命の恩人‐②
イシュレの声を頼りに、アダムとナロンはようやく洞窟の出口に辿り着いた。
アダムはまだ歪んでいる視界の中に、訝しげなイシュレの表情を捉えた。
「なんでここにいる?」
洞窟を出たとたんアダムの口をついたその言葉に、イシュレの表情は曇る。
しかし二人とも問い詰める余裕はないようだ。
息は上がり、額には汗の玉が浮き、黒いスーツがいかにも熱そうだ。
ナロンは岩肌によりかかるように崩れこみ、アダムも空を仰いで座りこんでいる。
イシュレもいごこち悪そうな様子でその場におずおずと座り込む。
アダムは空を仰いだ姿勢のまま、胸のポケットから光る透明な小石を取り出した。
しかし今その小石は手の中で、ただのざらざらとした灰色の石にすぎなかった。
片腕でそれを放り投げると、ひゅっという音とともに小石が崖の下へ消える。
「助かったよ」
ありがとうとは言わないのね、イシュレは心の中でアダムに呟く。
「私はあなた達の命を救った、あなた達は私を故郷まで送り届けてくれる。それ位してくれても罰はあたらないわ」
アダムはまだ虚ろな目のままイシュレの凛とした瞳を見つめる。
後ろのナロンを振り向くと、どうでもよさそうに目を閉ざしたままだ。
「解ったよ、話は後でだ」
「私は安心していいの?してはいけないの?」
イシュレは大きな瞳でアダムの瞳を覗きこんでくる。
その目はあくまで必死だ。
そのまっすぐな瞳を横目で捉えながら、アダムはかすかに縦に首をふる。
イシュレは顔が自然とほころぶのを感じた。
三人は、厚いどんよりとした雲の下、若草の上で、長いこと風にさらされ続けた。
二人の汗が引き、気持が落ち着いたころ、誰ともなく立ち上がり、三人は船へと向った。
イシュレは名残惜しそうに目下の樹海を眺めながら、一番最後にスロープに上がった。
船の中という安心感が、アダムとナロンの頭をより冷静にした。
「パネルが操作されてる」
ナロンが設定をくまなく調べながら言う。
「すげえな」
アダムはナロンの横に立ちパネルを覗きこみながら言う。
パネルは簡単に操作出来ないように、すべて暗号化されているのだ。
外部の者が操作しようとすると、難解なパズルを解くように難しいはずだ。
イシュレは船に乗り込んで早々、まるで自分の部屋かのように、休息室へと入っていった。
「まずはあの花の正体をあばく事からだ」
ナロンの言葉で、二人は操縦桿の方へと向かう。