監獄の星、テストロン
まず最初の話の舞台は、監獄の星と呼ばれるテストロン。
「久しぶりの惑星はどうだい?アダム。」
「あ~やっぱりここの空気は格別だぜ」
同僚の質問にアダムは答えた。この星、テストロンで??まれ育ったアダムでさえ、この星の空気は最悪な代物だと言わざるをえなかった。ここに生まれ育った者でなければ、この星で100mと走れる者はまずいない。この星の空気は酸素がとても薄く、有害な成分が盛りだくさん含まれているのだ。その上、人間が不都合なく動ける重力の三倍のそれが、この星には働いている。
それがこの星が、様々な国の囚人の収容を一気に引き受ける事になった最大の理由だった。テストロンは監獄建設が始まるまでは人は住んでいなかったが、天空をゆるがす巨大収容所が多数建設されてからは、必要をせまられて、あるいは自ら進んで人間が移りすむようになり、今ではその人々が一種の社会を形成していた。
アダムと、同僚であり親友のナロンは、生まれも育ちもテストロンだった。テストロンの過酷な環境下で生まれ育った者は、酸素も豊富で環境条件のいい他の国々では動きが優れている。よって軍隊やスパイや賞金稼ぎにスカウトされ、テストロンを出ていく者が多くいるが、アダムもナロンもその口だった。二人はここから遠く離れた惑星の国、アセチルお抱えのスパイだった。
「なにも三年ぶりの休暇が取れたからって、わざわざこんなとこまでこなくても来なくてもいいのにねえ」
ナロンがつい愚痴をこぼす。
「まあそう言うな。だれだって故郷は恋しいもんだろ?」
アダムは素知らぬ顔だ。
二人の男はまだ十分に若かったが、その風格は年相応ではなかった。がっしりとした体つきと、それを強調するように体にそった黒のロングコートを着た二人は、郊外のさびれた路地裏を歩いていた。
テストロンは裕福な惑星とは程遠い。裏路地なんかを歩いていると、少し行くごとに乞食に声をかけられる。むろん相手をしていては先に進めないのだが、アダムは路地の真ん中で倒れている少女の前で足を止めた。
「おい、どうかしたか?」
ナロンが怪訝そうな表情で見つめてくる。それには答えず、アダムの意識はまだ少女に集中していた。路地の真ん中に座り、ぐったりしている少女の半身を抱え起こす。アダムは少女の顔を覗き込んだ。まだあどけない。陶器のように白い肌に、無防備な口元。眼には繊細な長いまつげ。道の真ん中だと言うのに安らかな顔で眠っていた。しかし顔を触ると、火のようだ。発熱している。
その様子を見ていた別の乞食の若い女が言い寄ってくる。
「おお旦那様、私めは人でなしの夫に家をおいだされこんな思いをしております、どうか御慈悲を!」
その言葉にはアダムは眉毛一本動かさない。腕の中で眠っていた少女がうっすらと目を開けた。瞳は薄いすみれ色だ。
「また夢の続きだわ」
少女が言う。
「ラリってるのか?おい、どうするんだアダム?」
ナロンが訪ねる。少女は再び瞳を閉じた。
「つれてくよ」
アダムはそう言うと少女を軽々と担ぎあげた。
「つれてっくって病院へか?おい正気か?」
戸惑いを隠せないままナロンは後をついてくる。
「なんか感じねえか?こいつ。」
アダムは今日初めてナロンの目を見て話した。
「厄介事の臭いがするよ」
ナロンが本気で嫌そうなそうな顔をする。
「いい匂いじゃねーか」
そう言ってウインクするアダムにナロンしげしげと従う。二人の男は路地裏を抜け、区内の中央病院ではなく、普通の人間なら絶対に嫌煙する闇医者の所へ向かった。