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第7話「孤高の教室」

【Side: Elizabeth】

 午後のホームルーム。 教室の空気は、朝よりもさらに重く、そして緩んでいた。 原因は明白だ。昼休みの「あの事件」のせいだ。


 私が食堂で派手に吐血(偽装)し、あろうことか敵であるはずのミアに抱きとめられ、あまつさえ「お姉様」などと呼ばれて介抱されるという、悪役令嬢にあるまじき大失態。 その噂は、光の速さで学園中に広まっていた。


 私は自席に座り、扇子の柄が折れんばかりに握りしめながら、教室内を観察していた。 生徒たちが私をチラチラと見ている。 その視線に含まれているのは「恐怖」ではない。「困惑」と、そして何より私が一番恐れていた「同情」だ。 『ローゼン公爵令嬢、大丈夫かしら?』 『実は体が弱いんじゃ……』 『無理して悪ぶっていたのかな……』 そんな甘っちょろい空気が、教室中に蔓延している。


(ふざけないで。誰が同情なんて求めたのよ!)


 このままでは、「恐るべき悪役」ではなく「可哀想な病弱令嬢」というレッテルを貼られてしまう。 それは私の計画(処刑ルート)にとって致命的だ。 魔女は恐れられなければならない。憎まれなければならない。 同情などされてしまえば、断罪の剣が鈍るではないか! 王子が私を切り捨てられなくなるではないか!


「……挽回するわよ」


 私は立ち上がった。 カツ、カツ、カツ。 静まり返った教室に、私のヒールの音が冷徹に響く。 私は教壇へと歩み寄り、まだ教師が来る前の特等席を占拠した。 黒板の前に立ち、クラス全体を見下ろす。 その視線だけで、雑談していた生徒たちを黙らせる。


「皆様、たるんでいますわね」


 よく通る、氷点下の声。 私は特定の生徒ではなく、この空間そのものを断罪した。


「先ほどから見ていれば、制服の着こなし、姿勢、言葉遣い……どれをとっても三流ですわ。ここが王立学園であることをお忘れかしら?」


 生徒たちが息を呑む。 私は扇子で一人を指した。


「そこの貴方。リボンの結び目が歪んでいますわよ。貴族たるもの、身だしなみは心の乱れ。そんな隙だらけの格好で、家の名誉を守れると思いまして?」


「ひッ……! 申し訳ありません!」


「そして貴女。先ほどから隣の方とクスクス笑っていますが、そんなに楽しいのなら教室から出てお行きなさい。学ぶ場における静粛も守れないようなら、貴族としての品位を疑われますわ」


 指された令嬢が青ざめて俯く。 私の指摘は正しい。正しすぎて、反論の余地がない。 前世、幾多の被告人を法廷で追い詰め、論理の檻に閉じ込めてきた検察官としてのスキルをフル活用し、私は論理的かつ冷徹に、クラスメートたちの「甘え」を糾弾していった。


「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)。この言葉を知らないわけではありませんわよね?」


 私は教室をゆっくりと歩き回る。 威圧感を放ちながら、一人一人の目を見て、そらさせる。


「私たちは、民の上に立つ者として、常に完璧であらねばならないのです。弱さを見せることも、規律を乱すことも許されない。その覚悟がない者は、今すぐこの教室から去りなさい」


 完璧だ。 これぞ悪役令嬢の高圧的な態度。 正論という名の暴力で、相手の自尊心を粉砕し、恐怖で支配する。 昼休みの「か弱い私」のイメージなど、この圧倒的な威圧感で上書きしてやる。 誰も私に同情などできないように。誰も私に近づきたいと思わないように。


 そして、私の視線は最後に、教室の中央に座るミア・ゼン・シャーカンへと向けられた。 彼女は真っ直ぐに私を見ている。 その瞳には、恐怖も、侮蔑もない。……なぜ?


(いいえ、怯えなさい。これは貴女への警告でもあるのよ)


 私は彼女の席の横で足を止めた。 見下ろす形になる。


「特に、身分の低い者が紛れ込んでいる場合、その努力不足は周囲への迷惑となります。……平民上がりの聖女様、分かっていますわね?」


 決定的な差別発言。 これなら言い逃れできないだろう。 私は貴女を軽蔑している。身分の差を盾にして、貴女を見下している。 さあ、悔しがりなさい。私を睨み返しなさい!


 しかし、ミアは口を真一文字に結び、真剣な眼差しで頷いた。


「……はい。肝に銘じます」


(は?)


 予想外の反応に、私は一瞬たじろぎそうになった。 なぜそこで素直に頷くのよ。反抗しなさいよ。 「身分なんて関係ない!」って叫んで、ヒロインらしい正義感を見せなさいよ! そうしてくれないと、私がただの「正論を言う嫌な奴」で終わってしまうじゃない。


(……チッ、調子が狂うわね)


 私はふんと鼻を鳴らし、優雅に自席へと戻った。 教室は死んだように静まり返っている。 全員が私を恐れ、憎悪の念を抱いたはずだ。 少なくとも、昼休みの同情ムードは完全に吹き飛んだ。


 これこそが、私が望んだ孤高の玉座。 誰にも理解されず、誰からも愛されず、ただ恐怖の対象として君臨する場所。 胸の奥がチクリと痛むが、私はそれを「昼食を食べ損ねた空腹のせい」だと決めつけ、冷たい表情を崩さなかった。


食堂での失態(?)を挽回すべく、悪役としての威厳を取り戻そうとするエリザベート。

しかし、元・敏腕検察官の理路整然とした正論パンチは、隙がなさすぎて「ただのめちゃくちゃ厳しくて正しいマナー講座」になってしまいました。

渾身の身分差別発言も、ミアには全く響いていません。めげないで、エリザベート様……!

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