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第24話「孤独な背中」

【Side: Mia】

 医務室のベッドで背中に湿布を貼られながら、私はエリザベート様の言葉を、頭の中で何度も何度も反芻していた。


『貴女の体は貴女個人のものじゃない!』 『私みたいな泥を被るべき人間』


 その悲痛な叫びは、耳の奥にこびりついて離れなかった。 あれは、「無印」の悪役令嬢としての高慢なセリフではない。 自分の命をあまりにも軽く見すぎている、傷ついた人間の言葉だ。


 私は天井を見つめながら、これまでの数ヶ月──彼女と過ごした奇妙な時間を振り返った。 すべての違和感を並べ、繋ぎ合わせ、診断を下さなければならない。


 4月の入学式翌日。 私の下駄箱に入っていた、切り貼りで作られた脅迫状。 『出ていけ』と書かれた教科書の落書き。 あれは一見すると陰湿な嫌がらせだが、その文字はどれも小刻みに震えていた。 まるで、書いている本人が何かに怯えているかのように。


 5月の勉強会と、6月のダンスレッスン。 彼女は私に厳しく当たった。罵倒し、振り回し、恥をかかせようとした。 けれど、結果として私は誰よりも効率的に知識を吸収し、体幹を鍛え上げられた。 彼女の指導は、あまりにも的確すぎた。 本当に私を潰したいなら、もっと理不尽で無意味な暴力を振るうはずだ。なぜ、私の成長に繋がるようなことばかりしたのか?


 そして、今日の自爆事故。 彼女は「攻撃しようとした」と言った。 でも、爆発する直前、彼女から殺気が消えたのを私は感じていた。 杖が暴発したのは、彼女が魔力を放つ瞬間に躊躇ったからではないのか? 私を傷つけることに、無意識のブレーキがかかったのではないのか?


(彼女は知っているのね。自分が「泥を被る役割ヒール」だってことを)


 彼女の怒りは、私に向けられたものではなく、私を危険に晒した自分自身への激しい怒りだった。 そして、「私みたいな人間」という言葉の裏にある、強烈な自己否定。


(だとすれば……彼女はやっぱり『真実版』の被害者?)


『真実版』の設定にある「魔王の人柱」。 その過酷な運命が、彼女の精神を蝕んでいる。 彼女の体の中で、本来の優しい「エリザベート」という人格と、世界を憎む「魔女システム」の人格がせめぎ合っているとしたら、すべての辻褄が合う。 時折見せる優しさは本来の彼女で、悪意ある行動は魔女の干渉。 そして、私への拒絶は、「巻き込みたくない」という彼女の必死の抵抗。


 ……そう考えれば、美しくまとまる。 彼女は悲劇のヒロインで、私はそれを救う騎士になればいい。


 けれど──。 心の奥底で、前世のゲームオタクとしての理性が、冷徹な警告を発している。


『騙されるな。無印版の悪役令嬢は、人心掌握の天才だ』


 もし、あの涙すらも演技だとしたら? 「自分を卑下する」ことで私の同情を誘い、警戒心を解いて懐に入り込み、もっと致命的な一撃を与えるチャンスを狙っているとしたら? 先ほどの自爆も、わざと隙を見せて私をおびき寄せるための、命がけのトラップだった可能性はゼロではない。 彼女ほどの才女なら、自分の身を削ってでも相手を嵌めるくらいの狂気じみた計算をするかもしれない。


「……ッ」


 私は、ズキズキと痛む背中をさすった。 分からない。判断がつかない。 彼女は『真実版』の被害者なのか、『無印版』の加害者なのか。 もし彼女が敵なら、私は今、自ら猛獣の檻に入ろうとしていることになる。 私が彼女を信じた瞬間に、背後から刺されるかもしれない。


(でも……どっちだって関係ないわ)


 私はベッドから起き上がった。 もし彼女が『真実版』なら、私が守らなきゃ、彼女の心は魔女に殺されてしまう。 もし彼女が『無印版』なら、私が監視して抑え込まなきゃ、彼女の悪意が世界を殺してしまう。


 結論は一つだ。 どちらに転んでも、彼女を一人にしてはいけない。野放しにしてはいけない。 私が一番近くで、彼女のバイタル(精神状態)を管理し続けるしかないのだ。


「……失礼します」


 手当を終えた私は、ふらつく足で医務室を出た。 校庭の隅、誰もいない大きな木の下に、赤い髪の背中が見えた。 彼女は膝を抱え、小さく丸まっている。 その肩が、小刻みに震えているのが遠目にも分かった。


(泣いてる……ように見える)


 でも、その顔は見えない。 もしかしたら、膝に顔を埋めて笑っているのかもしれない。「かかったわね、愚かな聖女」と、舌を出しているのかもしれない。 あるいは、魔女の人格に乗っ取られかけて、必死に抗っているのかもしれない。


「待っていてください、お姉様。……たとえ貴女が、世界を滅ぼす魔女だとしても」


 3日後に迫った、1学期最大のイベント「ダンジョン実習」。 原作ゲームでは、ここで悪役令嬢が魔物の群れを暴走させ、多くの生徒を危険に晒すことになっている。 それが「迷宮の暴走ダンジョン・パニック」イベント。


 あの日、彼女は何をするのか。 救いを求めるのか、牙を剥くのか。 どちらが来ても対応できるように、私がもっと強くならなければ。 彼女を「治療(救済)」するか、「制圧(物理的排除)」するか。 そのトリアージの判断を下せるのは、この世界で私だけなのだから。


【運命の分岐点シナリオ・フラグ「迷宮の暴走ダンジョン・パニック」まで──残り、3日】


医務室のベッドで、ミアの「医療者(&ゲーマー)フィルター」がかつてない深読みを開始します。

エリザベートの逆ギレを「自己否定」と「魔女の干渉による苦しみ」と解釈し、もはや彼女を『真実版』の悲劇のヒロインとして認定寸前。

「敵か味方か分からないなら、私が一番近くで24時間監視ストーカーすればいいのね!」という、極端すぎる結論に至りました。

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