幕間2「氷解する誤解、凝固する新説」
【Side: Christopher】
ダンスレッスン後のホールは、生徒たちの熱気とざわめきで満ちていた。 その喧騒から離れたバルコニーで、クリストファーは手すりを握りしめ、眼下を見下ろしていた。 隣には、いつものように側近のアレクサンダーが控えている。
「……アレクサンダー。私は、夢でも見ていたのだろうか」
クリストファーの声は震えていた。 彼の視線の先では、先ほどまで激しいダンスを繰り広げていた二人──エリザベートとミアが、それぞれ別の方向へと去っていくところだった。
「いいえ、殿下。あれは現実です」
アレクサンダーもまた、放心したような表情で答えた。
「エリザベート嬢の、あの鬼気迫るリード。そして、それに食らいつくミア嬢の根性……。もはやダンスというよりは、戦場の如き緊迫感でした」
先ほどのダンスレッスン。 クリストファーは当初、エリザベートがミアをいじめているのだと思い、助けに入ろうとした。 「弱い者いじめはやめろ!」と叫び、ミアを庇う。 それが王道であり、正義であると信じていたからだ。
しかし、足が止まった。 いじめにしては、エリザベートの技術があまりにも高すぎたからだ。 彼女はミアを転ばせるどころか、崩れかけた体勢を強引に引き戻し、回転の遠心力を利用して次のステップへと導いていた。 その動きには、一切の無駄も、悪意ある手加減もなかった。 あるのは、「踊りきる」という鉄の意志と、パートナーへの過剰なまでの要求だけ。
「あれはいじめではありません。……指導です」
アレクサンダーが断言した。
「指導、だと?」
「はい。殿下もご覧になったでしょう。エリザベート嬢は、ミア嬢の未熟な体幹を見抜き、あえて限界ギリギリの負荷をかけることで、短期間での成長を促したのです」
「し、しかし、最後には『聖女失格』と罵倒して突き放していたぞ?」
「あれこそが、彼女なりの『愛の鞭』なのでしょう」
アレクサンダーは熱っぽく語った。
「『お前ならもっと高みへ行ける』『今のままでは満足するな』……。彼女は言葉ではなく、あの激しいステップでそう伝えていたのです。まさに、孤高の指導者。嫌われ役を買って出てでも、後輩を育てようとする騎士道精神の鑑です」
「な、なるほど……」
クリストファーはゴクリと唾を飲み込んだ。 そう言われてみれば、すべての辻褄が合う。 食堂でのスープ事件も、教科書への書き込みも、すべてはミアを試練に晒し、成長させるためのエリザベートなりの教育的指導だったのではないか? そしてミアも、それに気づいているからこそ、あんなにもエリザベートを慕っているのではないか?
「……我々は、彼女を見誤っていたのかもしれないな」
クリストファーは呟いた。 稀代の悪女だと思っていた婚約者が、実は誰よりも深く国と聖女の未来を案じる、不器用な聖人だったとしたら? 自分はなんて浅はかだったのだろう。彼女の深淵なる意図に気づかず、表面的な優しさだけでミアに近づこうとしていたなんて。
「殿下。我々にできることは、一つだけです」
「ああ。分かっている」
クリストファーはバルコニーから、去っていくエリザベートの背中を見つめた。 その背中は、以前よりもずっと大きく、そして崇高に見えた。
「二人の間には、我々が入り込めない絆がある……。邪魔をしてはいけない」
「はい。遠くから、温かく見守りましょう。彼女たちの魂の交流を」
こうして、王子の誤解は「悪役令嬢によるいじめ」から「孤高の指導者による熱血指導」へと華麗にシフトした。 エリザベートが「助けて! 介入して!」と心の中で叫んでいたことなど露知らず、彼らは満足げに頷き合い、二人の世界を尊重(放置)することを固く決意したのである。
ここで再び王子視点です。
本来ならヒロインを助けて好感度を稼ぐはずが、エリザベートの鬼気迫るリード(いじめのつもり)を見た結果、「孤高の熱血指導」という斜め上の解釈に着地してしまいました。
「二人の世界を邪魔してはいけない(キリッ)」
……クリストファー殿下、ついに自らメインシナリオからフェードアウトしていく決意を固めたようです。
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