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第18話「アロマテラピー」

【Side: Mia】

 王宮の庭園は、初夏の爽やかな風と、美しい花々の香りに包まれている──はずだった。 あの方が、現れるまでは。


(……うっ、何この匂い!?)


 ミア・ゼン・シャーカンは、鼻をつまみたくなる衝動を必死にこらえていた。 風に乗って漂ってきたのは、優雅な薔薇の香りなどではない。 もっと根源的で、生物としての危険信号を点滅させるような、強烈な刺激臭だ。 例えるなら、理科室の実験失敗と、運動部の部室の湿気と、熟れすぎた南国フルーツを混ぜ合わせたような……。


 その発生源は、優雅な微笑みを浮かべて歩いてくる、エリザベート様だった。


 周囲の貴族たちが、扇子でパタパタと鼻を仰ぎ、露骨に顔をしかめている。 「なんて臭いだ」「マナー違反も甚だしい」「あれがローゼン家の教育か?」 ひそひそ話が、悪意ある嘲笑へと変わりつつある。 これはまずい。社交界デビューとも言える重要な茶会で、こんな悪評が立ってしまっては、彼女の社会的地位(立場)がない。


 ふと隣を見ると、クリストファー殿下が怪訝そうな顔で口を開こうとしていた。 眉間に深い皺が刻まれている。鼻を押さえる手つきには、隠しきれない嫌悪感が滲んでいる。


「エリザベート、君は……」


 断罪フラグだ! ここで彼が「君は臭いから帰れ」なんて言ったら、エリザベート様の繊細なガラスのメンタル(と私は勝手に診断している)は粉々になり、精神的ストレスで「魔女化(真実版バッドエンド)」が加速してしまう! それに、彼女はただでさえ「人柱」として苦しんでいるのに、これ以上追い詰めるなんてあんまりだ。


(止めなきゃ! 何とかして、この状況をポジティブに変換しないと!)


 私の脳内CPUがフル回転する。 なぜ彼女は、あんな悪臭を身にまとっているのか? 嫌がらせ? いや、自分の評判を落とすだけの嫌がらせなんて非合理的すぎる。 なら、何か理由があるはずだ。 彼女は植物に詳しい。先日の温室での一件でも、その深い知識と愛情を見せてくれた。 この時期、屋外、庭園、そしてあの独特の薬草のような(腐敗臭とも言う)香り……。


(……あっ! まさか!)


 一つの仮説が閃いた瞬間、私は考えるより先に、殿下とエリザベート様の間に割って入っていた。


「まあ! エリザベート様! なんて……なんて素晴らしい香りなのですか!」


 大声で叫ぶ。 会場中の視線が、一斉に私に集まる。 エリザベート様が「は?」という顔で固まっている。殿下も目を丸くしている。 だが、もう後には引けない。私はこの強引な論理こじつけで押し通す!


「殿下、ご存知ありませんか? これは東方の島国で古くから伝わる、非常に高貴で希少な薬草の香りですの!」


「……薬草、だと? しかし、この匂いは……」


「はい! 独特の芳香がありますよね。ですがこれこそが、本物の証なのです!」


 私は畳み掛けるように説明を続けた。 前世の記憶にある「正露丸」や「ドクダミ」、あるいは「漢方薬」の効能を、ファンタジー風に脚色してブレンドする。


「これからの季節、私たちはダンジョン実習などで深い森に入ることが多くなりますでしょう? 森には、毒虫や悪い瘴気が満ちています。この香りは、そうした害悪を寄せ付けない、強力な『魔除け・虫除け』の効果を持つ、実用性を重視した特別なアロマなのです!」


「魔除け……?」


 殿下の表情が少し揺らぐ。


「そうです! 普通の令嬢なら、甘い香水をふりかけて着飾るだけでしょう。ですが、エリザベート様は違います。私たち生徒の安全を第一に考え、あえて流行に逆らい、自らの身をもってこの『守りの香り』の効果を検証していらっしゃるのです!」


 私はエリザベート様の方を向き、尊敬の眼差しを向けた。


「ご自身の評判よりも、実用と安全を優先する……。なんて慈悲深く、そして学究的な姿勢なのでしょう! 私、感動いたしました!」


「なっ……!?」


 エリザベート様が顔を真っ赤にして震えている。 わなわなと唇を震わせ、何か言いたげに私を見ている。 その目は潤んでいるように見える。 きっと、誰にも理解されないと思っていた自分の高潔な意図(魔除け実験)を、私が理解してくれたことに感動して、言葉にならないのだろう。 ああ、なんて不器用で愛おしい人。


「なるほど……。そう言われてみれば……」


 殿下が顎に手を当て、納得したような顔つきになった。 鼻を押さえていた手を離し、スン、と香りを確かめるように嗅ぐ。


「確かに強烈だが、嗅いでいるうちに頭が冴えてくるような気もするな。甘ったるい香水よりは、よほど戦場(実戦)向きかもしれない」


「ええ! 集中力を高め、精神を安定させる効果もございます!(※適当です)」


「素晴らしい。さすがは私の婚約者だ。常に先を見据えているのだな」


 周囲の貴族たちの反応も変わり始めた。


「へぇ、東方の秘薬か……」


「確かに公爵令嬢たるもの、軟弱な香水よりは……」


「この香りが、魔を払うのですね」


「流行の最先端なのかもしれないな」


 悪臭が、一転して「高貴なアロマ」へと評価が覆っていく。 中には、「私もその香水を譲っていただけないかしら?」と言い出す令嬢まで現れる始末だ。


 よし、乗り切った。 私は心の中でガッツポーズをした。 これで彼女の尊厳は守られたし、殿下からの評価も「思慮深い令嬢」として上がったはずだ。 彼女が悪臭を纏ってまで伝えたかったメッセージは、私がしっかりと受け取った。


(大丈夫ですよ、お姉様。貴女がどんなに独特なセンスをしていても、私が全部フォローしますから!)


 私は笑顔で彼女に頷きかけた。 エリザベート様が、涙目で小刻みに震えながら、小さな声で「……覚えてなさいよ」と呟いたのが聞こえた気がしたが、きっとそれは「覚えていてくれてありがとう」の照れ隠しに違いない。


【運命の分岐点シナリオ・フラグ「迷宮の暴走ダンジョン・パニック」まで──残り、25日】


またしても発動する、ミアの超解釈&強引な医療(?)フィルター!

王子の断罪フラグをへし折るため、強烈な悪臭を「実用性重視の魔除け・虫除けアロマ」という美談にすり替えてみせました。

自分の評判よりも周囲の安全を優先する慈悲深き令嬢へと、エリザベートの株がまたストップ高です。

涙目で震えるエリザベート(悔しい)と、それを感動の涙と受け取るミアのすれ違いは、今日も絶好調!


※「ミアのフォロー力がカンストしてる」「エリザベート様お疲れ様……」とクスッときた方は、ぜひ下部の評価(☆☆☆)から応援をよろしくお願いいたします!

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