20話 廃墟に咲く花火
背中に鳳凰の突きをくらった百目は声も出せなかった。
何が起こっているのかわからなかったのだ。
いきなり背中を突かれ、鳳凰の炎で全身が焼かれ始めた。
ラーの眼は力を失い、一目連の眼は燃え始めている。
「何が、……にが起こった……」
「終わりだ、百目」
「なぜ……貴君が……私の後ろに?」
百目の全身は業火に飲み込まれ、叫び声もあげられず燃焼している。
「私は……いったいどこで間違えた……?」
それを見ていた氷花さんが呆れた口調で答えた。
「そんなこともわからない馬鹿だから今死ぬんだよ。どこで間違えた?そんなの化け物を殺して眼を集め始めた時からに決まってるだろう」
「馬鹿な部下に眼を集めさせて、火鳥君のお母様に手をかけたところからこの結末は決まっていたのです……」
「あ……っぁ」
全身の目は燃え尽き、跪いた百目はただ死を迎えるだけとなった。
「地獄の門番召喚したり、神までやっちまったんだ。なかなか居ないよ、閻魔と神の両方に喧嘩売って死んでいくやつ」
「そうですね。わたしも初めて聞きます。そんな馬鹿なひと」
「死んじまったら、君はどうなってしまうのだろうねぇ」
「そうですね、輪廻は許されず無限地獄逝きでしょうね」
「い……だ……いや……だ……ぁ、しに……たく」
「終わりにします」
僕は百目の体内に大量の炎を注ぎ込み、花火のように爆発させた。
――バアァーン!――。
真夜中の廃墟の屋上で大きな花火が咲いた。
はぐれという組織に身を置き、化け物界の勢力図に食い込もうとした百目の野望は潰えた。
僕たちの完全勝利ですべてに片が付いたのだ。
――――――
空は夜明けの兆しを見せ始めていた。
廃墟を出ると朧車が待機しており、牛車のそばには天狗が立っていた。
「爺さま!」
「牛丸!」
天狗を見て喜ぶ氷花さんと、再会にぎこちない先輩がいる。
「3人ともよう頑張ってくれた」
天狗は氷花さんの頭を撫でながら、先輩に顔を向けた。
先輩と何かを話しているようだったけど、詳しくは聞こえなかった。
きっと前向きな会話だったと思う。
僕は天狗からこの度の顛末に関して、深々と謝罪をされた。
謝罪をされたところでもう過去には戻れない。
それに僕はすでに全てを受け入れている。
戦いの終わった僕達は、朧車に乗って帰宅することにした。
朧車に乗って迷い家に向かうのだと思っていたけど、店長のマンション前で3人は降ろされた。
どうやら店長にここで降ろすように言われていたようだ。
マンション前で降ろされると、天狗と朧車は朝靄の中に消えていった。
なぜ店長のマンション前で降ろされたのかわからなかった。
しばらく待っても店長は現れない。
仕方なしに部屋へ向かうと店長はベッドの上で爆睡していた。
その姿を見て先輩が激怒し、その場で店長への説教が始めた。
店長は祝勝会としてモーニングをご馳走しようと考えてくれていたようだ。
先輩からディナーを御馳走するべきだ、と嫌味を言われていた。
とにかく戦い疲れた僕たちは空腹ということもあり、身支度を整えたあと近くの喫茶店へ連れていってもらうことになった。
なんてことはないメニュー。
パンにサラダ、目玉焼きとソーセージに好きなドリンクのセット。
美味しかった。
こんなに美味しい食事は久しぶりに感じた。
ここ数日は味を楽しむなんて考えがなかった。
コーヒーってこんなに美味しいものだったのか。
パンとの相性が抜群だ。
卵とソーセージのコンビも最強だ。
店長が氷花さんと先輩に嫌味を言われているのも面白い。
最近忘れていた感情な気がする。
食事の途中、鞍馬山で供養された母さんからの伝言を氷花さんから聞かされた。
伝えるタイミングをずっと探っていたようだ。
「あっちで父さんとおもしろ可笑しく過ごすから、煉もそっちでおもしろ可笑しく過ごしてね」
だと。
なんとも母さんらしい遺言だろうか。
ホッとする。
氷花さんも、もっと早く教えてくれたら良かったのに……。
美味しい食事、頼もしい仲間、そしてなんとも言えない安堵感。
全てが揃った僕は気が抜けてしまったのだろう。
こんなに楽しい時間なのに、その場で深い眠りについてしまった。
僕は父さんと母さんと、色々な話をして楽しい時間を過ごす夢を見た。
この時間が続いて欲しい。
ずっとこの幸せが続けばいいのに……。
目覚めた時には、自分のマンションの部屋だった。
すでに夕暮れ、久しぶりの帰宅になる。
氷花さんが連れて帰ってくれたのだろうか。
起き上がりリビングに向かう。
電気が消された誰もいないリビング。
僕は1人きりのようだ。
化け物と戦える力を持って仇を打てた。
だから氷花さんの護衛も解除されたのか。
今日から、本当にひとりでの生活が始まるんだ……。
アルバイトに行けば先輩も、店長もいてくれる。
学校が始まれば、友達とも遊べる。
でも……何か胸にぽっかりと穴が空いたような気分になった。
「なんだい、目覚めたのかい?急に寝るものだから驚いたよ」
後ろから氷花さんの声がした。
「迷い家にでも行くかい?何なりと食べ物くらいあるはずだしさ」
居てくれた?
護衛が解除されたわけではなかったのか?
なぜだか僕は涙が出た。
最近、よく泣いている気がする。
泣くのは嫌いなんだ、時間の無駄だから。
氷花さんはそっと背中に手を置いて、僕を落ち着かせようとしてくれた。
「あの……氷花さんはいつまでいてくれるんですか?」
「ん?別に決まっちゃいないけど」
「そうなんですか」
「なんだ。お子様だからわたしが居ないと思って不安になったのかい?」
「まぁ……そんなところですかね……」
恥ずかしかったけど寂しさを感じたことを認めた。
すると氷花さんは笑顔を見せながら僕の頬を撫でた。
「爺様から、迷い家への出入りも許されてるんだ。寂しがることなんてないさ」
「……そうでした」
「それにわたしはこのマンションに越してくる予定だし」
「……はい?」
こうして僕は日常へと戻っていく。
化け物と共存していく日常、今までとは違う新しい日常へと。
僕は来週から学校へ行くつもりでいる、学校はあと少しで夏休みに入る。




