テストロンの淀んだ空へと消えていった。
船が宇宙空間へ達し、飛行パターンが自動光速飛行へ切り替わった頃、イシュレが独り言のようにつぶやいた。
「この船にシャワー室はあるのかしら」
「一番奥の細長いドアだ」
とアダム。
「入るのか?」
とナロン。
「図々しいのは承知だけど、どうしても今すぐに入りたいの。使ってもいいかしら」
その言葉も質問という感じより独り言という感じだ。その証拠に二人が何も言わずともイシュレはシャワー室へ入ってゆく。
背後でシャワー室のドアが閉じられ、船内が再び静寂につつまれた時、アダムが切り出した。
「ナロン、悪いな。せっかくの休みだったのに俺が全部潰しちまった」
ナロンが少し驚いてアダムを見る。アダムはパネルを見つめたままだ。
「いいんだよ、おまえにとっては重要な事だし。それに特にしたい事もなかったし。」
「そうか、ならよかった」
アダムはやけにあっさりと言って操縦席を立つ。ナロンはアダムを数秒間睨むように見つめた後、パネルに向き直る。
「・・・アダム」
「どうした?」
「前言撤回だ、ミスカバルへの飛行は中止しよう」
ナロンがパネルを見つめたまま発するその口調からは緊張感が伝わる。
「ボスからが指令が来てる」