第4話「希望という名の絶望」
【Side: Mia】
翌朝。 王立学園の下駄箱エリアは、登校してきた生徒たちのざわめきで満ちていた。 輝かしい学園生活の始まり。友人との再会を喜ぶ声や、新しいクラスへの期待に胸を膨らませる声が響いている。 しかし、私──男爵令嬢ミア・ゼン・シャーカンの周囲だけ、まるで真空パックされたかのように音が消えていた。
私は自分の下駄箱の前で、その「黒い封筒」を凝視していた。 手袋をした手で、慎重に封筒を取り出す。 禍々しい漆黒の色。宛名はない。 まるで、死神からの招待状だ。
「…………」
手が震える。 心拍数が跳ね上がり、冷や汗が背中を伝う。 これがもし、『無印』の悪役令嬢からの宣戦布告なら、中身は何だろうか。 カミソリか、腐った生肉か、あるいは呪いの護符か。 前世でプレイしたゲームの知識が、最悪のパターンばかりをシミュレートする。
(落ち着いて、ミア。確認するまでは確定じゃない)
私は深呼吸をして、震える指で封を開けた。 中から出てきたのは、ペラペラの一枚の紙。 そこには、街頭のビラや古新聞から切り抜かれたと思われる文字が、ガタガタと踊っていた。
『ミぶんをわきまエろ。おうジにちカづくナ』
(……え?)
私は数回、瞬きをした。 あまりにも……その……手作り感が溢れている。 「エ」の文字だけ妙に大きいし、「カ」の文字は糊が乾いて剥がれかけている。 紙質もバラバラで、どこかの安売り広告の裏のようだ。 だが、そこに書かれている内容は、紛れもなく「拒絶」と「排除」の意思表示だ。
「これは……『無印』確定のアイテム?」
私の思考が高速で回転する。 典型的な陰湿ないじめ。これがエリザベート様の仕業だとすれば、彼女はやはり、私を憎み、排除しようとする「敵」なのだろうか? しかし、昨日見た彼女の顔色の悪さが、脳裏から離れない。 あんなに苦しそうな顔をしていた人が、こんな子供じみた嫌がらせをするだろうか?
(待って。もしこれが『真実版』なら……)
ハッとした。 『真実版』のエリザベート様は、魔王の監視(精神汚染)に常に晒されている。 直接的なSOSを出せば、魔王に気づかれて精神を破壊されてしまう設定だったはずだ。 だから彼女は、一見すると悪意ある行動の中に、高度な暗号を隠しているのではないか?
「そうよ、きっとそうに違いないわ!」
私は周囲の不審な目も気にせず、手紙を太陽の光に透かしてみた。 透かし模様はない。 次に、指先に微量な魔力を集中させ、紙をなぞってみる。 魔力インクによる隠し文字……反応なし。 さらに、持っていた水筒の水を少しだけ指につけ、紙の端を濡らしてみる。 水溶性のインクなら、文字が滲んで別の言葉が浮かび上がるかもしれない。 ……ただ紙がふやけただけだった。 食堂へ行けばレモン汁があるだろうか? 炙り出しの可能性は?
しかし。 いくら検証しても、そこには「身の程を知れ」という罵倒以外、何も出てこない。 ただの、一生懸命作られた、悪意ある脅迫状だ。
「……嘘でしょう?」
膝から崩れ落ちそうになる。 隠しメッセージがないということは、裏などないということだ。 彼女は本当に、心から私を憎んでいる? ここは、あんなに苦しそうな彼女を、私が殺さなければ救われない『無印』の世界なの?
「嫌よ……あんなに顔色が悪いのに……殺すなんてできない……」
絶望が胸を締め付ける。 この紙片に込められた悪意は本物だ。けれど、私の医療者としての勘は、まだ警告を鳴らし続けている。 『患者を外見(症状)だけで判断するな。バイタルサインを見ろ』
「まだ……確定じゃない」
私は涙目で、ボロボロになった手紙をポケットにねじ込んだ。 これは「カモフラージュ」かもしれない。彼女はもっと高度な、私の想像を超える暗号を使っているのかもしれない。 そう信じなければ、足がすくんで一歩も動けなかった。 教室へと向かう私の足取りは、処刑台へ向かう囚人のように重く、そして悲痛だった。
(急がなきゃ……。彼女が「魔女」として完全に覚醒する前に、私が真実を見極めないと)
この世界はゲームと似ているけれど、微妙に違うかもしれない。だからこそ、決定的な「違い」が現れる瞬間を見逃してはいけない。 エリザベート様が魔力を暴走させ、取り返しのつかない大惨事を引き起こすはずの「あの日」。あそこで何が起きるか、それが全ての判断材料になるはずだ。
【運命の分岐点「迷宮の暴走」まで──残り、92日】
深夜の努力(図画工作)、見事に裏目に出ています。
水で濡らしたり魔力を通したり、物理的に脅迫状を検証するヒロイン。
「隠しメッセージがない=本当に私を憎んでいるんだわ!(絶望)」と落ち込んでいますが、ただ不器用な手作りだっただけです。
二人の認識のズレが、少しずつ取り返しのつかない方向へ……!




