眼にはさとりを、手には不死鳥を携えた僕が百鬼夜行に挑んでいく・・・と、いう話さ

序章 百鬼夜行と僕の始まり

5話 僕と妖狐と店長

　今日で退院して5日目になる。

　学校には自宅療養ということで、しばらく休学すると伝えている。

　アルバイトだけはしたかったけれど、あの河童のような連中がどこから現れるかわからない恐怖で、部屋から出ていける状況ではない。

　氷花さんは基本的に家にいてくれているが、化け物の活動時間は日が暮れてから深夜にかけてが多いらしいので、夜になると警戒のため外回りをしてくれている。

　それでも僕は外出する勇気が出なかった。

　「まったく、いつまでそうしてるんだか……」

　氷花さんが呆れるように言った。

　「君の様な奴を宝の持ち腐れっていうのだろうね」

　何を言われてもどうしようもない、それくらいの恐怖が植え付けられてしまったんだ。

　このままではダメだということもわかっているけど、身体が動かない。

　どうしても恐怖が勝ってしまう。

　母さんが部屋をノックして声をかけてきた。

　「煉くん、わたし今日からパートにいってくるね。煉の身体も大丈夫そうだし、仕事ずっと休んでるわけにもいかないから」

　母さんは僕にずっと付きっきりだったせいでパートを休んでいた。

　少しでも働いて生活を維持させないといけないのに、ずいぶんと迷惑をかけてしまった。

　「焼き飯作ってあるからチンして食べてね。氷花ちゃんの分もあるから。それじゃ、行ってきます」

　そう言うと母さんは足早に家を出て行った。

　「わたしの厚揚げでいいって言ってるのにさ。まったく優しい子だねぇ、真衣は……」

　氷花さんは母さんを優しいと言う。

　そうだ母さんは優しい。

　今まで怒られた記憶がない。

　怒ったところも見たことがなかった。

　怒ったところを見たのは、父さんが亡くなった時に会社の連中に対してくらいだ。

　友達は自分の母親に対して愚痴をよく言っているのを耳にするけれど、うちに関しては特に愚痴はない。

　むしろ父さんが亡くなってからは感謝の気持ちが大きい。

　次の母さんの誕生日や母の日には、バイト代で何かプレゼントを買うつもりだ。

　そのために本当はアルバイトを頑張らなくてはいけない。

　「氷花さん」

　「うん？」

　「朝から夕方くらいなら、化け物って出て来ないんですか？」

　「正確には化け物は日中に力を出せない連中が多いからね、襲ったりしてくる可能性は極めて低いってことさ」

　「……そこら中に化け物っているんですよね？」

　「人間に化けて完全に人間として生きている奴もいるからね。もしかしたら君の知り合いの中にもすでにいるかも」

　信じられない話を聞かされている気分だ。

　化け物が人間社会で人間に紛れて生活しているだって……。

　「信じられないって顔してるけど、昔話とかで人間と化け物の恋物語とかあるでしょ？あれって案外実話でね。人間社会で共存している内に別種族同士が惹かれ合うってたまにあるものなのさ」

　「共存してる化け物って、人に化けて普段なにをしてるんですか？」

　「そうだね……河童見たく悪いことする流浪の奴らもいるけれど、普通に人間と仕事したり遊んでいる奴の方が多いと思うよ」

　こんな話、僕以外の誰が信じるって言うんだろう。

　「本当に言ってます？」

　「君、これだけは言っておくけど化け物だって生きるために必死なんだよ。人間に怯えて生きてる奴だって山ほどいるんだ。化け物には不思議な力があっても、人間様の数の力と知恵には勝てないのさ。今も昔もね」

　「そうなんですか……」

　「人間は覇権を握りながらいつも被害者ぶるんだ」

　人間の数と知恵に化け物は恐れを持っている。

　化け物だって人間が怖いのか……。

　「僕、お金が必要なのでアルバイトに行きたいんです」

　「行けばいいじゃないか」

　「でも怖くて……」

　「日中なら大丈夫だって言ってるでしょ、それに何かあってもわたしがいる」

　母さんを支えるためにも、できるだけ早くアルバイトを再開しなくてはいけない。

　それに生きるためにはお金は必要だ。

　僕がこんなことではダメなことも理解している。

　気合いだ。

　こうなれば自分次第なんだ。

　氷花さんを信じるしかない。

　「あの、守ってもらえますか？」

　「任せな。指一本触れさせないさ」

　「店に……シフト入れるって電話します」

　これ以上、母さんに迷惑はかけたくない。

　少しでも家計を助けるため、僕は清水の舞台から飛び降りる思いでアルバイトへ行くことにした。

　そのアルバイト先で思いがけない事実と直面することも知らずに。

　――――――　

　ケンチャンのフライドチキン。

　日本中にあるフライドチキンのファーストフードの店が僕のアルバイト先だ。

　面接の時、名前の漢字が火鳥ということから、まるで内で働くのにふさわしい名前だと言って店長が大いに喜んで採用してくれた。

　変わった名前だと言われたことは今までもあったけど、チキン屋で火鳥という名前は確かに突っ込みどころがあると思った。

　アルバイト先のチョイスを間違えたのかもしれないな。

　でも職場の店長や、先輩方は本当に良くしてくれるので助かっている。

　仕事場での一番の悩みは人間関係らしいけれども、僕は恵まれてた職場を見つけたのだと思った。

　僕は不安と闘いながら、昨日店舗に電話を入れた。

　その時の店長からの第一声がこうだった。

　「いつからシフト入れるの？朝から入れる？明日はいける？頼む！人がいなくてピンチなんやわ。昼のピークだけでも無理かな？しんどくなったらいつでも休憩OKにするし」

　飲食店の人不足は深刻な問題となっている。

　僕のアルバイト先は朝に入れる人が少ない。

　しばらくの間は午前からのシフトに入りたいと伝えたら、すごい剣幕で勤務をお願いをされた。

　その圧力に負けて、電話した翌日からバイト復帰の約束をしてしまった。

　あれだけ怖くて不安だったのに、店長から命乞いのようなお願いをされたら何故だか怖さが消えた。

　氷花さんはアルバイト中ずっと周辺で警護してくれているようだし、夕暮れまでには家に帰るから流浪の化け物との遭遇はないだろう。

　通勤に関してだけど、事故でバイクを廃車にしたので歩いて店まで行かなくてはいけない。

　バイクならすぐの距離なのに歩くと遠い。

　朝からアルバイト先へ向かう。

　久しぶりの地面は硬いはずなのにふわふわしているように感じた。

　外を歩くという普通のことが楽しく感じる。

　僕が事故を起こした交差点がみえる。

　僕の人生が変わった場所といっても間違いない交差点。

　信号の待ちの時に事故現場を詳しく見てみたけど、すでに何事もなかったように修復されていた。

　ケンちゃんのフライドチキンでは今日から新商品が発売される。

　新商品発売日はいつも店舗全体の士気が上がる。

　しかも今日は全国民が待ちに待った毎年夏恒例の激辛レッドフライドチキンの発売日だ。

　「おはよう火鳥くん！ほんまに退院早々勤務してくれてありがとうやで！」

　店に入ると店長のいつもの関西弁が聞こえた。

　「おはようございます。おやすみ貰ってこちらこそすみません」

　「いやいや、まだ学校を休んでるのに働かせてもうて堪忍やで！アハハハ」

　さわやかな笑顔でいつものように店長は笑っている。

　「今日はいよいよ激辛レッドフライドチキンの発売日やから大変やで！」

　「人気商品ですもんね、すぐシフトインの準備します」

　店長と軽く挨拶を交わしている時、さとりの眼が疼いた。

　その感覚は河童を見たあの日の感覚に似ていた。

　なぜ目が疼くんだろう……？

　僕は目の疼きに不安を感じた。

　そして眼鏡をそっと外して、さとりの眼で店内を見渡した。

　「！」

　「店長……そんな……」

　「どないした火鳥くん？」

　「なんで！？」

　「何がや？」

　店長の心の声、さとりの眼で見た店長の姿は人のそれではなかったのだ。

　「うわあぁぁぁぁー！」

　僕は叫びながら店から逃げ出した。

　「どうしたん火鳥くん！」

　店長も店から飛び出して僕を追いかけてきた。

　とりあえず隠れるところを探さないといけない。

　まさかだった。

　まさか店長が昨日話に聞いたばかりの、人間に化けて人間社会で働いている化け物だったのだ。

　捕まったら殺される。

　僕は必死で逃げた。

　死にもの狂いに駆け込んだ路地。

　そこで助けが入った。

　「そこまでだよ、君」

　店長の前に氷花さんが立ちはだかった。

　「氷花さん！」

　氷花さんは店長を睨みつけ威嚇した。

　「火鳥くん、一体どういうことや？」

　「彼に近づくな。君、化け物だろう？」

　店長は氷花さんの登場にかなり慌てている様子だ。

　しかし雰囲気はいつもの店長で、殺意のようなものはまったく感じない。

　むしろ僕を追いかけるために少し走って疲れているように見えた。

　「お姉さんは火鳥くんご家族ですか？」

　「話をはぐらかすな、殺すよ」

　店長は僕を見ながら助けを求めるような声をだした。

　「火鳥くん、これどういうことなんか説明してくれへんか？俺、困ってるんやけど……」

　さとりの眼で見ても、本当に困っているようだ。

　そして敵意がまったく無い。

　むしろ氷花さんの方が危険な化け物に見える。

　「店長、僕……わかってしまったんです。店長が人間じゃないって……このひともそれがわかっているから警戒しているんです」

　どう返してくるか不安ではあったけれど、僕は正直に店長へ伝えた。

　店長の返答次第で、氷花さんは間違いなく攻撃態勢に入るだろう。

　店長は困った顔を見せて、おでこを掻きながら答えた。

　「マジで？火鳥くんホンマなんか？なんでわかったんや？俺のこと」

　氷花さんは身構え、蒼い炎を全身に巻き付かせて戦闘態勢に入った。

　「ちょっと待って！話そう！話し合いをしようじゃないか！暴力はあかんて」

　なんだか店長の会話は調子が狂う。

　正体がバレたのに、まったくもっていつもの店長だ。

　「ふざけてるね君、すぐに殺す」

　「火鳥くん止めてや！このひとあかんて！店の開店準備がまだ終わってないし営業が間にあわへん。化け物なのは認めるけどなんで殺されなきゃいかんのや？」

　「君が彼を襲ったからだ」

　「襲ってない！急に叫んで店を飛び出したから心配で追いかけてきただけやぁ！」

　氷花さんは僕を見た。

　確かに店長の言ってることは間違っていない。

　勝手に走って逃げたのは僕だ。

　そして店長は本当に困った顔をしてこっちを見ている。

　「店長、噛みついたりしませんか？」

　「俺をなんや思てんねん？俺が誰か噛んどるとこ見たことあるんかい？」

　関西人らしい返しをしてきた。

　氷花さんは警戒しているが、店長に戦う意思はまったくなさそうだ。

　「店長、少し話せませんか？」

　「話をする言うても14時以降やないとあかんで！昼のピーク終わって、主婦さん休憩行かせてからやったらかまへん」

　話をしている限りでは、どう見てもいつもの店長だ。

　このひとは信用しても良い化け物だ、と直感した。

　僕らはピークタイムを終えてから、氷花さん立ち合いの元で話し合いをすることになった。