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第25話「禁断の準備」

【Side: Elizabeth】

 7月上旬。 王立学園の女子寮、その最上階にある私室で、私──エリザベート・フォン・ローゼンは、ベッドに突っ伏して枕に顔を埋めていた。


「……あーっ! 言ってしまった! 言ってしまったわ!」


 足をバタバタとさせながら、悶絶する。 脳裏でリピートされるのは、数日前の魔法実技の授業での自分のセリフだ。


『次に同じことをしたら……私が貴女を殺すわよ。本当に、殺してやるんだから!』


(……なんて低俗! なんて品がないの!)


 悪役令嬢として「殺す」と脅すのは正しい。 だが、あの時の私は完全に感情的になっていた。 ミアが私を庇って怪我をしたことへの動揺と、自分の不甲斐なさへの怒りで、計算も演技もなく本音をぶつけてしまったのだ。 あんな捨て台詞、三流のチンピラと同じじゃないか。 元検察官としての矜持が、深夜の枕元で私を裁こうとしている。


「……でも、結果オーライよ。そう、結果オーライ」


 私はむくりと起き上がり、乱れた髪をかき上げた。 品位は失ったが、目的は達成できたはずだ。 あれだけ強く拒絶し、殺害予告までしたのだ。 さすがのミアも、私に愛想を尽かしただろう。恐怖して、二度と近づこうとは思わないはずだ。 これでようやく、私たちは正しい「敵対関係」に戻れる。


「そうよ。これでいいの。私は嫌われなければならないんだから」


 自分にそう言い聞かせ、私は机の引き出しを開けた。 そこには、厳重に封印された木箱が入っている。 震える手で蓋を開けると、中には二つのアイテムが収められていた。


 一つは、禍々しい紫色の煙をあげるお香。 裏ルートで高額で取引されている違法アイテム、『魔物寄せの香』。 これを焚けば、理性を失った魔物たちが、血に飢えた獣のように集まってくる。


 もう一つは、真っ赤な液体が入った小瓶。 砂糖と食紅、そして増粘剤を煮詰めて作った、特製の**『血糊シロップ(改)』**。 前回のスープ事件での失敗(味が不味すぎて吐き気が増した)を反省し、今回はミントフレーバーを配合して爽快感をプラスしてある。


(深夜の厨房で「公爵家の厨房をなんだと思っているのでしょうか……」と遠い目をするアンナに鍋をかき混ぜさせた力作だ)


(準備は整ったわ)


 明日は、1学期最大のイベント「ダンジョン実習」。 生徒たちが数人のパーティを組み、学園が管理する初級ダンジョンに潜って実戦経験を積む課外授業だ。


 私が再現すべき『聖女と薔薇の騎士たち』のイベント進行チャートは、以下の通りだ。 自己流のアレンジなど、もはや許されない。 これまで私が「より完璧な悪役」を目指して独自の工夫を凝らしたり、ほんの少し情けをかけたりした結果、どうなったか。 勉強を教え、植物を救い、ダンスを指導し……全てが裏目に出て、ミアからの好感度を上げるだけの結果に終わったではないか。 だから今回は、アドリブ厳禁。一言一句、動作の一つ一つに至るまで、徹底的にシナリオをなぞるのだ。


 まず、教師の目を盗んでミアをダンジョンの奥地へと誘導する。これはゲーム内の『迷い込んだ聖女』イベントの発生条件だ。 次に、そこで『魔物寄せの香』を焚き、魔物の群れ(スタンピード)を人工的に引き起こす。 恐怖に怯えるミア。私は高台からそれを見下ろし、「あら、大変ですわね!(棒読み)」と高笑いする。あの有名なスチル、『嘲笑する魔女』の完全再現だ。


 そして、ミアが絶体絶命のピンチに陥ったその瞬間──ここが重要だ。 私が隠し持っていた強大な闇魔法を解放し、魔物を一掃する。 これはミアを助けるためではない。圧倒的な力の差を見せつけ、「見たか、これぞ魔女の力!」と恐怖を煽るための演出だ。


 さらに、その直後に『血糊シロップ』を噛み砕き、派手に吐血して倒れる。 『ぐふっ……力が……暴走して……』 これで、「制御不能な力を持ち、自滅していく哀れな魔女」というテキスト通りの印象付けは完璧だ。 そうすれば、システムは私を「排除すべきラスボス」として認識し、ミアと王子に私を討伐する正当な動機を与えるはずだ。


(リスクはある。もし魔物の数が多すぎて、私が制御しきれなかったら?) (もし、ミアが怪我をしてしまったら?)


 不安がよぎる。 だが、私は首を横に振った。 私には、前世の記憶と今世で磨き上げた魔法スキルがある。 初級ダンジョンの魔物程度、何百匹来ようが私の敵ではない。 いざとなれば、私が身を挺してでもミアを守り、その上で「貴女を助けたんじゃない、獲物を横取りされたくなかっただけよ!」と言い放てばいいのだ。


「……今度こそ、引き返せないところまで行ってやるわ」


 私は二つのアイテムを鞄に詰め込んだ。 カチリ、と金具が鳴る音が、私の退路を断つ錠前のように響いた。


 明日の実習。 それが、私とミアの、そしてこの世界の運命を決める分水嶺になる。 もう、誰も巻き込まない。私一人で汚名を被り、私一人で散るのだ。


前回の「殺してやる!」という逆ギレ(本音)を猛省し、次こそは絶対にシナリオ通りの悪役になると誓うエリザベート。

用意したのは『魔物寄せの香』と、まさかの『特製血糊シロップ(ミント味)』!

不味いと演技に支障が出るからと、深夜の厨房で清涼感にこだわる元・完璧主義の検察官……。方向性は完全に間違っていますが、本人は大真面目に世界を救う準備を整えています。

いざ、運命のダンジョン実習へ!

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