闇医者
闇医者は名をオスカーと言った。彼はいくつかの点で普通の医者と異なっていた。第一に、彼は診察室を持たない。彼は診察や治療、手術までもを自分の寝室、リビング、あるいはキッチンで行う。第二に、彼は患者を選ぶ。生きたい、直りたい、と強く思う患者ほどオスカーを本気にさせる事ができた。あるいは単なる気まぐれで彼は患者を選んだ。
少女は狭くて乱雑なリビングの、ソファの上に横たえられていた。アダムとナロンは、物でごった返した-ーしかしオスカー曰く物が在るべき所に収まっているので汚い印象を与えないーー部屋の隙間を探して置かれた椅子に座っていた。オスカーはキッチンで何か作っている。
「そいつは俺の患者じゃねえ」
オスカーが手を休めないまま言った。たんまりとした口ひげで口の動きは分からない。
「そいつの病気はそいつの孤独感や絶望感が引き起こした病気だからな。しかしおまえらの頼みとあっちゃあしょうがねえな」
オスカーはそう言い、手に何やら薄緑色のミルクの入った大きなグラスを持ったままリビングに入ってきた。
少女はもう二日と二晩眠り続けていた。オスカーが少女を軽く揺すりおこす。少女は目を覚ますと、驚くでもなく、目覚め悪そうに半身をを起こした。オスカーが手渡した薄黄緑のミルクを気味悪そうに眺めている。
「飲みたくなかったら飲まなくていいんだぜ」
そうオスカーが言うと、少女はオスカーを探るようにいちべつし、グラスの中身を一口飲んだ。とたんに少女はそれはおいしそうな顔をし、残りを一気に飲み干した。飲み終わると口の回りをぺろっとなめ、オスカーの方に物欲しそうな視線をちらっと投げかけた。
「それは希望感の満ちるジュースだ。絶望感には旨いもんが一番効くからな。でももうないぜ」
少女はオスカーの最後の言葉に、自分の内心を見透かされた気がして少しばつの悪そうな顔をした。
「名前はなんていう?」
その様子を見ていたアダムが少女に問いかけた。少女はゆっくりとアダムの方を振り向くと、アダムの黒く短い髪、茶色い目、全身黒尽くしの服装を注意深く観察した。そしてゆっくりと口を開いた。
「残念だけど言えないわ。みんなが私をなんて呼んでたかなら教えられるけど」
アダムは手のひらで果物をもてあましている。その沈黙を肯定とととったようだ。少女は高くて柔らかい声でこう告げた。
「イシュレよ」
その時、入り口の戸を乱暴に叩く音が部屋中にとどろいた。