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片腕の王女  作者: 赤屋根
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洞窟

ナロンに続き、アダムはスロープを降りる。

両足が惑星ヘスペスの地面に降り立った瞬間、スロープは音もなく閉じる。


地面というのは正しくはないだろう。

船が着陸したのは切り立った険しい崖の上であり、後方を見上げると、遥か天空にとどきそうな岩の壁がまだ続いているから、巨大で急峰な岩山の中腹に着陸したとも言えよう。

アダムは眩しいかのように目を細めて、眼下の樹海を遠く地平線まで見渡した。

樹海は平坦ではなく、隆起に富んでいる。

天に向かってのびる巨樹を思わせる急峰な岩山が点々と聳え立つ。

灰色の空は厚い雲で覆われている。

湿った生暖かい風に頬をなでられると、なぜか懐かしい気持ちになった。

若草色の中に浮き立つ二人の黒ずくめの男達は一瞬目配せをすると、情報データにあった洞窟の入り口へと草を掻き分けながら進んだ。


岩の割れ目に取り付けられた薄い金属製の扉が、洞窟の入り口のようだ。

アダムがかがんでやっと入れそうなその薄くて小さな扉は、人が近づくとウィーン微かな音と共に開く。


中を覗くと、そこには暗闇が広がっている。四方を岩盤に囲まれ、かなり狭そうだ。

中に人の気配がないか目をこらし、アダムはナロンにそこで待つよう手で合図サインを送る。

ナロンがピストルを構えたのを横目で確認すると、アダムもピストルを構え、洞窟の中へと入っていく。


中は意外と広い。目が慣れるにつれ、硬い岩だと思っていた壁や地面から疎らに草が生えている事に気付く。

硬いブーツで静かに踏みしめられると、地面はほんの少しだけ沈み込む。

周囲に人の気配、ましてや生き物の気配すらしないのを悟ると、アダムはナロンの名を呼んだ。


二人は洞窟の奥へと歩みを進めてゆく。

奥に進むと、洞窟が少しずつ明るくなってくる。

青白いその光は先陣をきって進むアダムの鋭い眼光を暗闇にゆらゆらと浮かび上がらせる。


まっすぐな洞窟を少しずつ進んでゆくと、突然視界が開けた。

突然の光に目を細める二人が見たものは、類稀なる幻想的な景色だった。

青白く輝き放つ浅い泉。

それを岩のアーチがまたぎ、分断し、洞窟は奥へと連なってゆく。

青白い輝きの原因は、泉の底を覆い尽くしている宝石だ。

星のように輝き放つ宝石が砂のように一面に敷き詰められ、幻想的で月よりも強い光を放っていた。

周囲に点在している、鮮やかな薄紅色の花をつけた腰丈ほどもある植物は、景色をよりいっそう幻想的なものへとしていた。

ピストルを構えたままの二人の汗ばんだ顔に、驚きや感動の表情が浮かぶ。


アダムは泉の側にかがみこむ。

手の甲を守る皮製の手袋が濡れるのもおかまいなしに、泉の底から光る宝石を一つ拾い上げる。

石一つが一つの宇宙であるかのように、星のような輝き-多くの光の点-がそこには閉じ込められている。

その光が、野生的でありながらどこか優しい目を映し出す。

アダムはそれを一つ、胸のポケットにしまった。

ナロンは先程までは泉に見入っていたが、今は薄く雪の結晶が舞い降りたかのような花びらをそっとなでながら、花に見入っていた。

その姿を横目で捉え、アダムはふと後ろを振り向く。


その瞬間、背筋にぞわりと冷水のような寒気が走る。

背後には、泉と自分たちを取り囲む形で、巨大な岩の裂け目が口をがぱりと開けていた。

近くに寄ると、その深さは地獄へと続くかのように深い。

落ちた時の事は考えたくもなかった。

今までこれに気付かなかったとは、そう思い心の中で悪態をつく。



「アダム、やばいぞ」

その言葉が、警戒心が体の中で脈打つのに拍車をかける。

「この花、データネットで見覚えがある。危険度SSランクの肉食植物だ。喰らうのは小動物だが、花粉に強力な幻覚作用、特に視覚混乱作用があるんだ。動物を自分の方向におびき寄せる為にな」

どくん、と一回耳の奥で鼓動が鳴るのを感じた。

ゆっくりと顔を上げると、元来た洞窟の道がありえない程遠くに小さく見える。

泉の方を振り返ると、妖精のような七色の虫たちが飛び交い、泉は拍動するかのように眩い光を放つ。


「アダム!早くこっちに来い!何してる!!」

突然の悲鳴のような声に、アダムはナロンの方をぱっと振り向く。

恐怖で見開かれたナロンの目は、空を捉えている。

そして、ピストルを構え、アダムの名を叫びながら、じりじりと泉の方へ後退してゆく。

その様子を見て悟った。


「ナロン!目を閉じろ!」

普段は出す事のない有無を言わせぬ威圧的な声音にナロンは我に返り、目を閉じた。

自分も目を閉じたままアダムは続ける。

「その花の花粉は聴覚や嗅覚も惑わすのか?」

「いや、確か視覚だけだ」

「そうか、俺の声が分かるだろ、声を頼りにこっちまで来い。目は開けるなよ」


ナロンがゆっくりと時間をかけて自分の側にやってきた事を、不気味な静寂に響く音でアダムは知ると、次にどうすべきかを考えた。

視覚以外を使って、元来た道を戻るしかない。

しかし、もし元来た道でない別の道をたどってしまえば、大変な事になる。


アダムは元来た道を探す為、心して瞳を開く。

しかし次の瞬間には瞳を開いた事を心底後悔する。

そこには深手の傷を負ったたくさんの子供達がひしめいていた。

みな一様に大きく見開かれた目は真っ赤なのに、アダムと目が合うとこっちに歩み寄ろうとしてくる。

それはまさに地獄絵図で、救いようのない光景だった。


しかし衝撃に瞳を閉じ損ねた事が幸運だった。

アダムはかなり上方に、小さな光が一筋入ってきたのを見逃さなかった。

そして光を背景に、短い髪が微かになびいたのだ。

光は一瞬の内に滲んで消えたが、今の状況ではそれに賭けるしかなかった。

「イシュレ!叫べ!」

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