第20話「パジャマパーティー」
【Side: Mia】
チュン、チュン……。 小鳥のさえずりが、薄い微睡みの底から私を呼び戻す。 瞼の裏で、朝の光が明滅していた。
「……うぅ」
ゆっくりと目を開ける。 視界に映ったのは、いつもの見慣れた天井ではなく、積み上げられた本の山と、空になったお菓子の袋の残骸だった。 そうだ。昨日はエリザベート様が「遊んであげる」と乱入してきて、それから……。
「……あれ? 私……」
体を起こそうとして、全身がバキバキに痛んでいることに気づく。 私は机に突っ伏したまま寝てしまっていたようだ。 頬には教科書のページの跡がついているかもしれない。 ふと、肩から何かが滑り落ちた。 それは、肌触りの良い高級なカシミアのショールだった。 私の物ではない。微かに、昨日の「あの人」の高貴な香水の匂いがする。
「エリザベート、様……?」
恐る恐る振り返る。 狭いシングルベッドの方を見て、私は息を呑んだ。
そこにいたのは、公爵令嬢エリザベート・フォン・ローゼン──その人だった。 彼女は、私が使うはずだったベッドではなく、その横に置かれた硬い木製の椅子に優雅に(しかし明らかに窮屈そうに)座ったまま、腕を組んで仮眠をとっていた。 首が痛くなりそうな角度でカックンとなっていて、いつもの完璧な姿勢は見る影もない。 鮮やかな赤髪が乱れ、頬にかかっている。
(寝てる……)
その寝顔は、学園で見せる氷のような表情とはまるで違っていた。 眉間の深い皺は消え、長い睫毛が影を落とし、どこかあどけなさが残る少女の顔。 口元が少し開いていて、小さく寝息を立てている。 「悪役令嬢」の仮面が完全に外れた、無防備な素顔。
昨夜の記憶が、鮮明に蘇ってくる。 「勉強なんてやめて遊ぶわよ! 邪魔しに来たわ!」と高らかに宣言して乗り込んできた彼女。 最初は本当に邪魔をするつもりなのかと思った。 けれど、私が歴史の因果関係で詰まっていると、彼女は呆れたように、しかし熱っぽく語り始めたのだ。
『いい? 歴史っていうのは、単なる年号の羅列じゃないの。誰かの意志と、欲望と、妥協の積み重ねなのよ!』
ホワイトボードに書き殴られた図解は、教科書の何倍も分かりやすかった。 『アークライト条約』の裏にあった貴族たちのドロドロした思惑や、王家の恋愛事情まで交えた解説は、まるで面白い小説を聞いているようだった。 彼女は「こんなの常識よ!」「馬鹿なの!?」と悪態をつきながらも、私が理解するまで何度でも言葉を変えて、根気強く説明してくれた。
机の上を見る。 そこには、彼女が夜通し書いてくれた「直前対策メモ」が散乱している。 『ここ絶対出る』『ここは引っ掛け問題』 走り書きの文字は、後半に行くにつれて少し乱れ、インクが滲んでいる箇所もあった。 眠気と戦いながら、それでもペンを走らせてくれた証拠だ。
(これ……完全に特別マンツーマン指導じゃない)
私は胸の奥が熱くなるのを感じた。 彼女は「邪魔をしてやる」と言った。 でも、その行動のすべてが、私を助けるためのものだった。
(もしかして、私が試験のプレッシャーで押しつぶされそうになっていたのを、察してくれたのかな……?)
昨夜の私は、一人で広すぎる試験範囲に絶望し、不安で押しつぶされそうだった。 「もし赤点を取ったら、特待生の資格が取り消されるかも」という恐怖。 そんな時に彼女が現れ、強引に巻き込み、嵐のような一夜で不安を吹き飛ばしてくれた。 彼女がいたから、私は勉強を楽しめた。孤独を感じずに済んだ。 一人じゃなかった。
「……んぅ……まだ……ここ、教え……」
エリザベート様が、寝言を漏らして身じろぎした。 まだ夢の中で私に教えてくれているのだろうか。 私は思わず、クスリと笑ってしまった。 愛おしい。 敵だとか、味方だとか、ゲームのシナリオだとか、そんなことはどうでもよくなるくらい、目の前の彼女が愛おしかった。
「……ありがとうございます、お姉様」
私は寝ている彼女を起こさないよう、音を立てずに身支度を整えた。 机の上のメモを一枚残らず拾い集め、丁寧に揃えて鞄の奥にしまう。 これは、ただのアンチョコではない。彼女からの最強のエールであり、私を守ってくれるお守りだ。
窓の外では、朝日が校舎を照らし始めていた。 いつもなら胃が痛くなる試験当日の朝。 でも今日は、不思議と力が湧いてくる。 彼女が授けてくれた知識と、このショールの温もりが、私を支えてくれている。
(今日の試験、絶対に満点を取ってみせます。それが、不器用な貴女への一番のお礼になるはずだから)
私はもう一度、眠れる森の美女(ただし椅子寝)に一礼し、静かに部屋を出た。 扉を閉めるその瞬間まで、私の胸は温かい何かで満たされていた。
彼女を守りたい。 この不器用で、誰よりも優しい人が、破滅の運命に飲み込まれないように。 私が、彼女のハッピーエンドを勝ち取ってみせる。 例えそれが、どんなに困難な道だとしても。
廊下を歩く足取りは軽い。 まるで、昨日のダンスレッスンの続きを踊っているかのように、私は試験会場へと向かった。
【運命の分岐点「迷宮の暴走」まで──残り、10日】
翌朝。見事に仕上がった試験対策ノートと、椅子で寝落ちしている不器用な「お姉様」。
邪魔しに来たと言いながら、ミアがプレッシャーに押し潰されないように朝まで付き合ってくれたエリザベートの姿に、ミアの好感度はもはや限界突破しています。
「私が、彼女のハッピーエンドを勝ち取ってみせる」
二人の絆が決定的なものとなり、いよいよ運命の「ダンジョン実習」が目前に迫ります!
※「この二人尊すぎる」「すれ違いなのに泣ける」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや下部の星での評価をお願いします! 毎日の更新の大きなモチベーションになります!




