12話 百目の怪
迷い家の居間に牛丸さんと氷花さん、僕の3人が集まった。
牛丸さんに先輩から伝え聞いた、はぐれという組織に関してと百目の存在など今わかっている情報をすべて伝えた。
今まで羅刹鳥を殺すことだけを考えていたが、どうもそれだけでは終わらない状況になりつつようだ。
羅刹鳥の監視を手伝ってくれていた店長と先輩にも刺客が送られた。
そして氷花さんも僕と一緒に襲われている。
僕のために動いてくれているひと達にまで迷惑が掛かって来ているんだ。
「やはり百目が裏におったか……厄介な。はぐれと名乗る組織とな、ふざけよって」
「下っ端からの情報だからさ、組織内のことはこれ以上聞けなかったようだね」
情報収集に失敗した氷花さんが自分の手柄のようにプレゼンしていた。
「しかし、咲がお前たちと接点を持っていたことには驚いたわ」
「アルバイト先の先輩だったんです。そして母さんの昔からの友人だったようで……」
「そうか、あの時の娘がお前の母親だったとはな……なんたる縁だ」
先輩が迷い家から出て行った理由は、母さんと先輩の仲を注意したことがきっかけだった。
牛丸さんの口ぶりからすると、迷い家を飛び出すとは思わなかったような口ぶりだ。
父と娘が喧嘩したみたいな感じなのかな。
「咲が元気にしていると聞けて安心した」
「咲にここへ来るように誘ったんだけど断られてねぇ」
「構わん、あの娘がお前たちを支援すると聞いてこれほど嬉しいことはない」
先輩の闘いを見ていないので強いのか弱いのかがわからないけれど、牛丸さんが絶賛しているところを見ると相当な力を持っていそうだ。
「して、火鳥 煉よ。初の実践にて誠の鬼を相手に見事な闘いぶりだったようだな」
「いえ……決して褒められたものではないと思います」
氷花さんはどんな報告をしたのやら?
「さとりの眼の力と鳳凰の力を使い、勝って生きていれば戦いの内容などどうでも良いのだ。お主はこれからさらに強くなるぞ」
僕への期待が高すぎて不安になる。
確かに先ほどの闘いは、僕の中の何かを大きく変えるものになったには違いない。
悪党であれ、化け物であれ、生き物を初めてこの手で殺してしまったのだから。
「爺様、百目の所在を見てもらうことは可能かしら?」
「あぁ、試してみよう。あかなめ、管狐を持って参れ」
「はっ!かしこまりました。牛丸様」
管狐?
そんな化け物ここにいたっけ?
2週間以上毎日迷い家に通っていたけど、見たことも、聞いたこともない。
狐繋がりで氷花さんの知り合いだろうか。
「氷花さん。管狐ってなんですか?」
「主に竹筒や携帯できる持ち物に住まわせて育てる小型の化け物さ、戦闘力は無いけど一匹ずつ個性的な能力を持っている連中だよ」
本当に化け物っていろいろと居るもんだな、と感心する。
しばらくするとあかなめが一本の竹筒を大事そうに持ってきた。
竹筒には千里眼と書かれた札が貼られており、この筒には遠くを見る力を持つ管狐がいるらしい。
牛丸さんは筒の蓋を外して、中にいる管狐の封印を解いた。
すると筒の中から突風が吹き出し、一匹のイタチのような獣が姿現せた。
牛丸さんはその獣の頭を撫でながら依頼を告げた。
「ここにいる3人と視覚共有し、土蜘蛛より教えられし羅刹鳥の根城を千里眼の力を持って見せてくれ」
それを聞いた管狐は小さく頷いた。
すると真っ黒な目を真っ赤に変色させた。
同時に僕たちの視界は管狐の見ているものが見えるようにリンクされ、すさまじい速さですべての障害物を貫き視界が進み始めた。
そしてあっという間に視界が羅刹鳥までたどり着いたのだ。
「……こいつが羅刹鳥。母さんの仇」
「そうだ、こいつがお主の母を屠った化け物、羅刹鳥だ」
目の前に見える仇へ手の届かない状況が、感情を震えさせる。
氷花さんは僕を落ち着かせようと背中に手を置いてくれた。
「ここから百目の居場所を千里眼で映せるか?」
再度、牛丸さんが管狐に依頼を告げた。
視界の方向が変り、再びすごい勢いで景色が動き始めた。
なかなか見つからないのか、視界が右往左往している。
その時、管狐の全身が震えはじめ、口を動かして話を始めた。
「はじめまして火鳥煉くん。私は百目、貴君の持つさとりの眼を欲しがる者です」
「!」
「羅刹鳥をずっと監視しているようですが、早く退治するなりしないと次は貴君のご親戚やご友人の眼を狙っているようですよ。貴君のお母様と同じように……」
管狐の口を借りて百目が挑発をしてきた。
「深夜12時過ぎ、羅刹鳥と無数の使い魔があなたの周りの人間を襲いに向うようです」
僕はその軽い挑発へ簡単に乗ってしまった。
「黙れ!今すぐ羅刹鳥を殺しに行ってやるから待ってろ!」
「これは威勢がいい!羅刹鳥も楽しみにしていることでしょう。でも素直に眼を差し出してもらえるのでしたら代わりに私が羅刹鳥を始末してあげても良いのですよ」
「羅刹鳥の次はお前だ、百目!」
「交渉決裂。残念です。では羅刹鳥があなたのお越しを楽しみにしているので急いで行ってあげてください」
そう言い伝えると管狐の目が破裂し、管狐はそのまま息絶えた。
千里眼を乗っ取られたあげく、呪いを掛けられて殺されてしまったのだ。
百目の強さはこれまで出くわした化け物とはまったく違うことがわかる。
今夜、僕は羅刹鳥狩りへ行くことに決めた。
突然のことだけど、この感情を抑えることはできない。
「氷花よ、火鳥と咲の3人で羅刹鳥のもとへ向かうのだ。今のでこの迷い家に位置もバレた、万が一に奴らが攻め込んできた時のために儂はここで待機しておく」
「わたしもこっちに残ったほうがよくない?」
「儂のことは心配せんでよい。お前には火鳥の援護を頼みたい」
「わかったよ、爺様にこっちは任せる。わたしと咲は発情鬼のフォローにまわるよ」
今から僕たちは先輩と合流し、羅刹鳥のもとへ向かう。
――――――
先輩へ連絡をいれた。
今から羅刹鳥の根城へ攻め込むことを伝えると快諾してくれた。
僕と氷花さんは、まず先輩と合流しなければならない。
合流するのに牛丸さんが用意してくれた牛車の前面に人の顔が付いている化け物、朧車 の力を借りる。
見た目が恐ろしい化け物なので乗ることに気が引けたが、先輩を迎えに行ってから廃墟までの移動をあっという間に可能にしてくれた。
霧にまぎれて空間を走る化け物。
朧車が走る道には距離など関係のないのだとか。
先輩と合流して目的地の廃墟に着くまで、本来ならかなりの距離があるはずだった。
しかし先輩へ状況を簡単に説明する時間しかないくらいの速さで目的地に着いた。
朧車は僕たちを廃墟前で降ろすと、速やかに夜霧の中へ消えていった。
山奥にある3階建ての大きな建物。
昔は個人病院を経営されていたようだ。
今は見る影もなく、数km離れたところに民家が点在して見える人気のない場所。
ここに羅刹鳥がいる。
「この建物にいるんですね?」
「発情鬼、今の君は冷静さに欠けている。このままでは勝てる勝負も勝てないよ」
「そうですよ火鳥くん。あなたの妖気にかなりの乱れを感じます。落ち着きましょう」
僕はふたりの話を聞こうともせず、ひとり建物の中に入っていった。
肌寒い。
外はムカつくくらい蒸し暑かったのに、廃墟の中は別世界のようだ。
そして怖いくらいの静けさ。
何かがいる雰囲気すら感じさせない。
先頭には氷花さん、そして僕を挟むように後方には先輩という列になって床には雑草が生い茂る1階を進んだ。
雑魚妖怪みたいなものがウヨウヨと出てくるのかと想像していたが違う。
何事もなく2階へと向かう。
さらに静寂が深くなり、先ほどまで唯一聞こえていた風の音も止んだ。
夏草も邪魔をしなくなった通路を歩き、無事に3階へ向かう階段まで辿り着いた時に奴らは現れた。
牛の頭と馬の頭を持った2体の鬼が闇より姿を見せたのだ。
「羅刹鳥様の元へ行きたければ、我らを倒すことだな」
その2体の鬼を見て氷花さんが言う。
「牛頭馬頭かい?先の鬼といい、地獄の連中に勝手してると閻魔が黙っていないはずなんだけどねぇ」
「地獄の門兵を使役することは難しいことです。百目の魔眼によって操られていると考える方が妥当でしょう」
急いでいる時にいらいらさせてくれる。
3階に羅刹鳥がいることは牛頭馬頭の口ぶりで確定した。
とにかくコイツらを一瞬で灰にして進むだけだ。
「これより進むもよし、引くもよし、如何にする?」
「引いたところで生きて返す気がないでしょう、どのみち戦いは避けられません」
「もともと僕は引く気なんてありませんから」
鳳凰の手を燃やす。
今から特大の火炎玉を食らわせてやる。
手のひらに力を集中して火の玉を操る。
大きく、もっと大きな火の玉を作る……。
集中する僕の背中に氷花さんがそっと手を置いた。
「頭に血が上りすぎだ。見かけによらず短気だねぇ君は」
「いたって冷静ですよ」
「その力、後にとっときなよ」
そう言うと氷花さんは牛頭馬頭に向かって歩き始めた。
「発情鬼に何かあった場合、陰の法で回復術を使える咲が居るべきだからねぇ」
「なにを言ってるんです。氷花さん」
「3階へ2人で先に行ってなよ。これ片付けたらわたしも行くからさ」
いくら氷花さんでもこの2匹相手は心配だと思った。
3対2の今のうちに叩いておいた方が良いはずだ。
「氷花に任せて進みましょう。火鳥くん」
「でも……」
「大丈夫ですよ。彼女強いですから」
僕たちは別の階段から3階へ向かうことにした。
氷花さんは背を向けたまま僕達に手を振った。
牛頭馬頭は僕達を追いかけて来ようともせず、氷花さんから目を離さないでいた。
「追わないのかい?」
「追えばお前の攻撃をまともにくらいそうだ」
「そうかい。君たちはただの馬鹿ではなさそうだ。楽しめそうだねぇ」
――――――
その頃の鞍馬山。
黒いハットを被り、季節に似つかわしくない黒いロングコートを羽織った紳士が真夜中の山道を歩いていた。
気配を消し、音も立てずに異様の者は真っすぐに山を登っていく。
しばらくすると足を止めニタリと笑い、開いた掌を前方にかざした。
すると迷い家の門がうっすらと浮かび上がり、紳士はその門を開けようとしたのだ。
その時。
「真夜中の訪問販売はお断りしているんですわ」
突然の後ろからの声掛けに、迷い家の門が消えた。
黒ずくめの紳士は振り返りもせず言葉を返す。
「それは失礼しました。セールスお断りの張り紙もなかったものですから……」
「目ん玉をたくさんお持ちの方はこの山から出ていってもらえませんか?気持ち悪いんで」
そう言い終わると同時に、四方から飛び出た無数の蜘蛛の糸が男を縛り上げた。
しかし捉えたのはロングコートのみで、本体はすでに遠くの木の枝に移動していた。
コートを失った紳士の上半身からは無数の目玉が見えた。
百個の目。
まさにこの紳士こそが百目だった。
そして百目に声を掛け、迷い家への侵入を阻止した人物……。
「営業終了後の精神的にも一番ゆっくりできる時間に余計な仕事増やしやがって。お前覚悟せいよ!」
まさかの僕たちの店長。
店長が山のピンチに気付いて駆け付けてくれたのだ。
「ふふふ、身の程知らずとはよく言ったものです。誰が誰に何を言っているのでしょう」
深夜の鞍馬山で百目と土蜘蛛が対峙した。




