13話 伝説の化け物
「おいたが過ぎたちゃうか、百目」
「蜘蛛の化身程度の化け物が、百目と知ってわたしに挑みますか……」
店長の手のひらから無数の糸が百目を捕えようと飛び出した。
しかし寸でのところで躱わされてしまう。
瞬きにも満たない時間で、百目は信じられない距離を移動している。
地面に着地すると同時に、円錐状の岩が飛び出しトラップ式の術を発動。
それもギリギリで躱し、少し離れた木の上まで一瞬で飛び移っていた。
「蜘蛛の化身程度だと思っていましたが、なかなか……」
「どうやらその辺りに忍ばせている目ん玉へ瞬間移動できるんかい。厄介なこの回避術は目目連が使う術やないか」
「ほう!お詳しい」
「残り4箇所か……もう目ん玉忍ばせてる場所は把握しとるし避けられへんで」
店長は地面から鋭利に磨がれた石の礫を飛ばし、百目が忍ばせていた4箇所の目の玉を射抜いくことに成功した。
「まさか目の位置を把握していたのですか?」
すかさず両手から出された蜘蛛の糸が百目を襲う。
それをなんなく躱し、百目は木から木へと飛び移った。
しかし店長は、このタイミングを逃さなかった。
宙を舞う百目に、石の礫の直撃させた。
「くっ!」
バランスを崩し地面に叩きつけられたところへ3本の円錐岩が飛び出し百目の身体を貫いた。
「ぐふっ!」
「なんや、あっけないの?」
「何者なのだ?蜘蛛の化け物ごときがここまで……」
百目は身体中から稲妻を発し、身体の岩を砕いて立ち上がった。
そして回復術を使い傷を癒し始めた。
「なぜ目の位置がわかったのです?」
「そこら中に蜘蛛がおるからな、そいつらと視覚共有して見つけたんや」
「ほう……」
百目は慌て始めていた。
予定にはなかった者の出現とその強さに。
そして瞳術や魔眼の一切が効いていない店長にだ。
「さっきから幻術や金縛り、その他諸々の瞳術を俺にかけてるやろ?言い忘れてたけど俺にはそんなん効かへんで」
「……なぜ?」
「なんでやろうな」
「何者、貴君は何者なのです?」
「言うたら小便ちびるし言わんとく」
百目は動揺しながら考えた。
いろいろな化け物から奪ったご自慢の瞳術や魔眼の力が通じないとはどういうことなのか……。
圧倒的な力の差があった場合や、特殊結界を張られている場合は通じないこともある。しかし相手にそんな準備をする時間はなかったはず。
そもそも術自体が店長に当たっている感覚がない。
すべての術を正面から受けているはずなのに、店長には効いていない。
百目は冷静に考える。
術がすり抜けている?
「まさか、貴君の身体は本体ではない?……貴君はどこか遠いところからその身体を操っているのか?」
「ククッ、正解や」
「糸傀儡の術?まさか貴君は土蜘蛛……あの土蜘蛛なのか?」
「……またもや大正解やぁ」
百目の表情が変わった。
相手は伝説の化け物、土蜘蛛だと知ったため恐怖が全身を飲み込まれた。
本体は巨大蜘蛛だと言い伝えのある土蜘蛛。
己の糸で化け物や人間を操ることで事を成していくため、本来の姿を見た者はいないと言われている化け物。
平安の時代、土蜘蛛がたった1匹で都の人間と化け物を滅ぼしにかかったことがあった。
土蜘蛛討伐に立ち向かった何百体の化け物や人間を返り討ちにして、糸傀儡の術でその遺体を操って都を仕返しに襲ったと云われている。
土蜘蛛の恐ろしさはこの術にあり、死者を操る術として軽蔑され忌み嫌われているのだ。
百目の前にいる店長の正体は遠隔地から糸で操られて戦っているだけの人間の身体。
だから幻術や金縛りの術が効かないのだ。
「調子悪そうやなぁ、もしかして待ってんのか?不死の傀儡たちの演舞を……」
「!」
「安心せいや。お前1匹に100体も使わんわ。選りすぐりの上級妖怪5体くらいで相手してやろか」
「無様だ……。こんなことになるとは想定外でした。貴君には勝てる気がしません」
そう言うと百目は全身の目から光を放った。
放たれた光は優勢に立っている店長の目を錯乱させるには充分なものだった。
「眼くらまし!お前、逃げる気ちゃうやろな?」
「勝てない勝負はしないのですよ」
力の差を目の当たりにした百目は、光りの中へ溶け込むように逃げて行った。
そして静寂を迎えた鞍馬山には店長だけが残ってしまった。
「やってもうた……、逃してもうたか」
夜空を睨むように店長はつぶやいた。
――――――
廃墟の2階では、氷花さんと牛頭馬頭との戦いが始まっていた。
牛頭は大きな体格から槍を振り回し、火を操る鬼。
馬頭は牛頭同様の体格と武器を持ち、氷を操る鬼だ。
氷花さんの氷結術に耐性のある馬頭が前衛に立ち、後衛から牛頭の火炎攻撃という連携で迫って来る。
「君たちは馬鹿力だけが売りだと思っていたが、頭を使った戦い方もできるんだね」
「劣勢な立場の者とは思えぬセリフ。殺しがいがあるのぉ、牛頭よ」
「誠に」
氷花さんの狐火は馬頭には効果が薄い。
馬頭の攻撃も氷花さんには薄いのだが、耐性力で言えば馬頭に分があった。
氷花は2体同時相手ではなく、まず牛頭から討ち取る段取りを立てている。
氷花さんは身体に取り巻く蒼い狐火を鞭の様に握り、牛頭馬頭に向かって振った。
狐火は激しく撓りながら、床の上を波打つように牛頭目掛けて跳ねていく。
狐火の前に馬頭が立ちはだかる。
それを見越していた氷花さんは狐火のスピードと進行方向をコントロールして変える。
蒼い炎は馬頭を山なりに飛び越し、後衛の牛頭の前で大きく爆ぜさせた。
「ウオオォォー!」
一瞬にして火を操る牛頭の全身を凍結させることに成功。
早くも勝負を決めた。
「さて、あと一匹。思ったより早く終わりそうだ」
凍り付いた相方を横目に馬頭が言う。
「そう簡単に行くかな」
――――――
僕たちは3階に上がり奥へと進んだ。
一番奥の多目的ホールと書かれた広間にパイプ椅子へ腰掛けた学生風の男がいた。
コイツが母さんを殺した化け物、管狐の千里眼でみた男だ。
「羅刹鳥!」
「来たか。さとりの眼を持ってノコノコとバカのお出ましだ」
「お前を殺す!」
「親殺されたくらいで騒いでんじゃねぇ!」
無意識に手に爆炎が吹き出し僕は飛びかかっていた。
「絶対に殺す!」
「火鳥くんダメです!落ち着きなさい!」
「この雑魚ボケがぁ!」
突如男の背中から大きな翼が生え、刃のような先端で左脇腹から右肩にかけて深く切り裂かれた。
身体が切断されなかったことだけが救いだが、致命傷だ。
不用意に感情だけで飛び出した結果が、一発ノックアウト。
意識が微かにあるおかげで、ゆっくりと床に身体が落ちていくのがわかる。
床に着けば、立ち上がることはできないことがわかった。
この前の事故の時と同じ感覚だ。
ただ前回と違うところがある……。
それは僕には鳳凰の回復力が備わっていて、回復術を使える先輩がそばにいる。っということだ。
「あれほど注意するように言ったではないですか!」
先輩が回復術をかけてくれている。
しかし傷口は深く、回復には時間がかかりそうだった。
その間に羅刹鳥はみるみる本来の姿へと変わっていった。
鋭い2つの目を持ち、額には丸く大きな1つ目が開く。
3メートルはある真っ黒な身体に、それ以上に大きな翼を広げてみせた。
見た目は超巨大なカラスといったところか。
「カアアァァー」
大きな雄叫びをあげ、先輩を威嚇した。
「鳳凰の回復力に頼りますか……。次はわたしを狙ってくるでしょうね。わたしに回復の時間など与える気もないでしょう」
羅刹鳥は身体を浮かせて突進してきた。
先輩は指定した影を、もう1つ指定した影と繋げて本体ごと入れ替える影交換の術を使い、羅刹鳥と腰かけていたパイプ椅子の位置を入れ替えて躱した。
羅刹鳥は突進してきた勢いごと、パイプ椅子が置かれていた場所に大きな音を立てて頭から突っ込んでいた。
「イッテェー!なんだぁこれぇ!」
影を移す物の対象が大きすぎるため、妖力の消費が激しい術だ。
そのため何度もこの術を使用することは難しい。
「屋上に出なさい。その方があなたにとって都合が良いでしょう!」
「お前、本当に馬鹿だなぁ」
羅刹鳥は嬉々として、窓ガラスを割って屋上へ移動した。
壁や天井の無い屋上は確実に羅刹鳥にとって有利な場所になる。本来なら絶対に避けるべき場所だが、先輩は僕が巻き込まれないように場所の移動を促してくれたのだ。
「火鳥君をお願いしますよ。鳳凰!」
先輩は僕を3階に置いて、一人で羅刹鳥を抑えるべく屋上に向かった。
――――――
「まさかお主がこの場所に来ようとはな」
天狗の牛丸さんが店長の背後から声をかけた。
「偶然通りがかっただけや」
「礼を言う。良くぞ通りがかってくれたの。土蜘蛛」
久しぶりに会ったふたりはどこかぎこちなく見えた。
懐かしそうに声をかける牛丸さんに対し、店長はどこか面倒くさそうだった。
「……えらい老けたなぁ。やっぱり仙人になっても人間は年取るん早いのな」
「お主は若い人間の姿でいるのか?なんぞ意味があってのことか?」
「若くてそこそこの男前で生きていくのが一番ええんやと気付いたんや。ほっとけ!」
牛丸さんは先輩のアルバイト採用の件と、僕の面倒を見ていることに関して店長に感謝を伝えた。
店長は職場の上司として世話をすることは当然なので感謝は不要だと返したらしい。
「して、なぜ鞍馬山に百目が来るとわかった?」
「ずっと街を監視しとったら変な奴がここに向かっていることがわかった。部下どもの大切な場所らしいから何かあって店休まれるのも困るしな。しゃーなしや」
「最恐 最悪とまで言われた土蜘蛛が随分とお優しいことだな。どうだ茶でも飲んでいかぬか?」
「いらんわ。俺もう帰るねん」
店長が帰ろうとした時に、牛丸さんは一言発した。
「あの巫女の件は未だに不憫でならぬ。本来なら安倍晴明よりも後世に名を残す人間であったろう」
「けっ、何をいまさら」
「まだ奴を探しているのか?」
「知らんわ」
それは遠い昔の話。
今や2人しか知らない話なのかもしれない。
「その時が来れば、我ら鞍馬山の化け物は全面的にお主を援護することを誓おう」
「老いぼれた仙人に何ができる?百目に攻めて来られたら終わっとったろう。そろそろ引退せえよ」
「ふふっ、確かにお主が来なければここは全滅していたろうな」
「ほれみたことや、ほんま」
「だからもう一度改めて言わせてくれ。ありがとう」
――――――
僕は羅刹鳥にやられて意識を失っていた。
3階の多目的ホールで大の字になって情けなく倒れている。
起き上がらなくてはいけない。
しかしこのままずっと寝ていたい気分だ。
なにやら気持ちの良さを感じている。
事故の時もこんなだった気がする。
「!」
そんな僕を呼ぶ声が聞こえる。
「おーい。おーい!起きてくれよー!」
寝ている僕を無理に起こす者。
起こさないでほしい、もう少し寝ていたいのに。
「起きてオイラの頼みを聞いてくれよ。いいこと教えてやるからさ。さぁ、起きとくれよぉ」
頼みを聞く?いいこと……?なんのことだろうか?
不思議に思った僕はそっと目を開けて呼び掛ける者に訊ねた。
「本当にいいこと教えてくれるの?」
「もちろんさ。頼みを聞いてくれたら、さとりのオイラが直々に本来の眼の使い方教えてやるからさ」
夢の中で語りかけてくるのは僕の左目、さとりの眼。
さとりは眼の使い方を教える代わりに、1つの頼みごとを依頼してくるのだった。




