29話 夢遊空間にて
夢の中へ入る方法。
写真でもなんでも良いので、対象者の姿や顔のわかるものがあれば、そこから指定した者の夢の世界へ入れるらしい。
僕はスマホで以前撮影したクラスの友達が数人写っている写真を枕返しに見せた。
「この写真でも大丈夫ですか?」
「コイツがその坂口か?これだけ顔が見えりゃ問題ないぜ」
「それじゃすぐに行けますか?」
「行けるけどよ、誰かはここで留守番だぜ。精神と身体を分離させて精神だけをあっちに持っていくんだ。その間身体は完全に無防備状態になる。夢へ誘き寄せてから空になった身体を狙うってトラップパターンもあるんだぜ」
さすが餅は餅屋といったところか、先輩が枕返しを頼った意味がよくわかる。
さて、その留守番というのは誰にするのか?
「それじゃ私が残るとするかねぇ。人の夢なんかに興味もないし。ここは咲に譲るから山姥退治はと、私が貰おうかねぇ」
と、言うことで留守番は妖狐に任せることとなった。
夢の中には僕と先輩、枕返しの3名で向かう。
「お前ら俺の肩に手を当てろや。一瞬で夢遊空間まで飛ぶぜ」
僕と先輩は枕返しの肩に手を当てた。
「氷花さん、少しの時間僕たちの身体をよろしくお願いします」
「あぁ」
「行くぜ!」
枕返しがスマホに映る坂口くんへ指を当てた瞬間に、僕の意識はどこかに吸い込まれた。
何かに引っ張られるように、すごいスピードでどこかに向かっていることがわかる。
そして次の瞬間、目に入った景色は見覚えのあるものだった。
それは前後左右上中下、全てを見渡して真っ暗な空間。
事故で意識を失い、初めて天狗と出会った場所だ。
ここが夢遊空間という場所だったのか……意識を失った者が来られる場所なのだろうか。
「やっぱり、先客が俺らの侵入を拒んでやがるぜ」
「サキュバスですか?」
「火鳥君、見てください!何かいますよ」
真っ暗な空間の中、黒いシルクハットと黒いマントに身を包んだ者がこちらを向いて立っていた。
顔は白地に黒い目と赤い口のみで笑っているホラーマスクのような仮面を被っている。
そいつは唐突に僕たちに向かって話しかけて来た。
夢を見ましょうか?
どんな夢がお望みでしょうか?
ご希望がございましたら何なりとお申し付けください。
ここは夢の中。
どんな事だって思いのままです。
好きな人とのデート。
テーマパークで1日中友達と遊ぶ。
スーパーヒーローになって悪人を倒す……等々お好きな内容で夢が見られます。
「なんだよ、憑りついていたのはサキュバスではなく夢の番人かよ?」
「おや、枕返しではないですか?」
「なんでお前がこんなところにいやがる?」
「ふふふ、それはこちらのセリフだよ」
夢の番人?
サキュバスではないのか?
互いに顔見知りでありそうな2人は、話しながらも警戒しあっているように見えた。
僕は我慢ができずに口を挟んだ。
「あなたが坂口くんにサキュバスを取り付かせた化け物ですか?」
「そうだとしたら?」
「すぐに解除してもらいたい」
「……」
夢の番人は仮面のせいで表情が読めない。
なにを考えているのかまったくわからなかった。
枕返しは、黙って夢の番人を見つめている。
「こちらの要望を聞く気はないのでしょうか?」
先輩も続けて質問を投げかけた。
「そうだね……聞く気はない」
「どうしてです?」
「この呪いの解除は不可。呪われている本人のみが解除できる呪い。外部から解除する方法がない呪いなのさ」
本人のみが解除ができる呪い?外部から解除する方法がない?なにを無茶苦茶なことを言っているのか。
こいつはここで倒すべきなのではないのか?
「何とかしてもらいたい!」
「無理だね」
僕はさとりの眼と全身に鳳凰の妖力を解放した。
「おい!人間!戦うなと約束したろうが!」
「火鳥くん!いけません!まだ話し合いの途中です」
さとりの眼で見る夢の番人からは感情を読み取れず、妖気的な物を一切感じない。
そして、なぜか解放した鳳凰の力が搔き消されるかのように落ち着き始めた。
「煉よ、ここは夢遊空間だ。全ての妖術と陰陽術が無効化される。無駄な力は使わず冷静になるのだ」
右手の鳳凰が姿を現した。
「夢の番人。夢の化け物同志のよしみで訳を聞かせて欲しいぜ」
枕返しは食い下がった。
「枕返し、こればかりはお前の頼みでも無理なのだ。察してくれ」
「……」
「察っするわけないでしょ!」
取り乱した僕の前に枕返しが立ちはだかった。
枕返しは何かを察したかのように話し始める。
「呪いの設定が回りくどいぜ。殺すなら普通に呪い殺せば良いだけだ、なのにわざわざサキュバス使って生気を搾り取って殺すなんて効率が悪すぎる。解除方法はなく、解除できるのは呪われた本人次第ってのもなかなか聞かねぇ代物だ」
「枕返し、どういうことでしょうか?わかりやすく私たちにも説明していただけませんか?」
「さぁな、さすがに情報が少なすぎてわからんが坂口って奴を確実に殺すための呪いだな。夢の中の呪いなら誰にも邪魔されることがない、しかも今回のように邪魔が入っても解除方法がなく、時間がかかってでも呪いを成就させるように準備されている」
「……」
「察してくれか……呪い主は誰だ?すでに死んでるのか?訳も言えねぇってことは……」
枕返しと夢の番人にしかわからない会話が続いている。
「枕返し、もう良いだろう」
「お前そいつに、正夢の術を使わせたな?」
夢の番人の動きが止まった。
枕返しが真を突いたのだろうか。
それから、夢の番人は一言も発しなくなった。
何より、正夢の術とか何なのだろう?
「引き返してくれ、枕返し。私にお前たちの要望は聞けない、実力行使に出てもここは戦闘が不可能な空間だ」
「呪いを解除するまで引き返せない!」
僕は必死に夢の番人に食らいついた。




