16話 盗品と模造品
百目は怒れる無数の目で僕たちを睨みつけた。
百目は1日で瞬間移動用に使っていた目を4つと、羅刹鳥の額に貸与していた目を失った。
貴重な目を一晩で5つも消されたことになる。
瞳力や魔眼といったものを持つ化け物は稀有な存在だ。
その目を集めるというのは、まず瞳力や魔眼を持つ化け物を見つける苦労から始まる。
ストックしていた5つの目を失い、何としてでもさとりの眼が必要になっているのだ。
「貴君たちを見くびっていたことを謝罪しましょう。しかし調子に乗り過ぎです」
百目の両肩の目が光った。
「!」
「身体が動かない」
金縛りの術だ。
これが瞳術の恐ろしさだ、ノーモーションで金縛りの術にかけられた。
まずい。
「!」
氷花さんがそっと僕の背中に手を当てると身体が動くようになった。
金縛りの術は外部からの接触で解くことができるようだ。
「化け狐に座敷童……そうですか、貴君たちには金縛りは効きませんか」
「残念だね。狐火がそういう術を無効化してくれるんだよ」
「わたしは金縛りの術程度なら耐性を持っています」
ふたりには瞳術が効いていないようだ。
百目は続けて両腕の目を光らせた。
「!」
「かっ母さん……?」
目の前に死んだはずの母さんが現れた。
これは幻術だ。
またノーモーションで幻術にかけられた。
油断していたわけではないのに……。
すると氷花さんが思いっきり、僕の背中を叩いて術を解いてくれた。
幻術は外部からの激しい衝撃で解くことができるらしい。
「幻術もダメですか……」
「狐火がそういう術を無効化してくれるんだよ」
「わたしはこの程度の幻術なら耐性を持っています」
すべての術にかかっている自分が恥ずかしい。
このふたりはすごいと思う。
そういえばさとりに眼の使い方を教わった時、さとりの眼を開眼状態に持っていけば相手の幻術や瞳術の類は無効化できると言っていことを思い出した。
僕は急いで眼を閉じ、妖気を集中させてさとりの眼を開眼させる。
「まったく貴君たちは可愛げがない。土蜘蛛といい私の瞳術が効かない連中ばかりだ……」
「わたし達は陰陽術の陰の法には耐性があります。瞳術だけではわたし達と戦えませんよ」
「ずいぶんと余裕ですね。それならこの術はどうでしょう?国産ではなく海外産の魔眼です。陰の法に耐性があったとしても、輸入物に対応できますかねぇ」
百目は両頬の目を光らせた。
今度は身体が石化していくのがわかる。
さとりの眼が開眼状態でも身体の外側がすごい勢いで石化していくのがわかる。
これは、みんなもマズいのでは?
ーボン!ー。
弾けるように石化した部分が砕けた。
「これも効かないというのですか?」
「狐火がそういう術を無効化してくれるはずなんだけど、初見なんで解析に時間がかかったようだ。流石にヒヤッとしたよ」
「わたしはあらゆる術への耐性がありますが、今のは解印の術を使いました。あっぱれといったところですね」
海外の化け物の術でも基本的なことは変わらないようで耐性がある者には効かなかいようだ。
今回は僕もさとりの眼のおかげで無効化できている。
これがさとりの開眼というものか、教えてもらっておいて助かった。
動ける僕達を見て百目は激高している。
「ふざけるなぁ!ゴーゴンだ!ゴーゴンの目だぞ!神話の魔眼だ!」
「ゴーゴン?今のが蛇頭3姉妹の目だっていうのかい?どこぞの模造品の眼を羅刹鳥に渡されただけじゃないのかい?」
「メデューサの呼び名の方が一般的ですよね。メデューサの首はギリシャでは国家レベルで厳重に保管されているって聞きます。残り2体のゴーゴンもすでに冥府に戻っているでしょうし、その目は完全に模造品でしょうね」
百目の目という目が血走っている。
怒りが溢れ出ている。
「君が羅刹鳥のような三下を使うから騙されるんだよ。まぁ、三下は三下しか使えないけどね……」
「模造品なわけがない!羅刹鳥はゴーゴンの目だと言っていた!」
「もし本当にゴーゴンの目なら、裏世界で国際的な問題になっていますよ。おそらくギリシャから日本に対してなんらかのアプローチがあり、わたし達にも少なからず情報が入ってきているでしょう」
百目は黙って俯いた。
「盗品と模造品ばかりで戦っているから君は弱いんだよ。瞳術なんて本人以外は100%の力使えないんだ。ましてや本人でもない盗人が目の許可もなく100%の瞳術が使えると思う?」
「100個の目を持って、それが己の力だと勘違いしたのですか。なんとも浅はかなひとですね」
この2人は口喧嘩が強そうだ。
話の内容は詳しくわからないが、煽っていることはわかる。
絶対に口喧嘩はしないでおこうと思った。
百目の顔に余裕が無くなりつつある。
怒りすら忘れた表情をして、何かぶつぶつと独り言を話し始めた。
「もう……いい。もう一度最初からやり直す。手下も選び直して、目を奪う時は自らの目で見極めてから奪いにいく」
「!」
「氷花さん、先輩!コイツ目眩しをして逃げるつもりです」
「ちっ!本当に厄介な目だ、さとり!」
「次は巨大化して暴れて?その隙に逃げようと考えてます」
百目は考えを読まれていることにいら立ちを隠せていない。
「目眩しは手の目。巨大化は一つ目入道の力といったところだね。もう何をしても無理なんだよ!」
「……無理かどうかは今から試してやる!」
百目は今まで見せていた人間体の姿から醜く何重にも皮膚が弛み、その隙間から数多の目が覗く化け物の姿へと変化していった。
そこから一つ目入道の術である巨大化の術を使い、屋上いっぱいの大きさに膨れ上がった。
「この大きさはヤバくないですか?」
「これは少し厄介だね」
「そうですね。一つ目入道の巨大化の術はハッタリの巨大化ではなく、質量と妖力量も巨大化する高等な術ですから」
ということは、百目は純粋に強くなったってことだ。
しかしこんな場所でデカくなっては、百目は動き回ることでがきない。
どんな考えを持ってのこうどうなのだろう?
「……雷の術が来ます」
先輩は即座に結界を張る準備に入り、氷花さんは狐火を纏った。
僕は開眼させたさとりの眼で先を読む。
特大の稲妻が天より落とされたが、一足早く先輩の結界で攻撃を防いだ。
同時に狐火が百目を巻き込み、凍結させる。
百目はもう一度天から落とした稲妻を自らに当てて、身体を覆った氷を砕いた。
まさに執念の闘い方だ。
百目はさらに大きな稲妻雲を召喚している。
この稲妻攻撃を受け続けるのは先輩の結界でも厳しそうだ。
「先輩、今から連続で落雷が来ます」
「わかりました」
大きな稲妻が何度も僕たちに向かって落ちてくる。
僕も炎を百目に向かって飛ばすが、まるで効果がない。
絶え間ない落雷が続く。
「咲、君の結界はどれくらい保つ?」
「すみません。そろそろ限界ですね。かなり高出力の雷の術です」
僕と氷花さんは百目へ攻撃を続ける。
百目も止まることを知らない勢いで攻撃を繰り出し続けた。
ーゴオオォォォン!ー。
結界はついに破れ落雷が僕達に直撃した。
屋上に大きな砂埃が舞う。
「最初からこうすれば良かったのだ。瞳力などに頼らずに」
砂埃は風に流され、3人のいた場所が見えてきた。
「!」
そこに3人の姿が無い。
影交換の術を使用し、近くにあったエアコン外気の残骸と居場所を入れ替えて直撃を回避していたのだ。
「ちょこまかと、このゴミどもが」
「やれやれ、とんでもないね。一種のドーピング術だから時間が経てば元に戻るんだろうけど、生半可な攻撃は効きやしない」
「やはり彼より上の位置までいって、『見下げたり』って叫ぶ方法がベストですね」
「なんです?見下げたりって?」
一つ目入道の対策として、巨大化した時に本人より上の位置までいって、『見下げたり』と、叫ぶことで巨大化の術を解印できる言い伝えがあるらしい。
「でもそれをやらさないように、バカみたく雷を落としているだろうね」
「そうですね、警戒してるための落雷なんでしょう」
百目はもう一度同じ攻撃を考えている。
しかも今度は一点集中攻撃ではなく、この病院全体の広範囲に雷を落とすつもりでいる。
先輩と氷花さんのふたりは影留めの術と凍結術で百目を封印し、僕に百目の頭上から『一つ目入道、見下げたり』を言わせる作戦を提案してきた。
影留めの術で止めるには質量、妖力共に大きすぎるので、短時間の静止が限界のようだ。
そのため狐火の凍結で2重封印したところに僕の出番という算段。
それでも5秒持つかどうかのスピード勝負だ。
「そろそろ落雷が来ますよ!」
「影留めの術に入ります」
先輩は百目のもとに飛び出し、影に錫杖を突き刺した。
そこに氷花さんは蒼い狐火での百目の全身を凍結させたことで、完全に動きを封じた。
僕はさとりの眼で百目の読心を始める。
「封印成功です!」
「頼んだよ、発情鬼!」
「はい!」
妖力を足に一点集中させる。
そうすることで爆発的に筋力が上がり、別次元の跳躍力が出せる。
「!」
しまった。
百目の動きを封じているため油断があった。
それと作戦に集中することで、読心の術と先読みの術への集中を欠いていた。
百目のノーモーションの瞳術が発動する。
両頬の目が光った、石化の術だ。
解除はできるが、一瞬だけ僕たち全員を石化させることができる。
せっかく作ったチャンスが無駄になってしまう。
身体の石化が始まる。
「急いで解除を!」
最悪なことに氷花さんと先輩も同時に石化したので封印術が解けてしまった。
そして動き出した百目が笑みを浮かべながら僕達へ攻撃に転じる。
召喚した黒雲から万雷が降り注がれる。
ーズドドドドドドドドドドドドドドドドドドーンー。
氷花さんと先輩は咄嗟に結界を張って凌いだが、僕は直撃を喰らった。
さすがにダメージが大きく、鳳凰の回復力を持ってしても回復に時間がかかってしまう。
「発情鬼!」
「火鳥くん!」
「フン!直撃しましたからね。無事で済むはずがない」
土埃が巻き上がる中、倒れ込む僕の右手に炎がチラついた。
「余の力を宿しながら、なんとも情けの無い様よ」
聞き覚えのない可愛らしい声が右腕から聞こえる。
倒れている僕の右手だけが、炎を纏いながら起き上がっていく。
手の甲には全身が炎で包まれた小鳥が乗っかっている。
「スッ、スズメの丸焼き?」
「無礼者!燃やし滅ぼすぞ!」
僕の一言に小鳥が怒りを爆破させた。
「なんだい、あの小鳥は?」
「なんだか凄く可愛らしいですね」
その小鳥は僕達へ口上を述べる。
「余を知らぬとは笑止千万!耳の穴かっぽじて良く聞けい。余は鳳凰、不死鳥、火の鳥など数々の通り名を持つ古より崇め祀られし神獣ぞ!」
「あなたが鳳凰なんですか?」
「煉よ。まっこと情けない戦いをしよって!」
手の甲に現れた小鳥はなんとも可愛らしい姿をしているが、凄まじい妖力を秘めていた。
どうやら僕の戦い方に不満を露骨に現わしている。
戦闘中、突然僕の右手に現れた鳳凰。
今から僕は、鳳凰直々に力の使い方を教授してもらえることになった。




