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41話 三柱浜の水虎岩


 「いらっしゃいませー!」


 「お待たせしました!」

 

 「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」


 

 土曜日の昼のピークを無事終えて、僕たちは一段落付いた。

 朝から僕と家入先輩が勤務、しばらくして店長と大学生の先輩達が勤務に入るいつもの土日の流れだ。

 

 ひとつ珍しいと言えば、門馬リーダーがOFFを獲っていることくらいだろう。

 基本的に門馬リーダーは土日に必ず勤務してくれている。

 たとえ短い時間でも必ず勤務している。


 

 「店長、今日は門馬さんOFFなんですね?」


 「おぉ、なんでもバンドサークルのメンバーと1泊2日でBBQ合宿らしいわ」


 「へー、羨ましいですね」


 「そうか?何が楽しいねん、あんなん」


 

 店長はまったくBBQに興味はないようだ。

 BBQなんて人間特有の娯楽だから、化け物にとって興味がないのは当たり前なのかもしれない。


 

 「楽しいに決まっているではありませんか」


 

 家入先輩が急に割って入ってきた。

 すでにイライラモードで店長に喰ってかかっている。


 

 「わたし達をこれだけ扱き使っているのです。感謝の意味を込めて今度BBQくらい開催してほしいものですね」


 「……いや、ほら、外で飯食って行儀が悪いやん。俺、好きちゃうねんな」


 

 店長は先輩にめっぽう弱いところがある。

 そこに大学生の先輩が突っ込みを入れてきた。


 

 「家入って店長に強いよなぁ。門馬さんと真逆だよ。あの人はほんとに店長を尊敬しているというか、大好きだからな。お前、店長にきついことばっかり言っていると門馬さんに怒られるぞ」


 

 本当にその通りだ。

 

 この世の七不思議のひとつに、門馬先輩が店長の事を好きだというものをいれてもいいかもしれない。

 門馬先輩は誰にも気付かれないようにしているのだと思うが、好きが溢れ出ているのが僕にでもわかる。

 

 門馬先輩は綺麗な人だ。

 顔良し、スタイル良し、性格良しと三拍子そろった人で店の男子からも人気が高い。

 だけど店長への接し方を見て、だいたいみんな諦めてしまうようだ。

 なにをきっかけに店長の事が好きになったのだろう、それが不思議でしょうがない。


 

 「たしかに気にはなっていました。あのように素晴らしい人間である門馬さんをたぶらかして、このクズは何を考えているのかと。わたしは常に門馬さんに早く目を覚ますように助言しようと思っています」


 「おい、クズは言いすぎやろ!店長やで、俺!」


 「いえ、社会人が大学生アルバイトをたぶらかしている時点で人間社会通念上のクズです」


 

 家入先輩の容赦ない一言に、みんなは爆笑した。

 店長は家入さんに時給を下げると脅し、先輩はパワハラで訴えると脅し返すいつもの喧嘩が始まった。

 

 普段ならここで門馬さんがやってきて、家入先輩をたしなめてくる。


 

 「ダメだよ、店長にそんなこと言っちゃ。いつもわたし達のことを考えてくれてる人なんだから」と……。


 

 今日は止める人もいないし、とことん喧嘩が続きそうだ。



 ――――――



 海水浴シーズンも疾うに過ぎた10月の浜辺。

 

 空は晴れ渡り、心地良い浜風が吹いて過ごしやすい気温だ。

 波が落ち着いているため、海水は澄んで見える。

 

 ビーチには犬の散歩や、ところどころでBBQをしている人達が居るくらいで閑散としていた。

 海には数人のサーファーが出ていて、真夏の海に比べて冬に向かう海はどこか寂しさが垣間見える。


 わたし達軽音サークルの2年生と3年生の選ばれた16人は強化合宿として、市の総合施設に泊まり込んで演奏の練習をすることになっている。

 演奏の練習よりもBBQや夜更かしが目的の子が多いのは事実だけれど、それはそれで良いと思っている。

 

 今日は午前中に移動が終わり、各班に分かれて演奏の練習した。

 そして少し早いけど、ビーチに出てBBQをすることになった。

 

 これが終われば、施設に戻って夜更かしタイムが始まる。

 正直なところ、わたしも演奏の練習より、その他のイベントの方を楽しみにしていたりする。


 男の子たちがBBQの準備をしてくれている間に、わたし達は食材の準備に取り掛かった。

 何人かBBQを得意とする子が居るおかげでテンポよく準備が終わり、食材が焼かれ始めた。


 

 「おい、門馬。この肉焼けってから食えよ」


 「小西君、ありがとう」


 

 小西君は、わたしの持つ紙皿に焼けた肉を置いてくれた。

 彼は私のバンドメンバーの一人でドラムを担当してくれている。

 

 なにかとわたしの事を気にかけてくれる男子だ。


 

 「あれ?七海さぁ」


 「うん?」


 「こんなとこでも持ってきているの?そのキーホルダー」


 

 リードギター担当の由華が、わたしの斜め掛けバックに付けているケンちゃんのキーホルダーに気が付いた。

 仲の良い友達ならこのキーホルダーを肌身離さず持っていることは周知の事実だ。

 学校に居る時も遊びに出かける時も、カバンを変えようが何をしようとも、このキーホルダーだけは常に身に着けている。


 

 「うん。お守りみたいなものだから」


 「いつもお守りっていうけど、どう見てもただのキーホルダーでしょ」


 

 友達にはそうやって揶揄われるけど、これは特別なもの。

 店長がわたしにくれた、この世で最も効果のある本物のお守り。

 

 店長とわたしを繋ぐ大切なモノなのだ。


 

 「でさ、小西どうするの?アイツ七海に本気みたいだしさ」


 「えっ?」


 「いやいや、気付いてないってことは無いでしょうよ。あんなにもあから様に態度出してるんだから」


 

 困った。

 全然興味がない。

 小西君が嫌いとかではないのだけど、わたしにはすでに好きな人がいて……。

 その人しか頭にないだけ。

 BBQで盛り上がっていたけど、お店のことを思い出すと急にアルバイト先に戻りたくなった。

 

 とは言いながらも、なんだかんだでわたしは2時間ほどのBBQタイムをめいっぱい楽しんだ。

 

 BBQが終わるころにはすでに辺りは薄暗くなり、わたし達は季節外れの花火を始めた。

 みんな花火で大盛り上がりだ。

 

 そんな最中に、わたしは小西君から浜辺の散歩に誘われた。

 それに感付いたみんなから揶揄われながら見送られたのが少し恥ずかしい。


 わたし達は真っ暗な浜辺を月明りを頼りに歩き始めた。


 元居た場所から随分歩いたように思う。

 みんなが楽しんでいる花火の明かりがすごく小さく見える。


 気が付けば足元は岩場になっており、小西君にどこまで行くのかを尋ねた。

 すると彼は言った。


 「あの水虎岩までさ」




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