イシュレ
イシュレは休息室に取り残された。
早く・・・行って!
消えそうになる意識を繋ぎとめながら、切に願う。
「‐‐‐‐‐」
いつものあれだ。
水が銀の管を打つかのような音が、頭の中で大きく反響する。
「‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐!」
音が響いて砕けた後にまた集まり、眠らないで、そう言葉を紡ぎ出した気がした。
くつ、くつ、くつ、と遠くで足音が聞こえる。
重なり合う足音はだんだん遠のいて、突然消える。
もはや本当に二人が船を下りていったか確かめる気力は残されていなかった。
最後の気力を振り絞って、右手の拳をみぞおちに当てて、力の限り突き上げる。
胃の中の物が逆流しそうになるが、なかなか吐くには至らない。
しかしケヴィン-イシュレの育ての親に教わった方法を思い出しながら何回か行うと、何回か目には成功した。
イシュレはその中に小さなカードキーがある事を確認すると、軽くむせ込みながらその場に倒れこんだ。
目を覚ましたのは、それから暫くたった後だった。
まるでそれまで眠っていなかったかのようにすくっと半身を起こす。
細い左腕は柱に繋がったままだ。
柔らかな丸みを帯びた額に髪が一筋かかるのを気にもとめず、高山の小花を思わせるくすんだ青紫の目はくりくりと周囲を警戒する。
やがて人の気配がない事を悟ると、白くて細い指先で小さな鍵を拾い上げた。
一分の隙間もなく手首に密着している手錠の細い裂け目に、ためらわず鍵を差し込む。
すると手錠は床にぽとりと落ちた。
柱から開放されてゆっくりと立ち上がると、メインルームに続くドアへと向かう。
ドアを細く開き、片目で中を確認してから、歩みを進める。
メインルームには大きさや形状の違う三つのパネルがある。
その中の一番大きい物に近づくとパネルを指先で軽やかに叩いた。
黄色く光輝く文字や図形が空間に浮かび上がり、瞳と肌を照らしあげる。
大きな瞳にうつりこむ文字を必死で解読しようとする、その真剣な表情からは、イシュレの集中力が窺える。