占い師
雑踏の中で一人、残りの食事を片付ける間、イシュレはこの後どうするか考えた。
やがて、ほとんどの皿とグラスを空にすると、まるで大した事はない、というような足取りで、そのまま部屋の奥のドアに向かった。
奥のドアの中に入る時、オーナーが心配でもするようにじっとこちらを見ているのが目に入った。
気にしないで、その意をこめて、ドアを少し乱暴に閉める。
中に入ると、あたりに煙が充満している。
さらに下に続く階段があるが、下はさらに煙たそうだ。
階下の煙は、ネオンライトでカラフルに染められている。
イシュレはふらつく足元に注意しながら、階段を一段づつゆっくりと下った。
下に下ると分かったのは、小さな部屋がいくつもあるという事だ。
多くの部屋から漏れ響いてくる音楽が、混ざり合って不協和音を轟かせる。
低い天井、濃い煙、弱々しいピンクあオレンジのネオンライト、古臭い香の匂い、それらすべてが強い閉塞感を生みだしていた。
部屋の外に人がいない訳ではない。
半裸の服装で立ち話をしている人達や、廊下の中央で倒れている人間もいる。
アダムはこのたくさんの部屋のどこかにいるだろう。
しかし、すべての部屋を調べて見つけ出す義理などない。
命令されるのが、嫌いなイシュレは、言われたとうりにするのが嫌だっただけなのだから。
しかし、ここでいったい何をしているのかは、多少気になった。
酒の勢いもあってか、一番静かそうな部屋をの扉を、イシュレはゆっくりと空ける。
部屋の中にいた人間のうちの何人かがイシュレに視線を送ったが、イシュレはそれには気付かなかった。
部屋の中は、様々な映像効果や照明効果を作って、人工的な“宇宙”が生みだされていた。
狭い部屋の中に創り出された宇宙に、イシュレは心を奪われた。
「何か、相談ごとですか?」
ささやくような低い女の声に、イシュレは我に返る。
人の輪の中心にいる、緑のフードで顔まですっぽり隠した女は、占い師だろうか。
女の胸の辺りに、揺れ動く光をまとった緑色の珠がぼうっと浮いている。
イシュレはそれに魅入られるように、占い師らしき女の傍に近付いた。
緑の珠を覗きこむと、そこには自分の物ではない人の顔が見えた。
白い瞳を持つその顔に、恐怖を感じるのに、何故だかその珠から目をはなせない。
「あなたは人を探しているのですね?」
緑の珠に、意識が吸い込まれていくかのように頭がぼうっとする。
「えぇ」
イシュレは自分の意志とは関係なく口が動いているような心地がした。
「それは、若い、男の人?」
「そうよ」
イシュレは珠から目をそらそうとしたが、それができない事に気付いた。
「いいえ、違う、あなたが本当に探しているのは…」
頭が痛い、まるで、見えない刃が頭の奥深くに滑り込んでくるようだ。
珠の中の瞳がさらに大きく見開かれる。
「あなたと同じ顔を持った、もう一人のあなた」
その声が頭に沁みわたるように反響した後、珠の中の顔が消えた。
と同時にイシュレは珠の呪縛から解放され、勢いあまって後方に倒れこんだ。
イシュレが顔を上げた時、目の前に、さっきまで見ていた、白い瞳の不気味な顔があった。
しかし、それは珠の中にあるのではない。
占い師がイシュレの顔を直に覗きこみ、その白い瞳で必死に何かを探ろうとしている。
あまりの不気味さに、イシュレは素早く身をかわすと、急いで出口の方へと向かう。
「そいつをつかまえろォォォ!」
フードがとれ、不気味な正体が露になった占い師はイシュレを指さし、狂ったように叫び出した。