17話 継承されたひと
突然、僕の右手に現れた小鳥サイズの鳳凰。
理由はわからないが、機嫌が悪い。
氷花が駆け寄って来た。
「君、雷の直撃を喰らってたけど無事なのかい?それにこの小鳥は……」
「この方が鳳凰です。氷花さん」
とっさに氷花さんへ紹介した。
「そうだ!余が神獣、鳳凰である」
「このちっこいのが鳳凰だって?」
「小鳥だのちっこいだの無礼な狐っこだの!」
鳳凰は噂や想像していたものとはまったく違う威厳の無さだ。
それにしてもなぜ急に姿を見せたんだろう?
脚だけになって死んでいたわけではなかったのか。
「うわぁ!凄く可愛いんですけどー!」
先輩は駆け寄って来るなり、鳳凰に黄色い声をあげた。
「おっほほっ、いつの時代も女という生き物は強き者を本能で求めてくるものよのう」
「こいつ生意気だねぇ。フライドチキンにもなれないサイズのくせに」
「狐は黙っておれ!」
先輩のことは気に入ったようだが、氷花さんのことは気に入っていなさそうだ。
「鳳凰が今の雷撃から僕を守ってくれたのですか?」
「その通りだ!お前があまりにもヌルい戦いをしているでな、死にでもすれば説教もできんからの」
「僕、説教されるんですか?」
「あったり前だろ!百目みたいな雑魚に苦戦してるなど余が恥ずかしいわ」
百目をはっきりと雑魚呼ばわりした。
もちろん、百目にもまる聞こえの会話だ。
百目は怒りで全身が震えている。
もう一度、雷の術で攻撃しようと妖気を溜め始めている。
「またあの雷撃が来ます。備えてください。」
「それだ。その考え方が好かぬのだ、余が戦い方を教えてやろう」
鳳凰は、氷花さんと先輩にこれからの戦いには手を出さないように伝えた。
あれくらいの敵は僕1人でなんとかできると言った。
僕は腕時計を見るようなポーズで手の甲に乗っている鳳凰と会話をしながら、巨大な百目に向かって行くように言われた。
鳳凰は百目の前に着くまでの間で、僕に戦い方を教えてくれた。
「右腕に炎を纏わすのではなく、全身に纏わせよ。燃えている部分が超回復の対象箇所になる。それと敵の攻撃にビビるな、こっちは不死身だ。相打ち覚悟で突っ込んでも死ぬことはない。以上だ!」
百目の前に到着した。
「ほかにアドバイスは?」
「ない!」
言われた通りに腕を燃やすイメージをやめて、全身を燃やすイメージに切り替えた。
すると全身が炎に包まれた。
これで良いのだろうか?
「!」
すると手の甲にいる鳳凰が消えた。
「ほっ鳳凰?」
慌てた僕が全身の力を解くと、再び鳳凰が右手に現れた。
「鳳凰、今のは?」
「うむ、全身に炎を解放するとその間だけ余は消えてしまうようだの」
「えっ!」
「誤算だ。これでは指導しながら戦えん。どうしたものか……」
その瞬間に万雷がきた。
激しい音を出しながら、何回も落雷が僕だけに落ちてくる。
攻撃対象を僕だけに絞ったようだ。
全身が引きちぎれてもおかしくない攻撃だ。
しかし攻撃が終わり、砂埃が風に流されていく頃には傷が全回復している。
「これが全身を炎で包んだ時の超回復?」
右手の甲に鳳凰が戻り返事をする。
「そうだ。凄かろう?」
「全身を燃やしている間は不死身なんですか」
氷花さんは以前、さとりの眼と鳳凰の足はみんなが欲しがる宝のような物と表現した。
僕はその意味を再認識した。
すごい物だとはわかっていたけど、使い方を知ればより一層すごさがわかる。
「今までの僕は、最新家電製品を取扱説明書も読まないで扱うようなものだったのですね?」
「余を家電に例えるな馬鹿者!」
これだけすごいと当然ながら、さとりの眼と同様に鳳凰の脚も他の化け物に狙われ続けるのも頷ける。
「煉よ。余が消える前に1つだけ注意点を言っておこう」
「はい」
「百目の雑魚にそんな力は無いから心配はないが、お前の頭部が全て消し飛んだり、全身の5割以上を欠損させてしまうと超回復は発動されず死ぬことになる。ゆめゆめ気を付けることだ」
「頭が無くなることと、身体の半分以上が無くなると死ぬってことですか?」
「その通りだ」
「……」
完璧な不死身ではないということか。
肝に命じておこう。
――――――
百目は驚き固まっている。
百目の心の声は明らかに動揺していた。
どこで狂ったのか?
どこでこんなにも流れが変わったのか?
昨日まで全てが思うがままだった。
何1つミスが無かったはずだ。
色々な化け物の目を集め、様々な瞳術を私は扱えるようになった。
はぐれという組織は、いずれ化け物界の一角を担う巨大勢力になる。
その幹部である自分の計画が完全に狂い始めている。
今日出会った連中のおかげで、たくさんのものが音を立てて崩れ落ちていくのがわかる。
部下を次々に屠られ、私の繰り出したすべての瞳術が効かない。
そして盗品の眼だの模造品の眼だのと、私の力を馬鹿にまでされた。
あの高飛車な狐め……。
不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。
百目の様子が明らかにさっきまでと変わった。
今が百目を倒す絶好のタイミングだ。
「百目、次はこっちの番だ!」
「巨大化の術が解けるまでに貴君だけでも片付けておく」
僕は全身に炎を纏った。
全身に炎を纏い、全妖力を右手と両脚に集中させる。
百目に全力の炎の突きを喰らわせる。
業火を右腕に溜めて、両脚に溜めた力を開放して一直線に百目へ突きを喰らわす。
「突撃!」
百目は両方の掌の目から妖気弾を撃ち込んできた。
僕はそれを素早く回避しながら百目へ向かう。
「ちょこまかと動きやがって!たたき潰してやるぁ」
大きな手で僕を叩き潰そうとしたが、燃え盛る僕の右手は百目の掌を貫いた。
突きはそのままの勢いをもって百目の身体を貫通する。
身体に風穴のあいた百目を激しい炎が飲み込んだ。
「あ……ぁ、そんな……」
どてっぱらに風穴が開いて燃え上がる。
確実に致命傷だった。
しかし。
「こんなところで……使いたくない……のに……」
百目は苦しみながら、首元にある2つのを光らせた。
その目はすぐに輝きを失ったが、百目の身体を包む炎は消えて全身の傷が癒えていく。
「何が起きた?」
僕の声に反応して鳳凰が右手の甲に現れた。
「ふむ、これはまた珍しい瞳術だの」
貫いたはずの百目の身体は見事に回復していた。
巨大化の術が解け、元の姿に戻った百目だが、体力、妖力ともに羅刹鳥の目から現れた時より充実しているのがわかる。
「産土神の目だね」
氷花さんが話し出した。
「産土神?」
「少しの時間だけど巻戻すことのできる神さ。まさか神にまで手をかけていたとはねぇ」
百目は血走った目で睨みながら氷花さんへ言い返してきた。
「産土の目は切り札の目だった。こんなにところで使う予定ではなかったんだ」
「瞳力を発動させて、その力を使い切る度に目から妖力が消えているね。使い捨てのために眼を奪われた化け物達が本当に気の毒だよ」
氷花さんの言葉で気付いたのだけど、無数にある目がいくつか光を失っている。
瞳力を発動させていた目が光を失っているんだ。
目を集めることに執着しているのは、使用する度に失明するので眼のストックが必要なのか。
それを知れば何がなんでもさとりの眼は渡せない。
「貴君がうらやましい。さとりの眼は何度使用しても失明しないようだ。私はその目がなんとしてでも欲しい!」
「つくづく馬鹿だねぇ。さっきも言ったけど、君の目は本来の持ち主から奪った盗品みたいなものさ。目が主人として認めていないからすぐに失明するんだ」
「黙れ、女狐!」
「その点さとりの眼は違う。さとりの眼は彼を認めているんだ。主人としてなのか仲間としてなのかはわからないけど、彼を認めている。彼は瞳力を継承されたひとなのさ」
「目が主人として認める?何を言っているのやら……」
百目は掌の目から妖気弾を僕に向かって打ち始めた。
避けるには簡単な攻撃。
掌の目も妖力を使い切ったようで光を失った。
そして瞳力とは関係のない、雷の術を僕たちに打ち始めた。
さっきの雷撃と違い、随分と弱い攻撃だ。
「絶望に飲まれたのか、あきらめの心境なのかアイツはもう終わったな」
手の甲にいる鳳凰がつぶやいた。
「いえ、百目は何か考えています。まだあきらめてはいません、気を付けないと」
百目がふらついた足取りでゆっくり僕たちに近づいて来る。
「もうやめです」
「何を?」
「ストックを気にしての力の出し惜しみをです……」
「強がりかい。さっきからかなり無理をしているように見えるけどねぇ」
百目は全身に力を溜め始めた。
さっきまでと違った妖気がまわりに立ち込めている。
頭部にある3種類の目が光った。
サイクロプスの眼。全身が筋肉で隆起し、力のみで戦う1つ目の巨人の目。
ラーの眼。好戦的で万物を滅ぼす力をもつ、太陽を司る神の目。
ホルスの眼。穏やかで万物を癒す力を持つ、月を司る神の目。
「とってきの中のとっておきの目を使います。後悔しなさい!」
「牛頭馬頭みたく地獄の門番を勝手に召喚したり、海外の神の目まで持ち出したりさぁ……。君、冥府や神界に喧嘩売ってどうする気さ?」
「私の圧倒的な力で冥府、神界をも手中に収めるだけだ!」
鳳凰が黙って百目をみている。
その様子は百目を憐んでいるように見えた。
「鳳凰。力を全解放します。いいですか?」
「あぁ、特にもう伝えることはない」
「わかりました」
「煉、あの馬鹿にな……」
「はい?」
「あの馬鹿で無知な愚か者に引導を渡してやれ」
そう伝えると鳳凰は消えていった。
「もう鳳凰の待機って指示はおしまいでいいよね。今のアイツは少し厄介そうだし」
「そうですね。この状況を火鳥くん1人に任せるわけにはいかないでしょう」
先輩と氷花さんが僕の両隣に立った。
「今日1日で見違えるくらいいい男になったんじゃないの、発情鬼」
「褒めてくれるのありがたいけど、呼び名は発情鬼なんですね……」
「この戦いが終われば、その呼び名も変わるのではないですか」
いよいよ百目との最終決戦に入る。
――――――
神獣 鳳凰。
鳳凰は力を解放している間、表面上では姿を消しているが僕の中で状況はすべて把握しているらしい。
戦いには参加できないが、力を抑えればすぐに出現は可能だ。
僕の右腕になってから今まではずっと眠っているような感覚で過ごしていたようだけど、たまに目が覚めてはうっすらと情報は入っていたらしい。
百目の攻撃を全身で受けたことが、鳳凰の目覚めるきっかけになった。
その鳳凰が、さっき僕に言った言葉。
「あの馬鹿で無知な愚か者に引導を渡してやれ」
この言葉には鳳凰自身への戒めの意味も含まれていた。
思い出したくない過去。
いつも後悔として残る思い出。
それは僕の知らない物語。
天狗が圧倒的な妖力を武器に、鳳凰と行動をともにしていた頃の話。
己の強さを過信し、この日本では敵なしと思っていた無知で愚かな過去の話……。
それは誰も知らない天狗と鳳凰だけが知る昔の話。




