第21話「暴発する魔力」
【Side: Elizabeth】
7月に入り、王立学園の屋外演習場は、茹だるような熱気に包まれていた。 照りつける真夏の太陽、芝生から立ち上る湿気、そして周囲の生徒たちが放つ青春の汗臭さ。 そのすべてが、私──エリザベート・フォン・ローゼンの不快指数を限界まで押し上げていた。
(……最悪だわ。なんで私が、こんなところで「失敗」の反省会をしなきゃいけないの?)
私が杖を握る手に力を込めるのは、魔力を練るためではない。 先日発表された期末試験の結果──つまり、私の「大失態」を思い出し、羞恥と自己嫌悪で叫び出したくなるのを必死に堪えるためだ。
計画では、試験前夜にミア・ゼン・シャーカンの部屋に押しかけ、無駄話で時間を浪費させて赤点を取らせるはずだった。 それなのに、結果はどうだ。 「貴族年鑑」を読み聞かせていた時、ミアが私の曾祖父の功績についてキラキラした目で質問してきたせいで、私の「歴史オタク」と「教え好き」のスイッチが完全に誤作動を起こしてしまった。 気づけば私は、朝までホワイトボードを使って熱烈な「魔法史・完全攻略講座」を開催してしまっていたのだ。
その結果、ミアは魔法史で満点を取り、学年トップの成績を叩き出した。 教師たちは「ミアさんの努力は素晴らしい」「特待生の名に恥じない」と絶賛し、私の努力(?)は完全に裏目に出た。 おまけに、本来なら成績不振の生徒にのみ発生するはずだった「クリストファー殿下との放課後マンツーマン・レッスン」という激甘イベントは、露と消えた。 私が! 私自身の手で! 恋のチャンスを潰してしまったのだ!
「……あーもう! 何やってんのよ私は! 教育ママじゃないんだから!」
小声で毒づき、足元の芝生をヒールで踏みにじる。 私の役割は、二人の恋路を邪魔するフリをして盛り上げる「愛のスパイス(劇薬)」のはず。 それなのに、私が介入すればするほどミアは優秀になり、自立し、王子の助けを必要としなくなっていく。 このままでは、私はただの「口は悪いが有能な家庭教師」として、誰にも恨まれずに卒業してしまう。そんなハッピーエンド(私にとってはバッドエンド)など、断じて認められない。
(挽回しなきゃ。今日こそは、言い逃れできない「決定的な悪意」を見せつけるのよ)
私は気を取り直し、前方の標的に向かって杖を構えるミアの背中を、射殺さんばかりに睨みつけた。 今日の魔法実技の授業。これこそが、汚名返上(悪名獲得)のラストチャンスだ。
作戦名は、「魔法事故に見せかけた傷害」。
ミアが標的に向かって魔法を放つ瞬間、教師の死角から私の魔法をぶつけて軌道を逸らす。 あわよくば、その余波の衝撃でミア自身を吹き飛ばし、足に軽い怪我を負わせる。 そして、痛がる彼女を見下ろしてこう言うのだ。 『あら、手が滑ってしまいましたわ。でも、貴女のような鈍臭い平民には、良い薬になったでしょう?』と。 そうすれば、彼女は恐怖し、駆けつけた王子が彼女を抱きかかえて医務室へ運ぶ……という王道イベントが発生するはずだ。
「次はミア・ゼン・シャーカン、前へ」
教師の号令と共に、ミアが一歩前へ出た。 彼女が杖を構え、集中し始める。大気中のマナが彼女の周りに集まっていくのが分かる。 私の指導のおかげか、以前よりも魔力制御がスムーズだ。……チッ、余計なことをしたわ。
(今だ。教師の目は届かない。他の生徒もミアの魔法に注目している)
私は音もなく、杖の先端を彼女の足元に向けた。 使うのは無詠唱の初級魔法『ウィンド・カッター』。 殺傷能力は低いが、不意打ちで体勢を崩させるには十分だ。 私は深く息を吸い込み、魔力を練り上げる。 指先に集まる力が、ピリピリと空気を震わせる。
(狙うは、軸足の踝。転ばせて、擦り傷を作らせる。……いけっ!)
私は魔力を放つイメージを固めた。 完璧なタイミング。完璧な角度。 これで彼女は無様に転倒し、私の悪名は轟くはずだった。
しかし、その瞬間。 私の脳裏に、昨夜のミアの寝顔──試験勉強に疲れ果てて机に突っ伏した、無防備で信頼しきった寝顔がフラッシュバックした。
『ありがとうございます、お姉様』
明け方の静寂の中で、彼女が呟いた言葉。 私の肩にかけてくれたショールの温もり。
(……ッ!)
雑念。迷い。 ほんの一瞬、コンマ数秒だけ、指先が強張った。 「足を怪我させたら、来週のダンジョン実習に行けなくなるのでは?」「そうしたら王子のエスコートイベントも消滅するのでは?」 いや、もっと根本的な、「あの子を傷つけたくない」という弱音。 その無意識のブレーキが、魔力の流れを致命的に狂わせた。
パチリ。
杖の先端で、不吉な火花が散った。 あ、と思った時にはもう遅い。 昨夜、気合を入れて杖の魔石を磨きすぎたせいで、接続部の金具がコンマ数ミリ緩んでいたのだ。 そこに、迷いによって逆流した魔力が衝突し──。
「え?」
ドカンッ!!
耳をつんざく爆発音と共に、私の手元で魔法が暴発した。 黒い煙が視界を覆う。 そして次の瞬間、私は自分の体がふわりと宙に浮いているのを感じた。 いや、浮いているのではない。衝撃で後ろに吹き飛ばされたのだ。
「きゃああああ!」
空が回る。青空と芝生が交互に入れ替わる。 地面が遠ざかり、そして急速に迫ってくる。 スローモーションになる視界の中で、私の落下地点には、花壇の縁取りに使われている鋭利な装飾岩が待ち構えていた。
(嘘でしょ!? 自爆!?)
なんて無様。なんて間抜け。 悪役令嬢が、ヒロインを攻撃しようとして整備不良で自爆するなんて、三流のギャグ漫画でもありえない展開だ。 あの岩に後頭部を強打すれば、ただでは済まない。最悪、死ぬ。 走馬灯のように、前世の六法全書のページがパラパラとめくれていくのが見えた。
(ああ……私の人生、結局何も成し遂げられなかったな……)
世界を救うこともできず、悪役にもなれず、ただのドジな事故死。 私は覚悟を決めて、目を閉じた。 せめて、この爆発の余波が、近くにいたミアに及んでいませんようにと──最期までお人好しな願いを抱きながら。
試験勉強を教えすぎた結果、王子のエスコートイベントを自らの手で消滅させてしまったエリザベート。
挽回を誓って挑んだ魔法実技の授業でしたが、ミアの無防備な寝顔を思い出して躊躇した一瞬の迷いと、気合を入れすぎた「杖の磨きすぎ(整備不良)」が見事な化学反応を起こしました。
悪役令嬢、渾身の魔法攻撃……ではなく、まさかの自爆!
前世の六法全書が走馬灯のように駆け巡る中、彼女の運命やいかに!?
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