いきるもの、いきざるもの
私の幼馴染の名前は高田纏という。
通称、纏ちゃん。小柄な私と違って長身でモデル体型。小学生から高校生に至るまで、彼氏がいなかった時はいない。振った翌日には新しい彼氏ができていた。
人当たりがよく、先生からも好かれている。生徒指導の剛利山先生とは剃りが合わない。独自改造した制服や、染めた金髪のせいでいつも発見され次第、長距離の追いかけっこをしていたくらいだ。
小学生の頃からファッションに目覚めて、周囲とは違った服を着ていたので注目を集めていた。
そんな纏ちゃんは私の憧れだった。………纏ちゃんは違ったみたいだけど。
「ねぇ、集子。あんたいつまでも地味だからさ、もうあたしの側をうろちょろしないでくれない? 正直、目障りだから」
なにが面白いのか、半笑いで私に絶縁を告げる。周囲の取り巻きたちもクスクスと笑っていた。
カースト最上位の纏ちゃんと比較すれば、最下位の私なんて気にも留めないだろう。考えればすぐわかる。
月と鼈? あるいは女王様と貧民?
中学生になった日から、私の学生生活はドン底に叩き落とされた。女王様の一声で。
壮絶ないじめだった。
毎日が暗黒で染め上げられる。見るものすべてがくすむ。
序盤は画鋲地獄。手が伸びるところすべてにびっしりと敷き詰められる。例えば椅子や机。いつの間にか鞄のなかにも。果てには下駄箱まで。中盤は水責め。冬だろうが注がれる冷水。たまに汚水。そして暴力の行使。取り巻きの女子たちに囲まれて、殴る蹴るなどをストレスの捌け口同然に受ける。
終盤なんて空気同然の存在と化し、椅子と机を捨てられた。学校に居場所なんてなかった。担任を始めとした教師たちは黙殺していた。私をいない者として扱う。多分、名簿にも名前がないんじゃないかと思う。確認したことはないけど。
唯一、親身になってくれたのはゴリ山先生だった。登校して、クラスに私の椅子と机がないのを確認して踵を返すと、いつも心配そうにしながら駆け寄り、保健室まで連れて行ってくれる。私の居場所は保健室の一角で、配布されるはずのプリントを受け取って自習するしかなかった。養護教諭の女性はなにも言わなかった。
纏ちゃんは中学から高校まで、瞬時に学校を支配してしまったのだ。
悔しくなかったのかといえば嘘になる。もちろん悔しかった。
泣いた。毎日泣いた。
なんで私だけがこんな目に遭うのだろう。私がなにをしたというのだろう。纏ちゃんが怒ることなど、一回もしたことがなかったのに。
小学生の頃はよかった。いつも纏ちゃんの隣にいた。クラスが別になっても休み時間に訪問し、連れ出してくれた。
「集子。あんたは笑ってて。あんたの笑顔は、いつもあたしに力をくれるの」
幼かった頃、纏ちゃんはいつもそう言ってくれた。
うん。と笑顔で応える。すると纏ちゃんはいつも抱きしめてくれた。
「あたしたち、いつまでも友達だからねっ。浮気するんじゃないよ?」
当時の私は、浮気というワードを知らなかった。けど纏ちゃんが注意してくれるのだ。悪いことなのだろうなと予想はついた。具体を知ったのは高学年の時に見たドラマだったかな。
だから私は、思いのすべてを纏ちゃんにぶつけた。浮気なんてしない。ずっと友達でいようね。私たちの絆は永遠だから。なんちゃって。
纏ちゃんは花が咲いたような笑顔をして、また私を抱きしめてくれた。
悪夢が発生したのは二年後なんだけど。
その二年で、私は纏ちゃんの気に障るような言動をしてしまったのだろうか?
ううん。そんなことはない。私はずっと纏ちゃんを信じていた。纏ちゃんはいつも私の言葉にも耳を傾けてくれた。私が笑うと、いつも笑ってくれた。
なのに、なんで?
なにが気に入らなかったのだろう。
「あー、集子。今日の勉強会はパスで。あたし、他の子たちと予定が入ったの。じゃ」
小学六年生に進級した春。纏ちゃんは私を避けるようになった。
それなら別にいい。纏ちゃんはみんなの人気者だ。友達だって大勢いる。むしろ彼氏がいるのに私が独占してしまったんだ。中学生に進学する最後の一年。人生で一度しかない時間。私以外の付き合いを大切にしたいのだと、纏ちゃんの周囲への優しさと気苦労を尊敬した。
進学先はこの町でふたつしかない中学校。それも、ひとつは廃校が決まっている。
なにせ東京から離れた田舎町だ。行使高齢化社会も相まって、受験だったり、引っ越しをしない限り、周囲のみんなはその中学に行くことになる。
「集子。あのね」
小学校の卒業の日。
纏ちゃんは、いつもと違って、なにかを告げたそうにして私に接近した。約一年振りのまともな会話だ。私の胸は弾み、迸る嬉しさを禁じ得ないほど動悸が高まる。
なぁに? 纏ちゃん。───歌うみたいに尋ねる。
愛の告白だろうか。まだ小学生なのに。淡いピンクのカーディガンの第二ボタンをあげたら、お母さんに怒られるかな。でもどうでもよかった。
纏ちゃんは最初、儚げな表情をして、私の目を見た。
それから………泥のように沈んでいくような瞳に変わり、視線を伏せ、恥ずかしげにしながら愛の代わりとなる、呪言を告げる。
「あたしたち、ちょっと距離を置こう。浮気なんてしないで、なんて言ってごめん。全部忘れて?」
え。と私は硬直する。
纏ちゃんがなんて言ったのか、わからなかった。いや意味はわかる。でも思考が、纏ちゃんの愛を全力で受け止める体勢でいたためか、拒絶を拒絶した。
嘘だと思いたかった。
もう。纏ちゃんったら。小学生最後の日にとんでもない冗談を言うんだから。フリーズしかけた思考を強制的に動かして、現実逃避した末に苦し紛れの言葉を並べる。
「嘘じゃないよ。冗談でもない。本当………冗談じゃないの。あんたさ、なにも思わないわけ? 女同士だよ? 異常じゃん。そんなの本気にするなんて、あんた痛い子だね」
現実は非情だった。
小学生最後の日に突きつけられた悲恋。恋というより、一緒になるのが当然だと信じて疑わなかった私を、非条理な現実を与えてくれる、理想を崩壊させた核弾頭も同然のなにか。
そんなものが私の心を砕き、バラバラにし、磨り潰す。
中学生になると、平常心を保てなくなった私は、纏ちゃんから教わったファッションを真似できなくなった。
もう、どうやって生きていたのかさえ忘れた。お風呂に入ったのかも。
だから、かな。
そんなだらしない私に見切りを付けたのか、纏ちゃんは私を地獄に叩き落とす。
中学から高校に至るまで、ずっとそんな生活が続いた。
高校生になった時、ゴリ山先生に助けられていなければ、ついに私は命すら危うい暴行を受けていたかもしれない。
けど高校二年生の夏。事件が起きた。
女子トイレに入った途端、いじめの主犯たる同級生の女子に囲まれて、熱したヘアアイロンを股間に突き付けられた。
私だってそういう………なんていうか、性的な知識くらいはある。
だからそんな熱を帯びたものを挿入された結末が、どんなものなのかも予想ができた。
スカートを剥がれ、下着すら剥がれ、便器に捨てられる。拾えるけど許してもらえない。
四肢を拘束され、いよいよ肌に熱源が触れる───寸前。
ゴリ山先生が乱入した。
どこから聞きつけたのかは知らない。怒り狂って主犯たちを折檻。騒ぎを聞きつけた男性教員に止められるまで殴る手を止めなかった。
私はそこで意識を失い、そして───
さらに受け入れ難い、結末を知った。
ゴリ山先生は体罰で謹慎処分となったが、謎の死を遂げた。
自宅のアパートのキッチンで死んだという。持病があるなんて聞いていない。家族もおらず、事件性もなく、自殺でもなく、病死とされた。
けど、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
纏ちゃんが、死んだ。
原因は不明。詳細も不明。
事件翌週の全校集会で告げられた事実と、飛び交う噂と憶測。深まる一方の謎の坩堝。
ある一説によれば「纏ちゃんがゴリ山先生と援助交際していた」だの「とある女子生徒への残虐ないじめをリークされ、追い詰められて自殺した」だのと勝手な意見が周囲を渦巻く。
ありえない。
纏ちゃんは強くて可愛くて、それこそ神様みたいなひとだった。でも死ぬってことは神様じゃなくて、人間だった。
けど私は信じなかった。
ゴリ山先生のことも、纏ちゃんのことも。きっとなにかある。独自の調査を開始。
纏ちゃんがいなくなった途端にいじめが止んだ。時が過ぎるごとに主犯の女子たちが消えていくけど、そんな有象無象など気にもしない。どこに行こうがなにをしようが好きにすればいい。
纏ちゃんだけを見たい。纏ちゃんだけを信じたい。
神様は残虐だ。私から信仰の象徴を奪った。例え突き放されようと、私は纏ちゃんだけの近くにいたかったのに。
テレビやネットは規制がかけられている。馬鹿正直に報道するはずもない。何度かインタビューが来たが、生徒のありきたりな感想を取り上げて好き勝手やっているだけだ。信頼はできない。
だから私は、最後の手段に出た。
高田家を訪れた。いや、侵入した。
地主の家はかなりの豪邸だが、幼い頃に何度も訪れている。秘密の通路や、光の差さない薮のなかを這って進む。
目指すは………そう。纏ちゃんがいつも連れて行ってくれた、謎の社。纏ちゃんはいつもそこが好きだと言っていた。
これは生きる者による、生きざる者への叛逆に等しい。
命の価値? 尊さ? 知ったことではない。
高田家はなにか隠している。私から纏ちゃんを奪ったのだ。理由がある。
ほら、だってそこにいるものね。
私が好きで好きで、たまらなかったあの子が。
『な、なにしてんのあんた………馬鹿じゃないの!?』
ほら、こっちを見てる。随分と様変わりしてる。全身真っ白。あはは、なにそれ。渋谷で流行ってるファッションなのかな。光ってるし。詳しくないけど蛍光塗料でも混ぜたファンデーションとかいうのを使っているのかな。
でもそんなの関係ない。
纏ちゃんが真っ白になろうが、光っていようが、退屈そうな目をして祀られている剣の上に座っていようが。
「纏ちゃん、見ぃつけた」
重たい扉を開き、会いたくて会いたくてたまらなかったあの子に対面する。
でもなんでかな。纏ちゃん、とっても怯えてる。かぁわいい。
逃がさないよ纏ちゃん。ずっと一緒に、一緒に、イヨウ、ネ。アハハ。シアワセェ。
マトイチャン、ダァイスキ………
あたしの幼馴染の名は低野集子という。
どこにでもいそうな、至って普通の子。小柄で華奢。170センチの身長となったあたしと比較しても150センチほどしかないチビ。けど持ってるものは持ってる。高校生になっても胸のサイズでは勝てなかった。あとは成績もか。あれで頭がいい。少しムカつく。
性格は温厚を通り越して人懐っこいでは済まされないお人好し。嘘をすぐ信じるんだから、もう見ていられない。
あたしと集子が出会ったのは小学生の頃だ。田舎町にそういくつもない教育機関に、自動的に進学する仕組みとなっている。ふたつにひとつくらいしかない選択肢のなかから、ふたりがひとつに集まっただけなのだろう。
昔から鈍足で、動作もトロくて判断も遅い。クソ男子どもがからかう絶好の的。
だからかな。見ていられなかった。
あたしはお洒落が好きだ。最先端でいたい。いつか上京してファッションモデルとかにもなりたかった。クラスのリーダーとかにもなりたかった。裏を返せば支配欲が強かったのだろう。揶揄われる集子が哀れで、クソ男子どもから隔離するようにあたしのゾーンで囲ってやった。
するとどうか。ひとを疑うことを知らない集子は、あっという間にあたしに懐いた。一度餌をもらった相手を忘れない義に厚い犬か。いやもう仔犬だ。チョロすぎる。いつかこの子は詐欺に騙される。
まだあたしも集子も年相応の身長で、差もなかった時。集子を魔改造してあたしの色に染めてやろうとした。
「纏ちゃん。纏ちゃんが私を嫌いになっても………私は纏ちゃんが大好きだからね」
あたしの色に染まることはなかった集子が涙しながら告げた言葉。愕然としたのを今でも覚えている。なんだこいつは、と。ポジティブなのか。メンタルおばけか。
集子は昔からそうだ。周りからどんな反応を示されようが笑っている。
あたしはそんな集子の笑顔が好きで、羨ましかった。嫉妬してたんだと思う。多分。
中学生の頃、嫉妬からか周囲を使ってどこまでもお人好しの集子の心を折り、断念させてやろうとした。もうあたしに二度と関わることがないように。あたしの色に染まることがなく、根底にある自分の色を増幅させていればよかったのにと。
進級する度に集子の瞳から生気が抜けていくようだった。それでも自分の色を見失わなかった。地味で暗くて、それが姿に現れているようだ。
相変わらず生徒指導のゴリ山がウザかったが、それで折れるようなあたしじゃない。こうなりゃ、とことんやってやる。あたしがなにも言わなくとも、信者みたいな同級生や後輩が集子を絶望のドン底に突き落とした。主犯はあたしじゃない。いざとなったらトカゲの尻尾切りにしてやるか。
中高一貫校に通ったお陰でゴリ山に長年付き纏われるようになったが知ったことではない。そのうち集子が保健室で自習するようになったと聞いたが、それでいい。もうあたしの周りにいない方がお互いのためだから。
使えるものはすべて使った。法に触れることもした。校長を脅したりとかね。これでも実家のコネクションを使えば、色々と知りたくもない情報を集められる。便利っちゃ便利だけど、ババァがまぁこれがうるさいのなんの。
お役目のために精進する。という条件であたしも好き勝手にしてる。家は有能な従妹が継ぐことになっている。あたしもまぁ、集子をいじめる主犯のビッチと変わらねえや。いずれトカゲの尻尾切りになる。努力したんだけどなぁ。現実ってやつはどこまで非情なのやら。
小学生の時はよかった。
まだなにも知らなかった。
あたしが口うるさいババァの傀儡同然になって、いずれこの家の跡取りになるためって、必死に努力したのに。
ババァはそんなあたしの努力を知っている分際で、偉そうに色々と好き勝手に宣いやがる。
小学生の頃。そんなすり減らされる消耗品みたいなあたしを支えたのが………集子だった。
集子の笑顔に救われた。小学生になって化粧を覚えたあたしと比べて、なんの飾り気のない、ありのままの笑顔をするあの子に。
「私、纏ちゃんが大好き。ずっと一緒にいようね」
あたしが集子に心の裡を告げた。浮気するなと添えて。すると集子はとびきりの笑顔をくれた。あれで疲れ切っていたあたしの心がどれだけ救われたか。
集子を抱きしめて頬にキスする。正直食べちゃいたいくらい可愛かった。
何度も集子を家に呼んだ。お泊まり会もした。研究したファッションを披露して学ばせた。集子はいつも「すごい!」と感嘆して、必死にあたしの言葉に耳を傾けた。
何年もそういうことを続けたが、普段から口うるさいババァどもは、集子が家を訪れるとなにも言わなかった。むしろ、どこか嬉しそうにしてたかな。
ハイになったあたしは、ババァの言いなりになっていた母親に、集子を連れて宣言してやった。「将来集子と結婚する!」と。母親は「はいはい」と笑ってスルーしやがった。ババァは無言でいた。でも沈黙は可とかいうし、許してくれたんだと思ってた。集子もとても嬉しそうにしていたし。
でも、真実を知ったあたしは、もう平常ではいられなかった。
築き上げてきたすべてが崩壊した。最悪だった。
ババァは言った。
───纏や。この高田家はなんのためにあると思う?
知らねえよ。くせぇ口を閉じろババァ。と罵詈雑言を呑み込み、正座しながらババァの御託を静聴いるふりをする。
───高田家は、その昔陰陽道に精通していた。遠縁ではあるが安倍晴明を輩出した名門の血縁でもある。高田家は古来より陰陽道を駆使し、魔を祓ったのだ。私はお役目を果たそうにも、もう歳だからね。ゆえに後継者を決めたいと思う。………纏や。よくぞ幼いながらも修行に耐えた。その褒美だ。後継者はお前の従妹にする。
は? と首を傾げた。
そりゃ確かに修行は辛かった。集子無しでは耐えられないほどに。
けどこのババァ、今なんつった?
後継者はあたしのふたつ下の従妹にする?
ふざけてんのか。それともボケたか。
なんのために無駄としか思えない修行を積んだ? 研鑽した?
ただの地主じゃないことは知っていたけど、この数年のあたしの努力は、なんだったんだ?
───なにを落胆することがある? 言っていただろう。ファッションリーダーになりたいと。なればいい。ただしお役目だけはしてもらうがね。………なんだその目は。理由を知りたそうな顔をする。そんな顔をするのは初めてだね。いいだろう。教えてやる。お前よりあの子の方が使えるからさ。勤勉だし、なによりお前の倍以上の才能がある。それだけだ。………ああ、それからね。あの低野の娘と付き合うのはおよし。あの子と組ませるからね。低野家も高田家と同様の血筋だ。古来より組んでいたのさ。お前はその助けとなるんだ。これからは陰の者として、正統後継者を助けるといい。………なに? 集子はあたしのもの? 馬鹿かお前は。私が決めたことは絶対だよ。もう口を出すな能無しめ。
最悪だ。
なにもかも破壊してやりたくなった。
なにが陰陽道だ。安倍晴明とか正気か? あんなの、漫画やドラマで作られた偶像で、陰陽道なんて占いの一種なだけだろうに。現代でいうマジシャンと同じだろうが。
けど、正統後継者があたしより歳が下の従妹になることよりも辛いのが、集子を奪われることだ。
集子があたしのものではなくなる。なによりも辛い。
従妹はあれで異常だった。執着心が強く、一度手にしたものは二度と手放さないどころか、奪われたと思ったらとことん報復する熊みたいな女だ。奪われた大切な宝もついでにボロボロにする猟奇的でイカれた性格をしている。
そんな女の手に集子が渡ればどうなる?
考えたくもない。洗脳されて使い捨てられる。
考えた。とにかく考え抜いた。集子を連れて田舎を出ようにも小学生にできることはない。すぐに連れ戻される。あたしは懲罰され地下牢に監禁され、それこそババァの思う壺となる。
なら、いっそのこと………あたしの手で………集子を………!
「そっか………そうだよね。纏ちゃんお友達いっぱいいるもんね。わかった。また今度ね」
ババァどもによって事実を知ってから、あたしは集子との付き合いを断つと決めた。そうすることでババァどもを騙せるからだ。胸が締め付けられるくらい辛かった。
「なんで纏ちゃん! いつも一緒にいようねって言ったのに………なんでそういうこと言うの!?」
小学校を卒業する日。付き合いを絶って二年。本格的に突き放す。
我ながら酷いことを言った。あたしたちの関係が異常だと。
なにを言っているんだか。全部あたしが言ったことなのに。自分にまで嘘をついてまで、集子を傷付けた。あたしの方がよっぽど異常だ。てか、今も異常か。
あたしの作戦は、集子の印象操作。高田家を徹底して嫌わせる。………あたしを含めて。
このままじゃ集子が利用されてしまう。嫁いできた母親みたくババァの傀儡になる。あの性悪な従妹のおもちゃになる。それだけは避けなければ。
不登校になればいい。罰は全部あたしが背負う。心を病んで、居場所を失う代わりに転校すればいい。そうすれば集子は誰のものにもならない。あたしは当然、高田家の知らないところで誰かと付き合い、結婚し、子を産んで───
最悪だッ!!
そんなこと、させたくない!!
集子はあたしのなのに。守ってやるって誓ったのに。誰かと結婚して子を産んで? 冗談じゃない。させたくない。集子はあたしのだ。誰にも渡したくない………でもそうしなければ、集子は必ず不幸になってしまう。
集子は知らないだろうな。あたしを崇拝する馬鹿どものいじめによって、確実に暗黒な生活を送ると同時に、あたしだって暗黒な生活をしているんだって。けど、それを表に出しちゃいけない。あたしだけなんだ。集子を守ってやれるのは。
中学生の時から始まった集子へのいじめ。しかし、それでも集子はあたしの周りにいる。同じクラスだから? なら、その居場所だって奪ってやる。高校生の時、あたしは初めて自分の手で集子のいじめに加担した。椅子と机を捨てた。名簿だって消してやった。それでやっと集子は保健室に通うようになった。
これでいい。とっとと転校してくれ。でなけりゃ、そろそろあたしだって狂ってしまう。
もう限界なんだっ───というメンタルを、さらに崩壊させる事実を知ったのは、集子が保健室に通うようになってからだった。
ババァと従妹は、あたしの幼稚な策に微塵も騙されてなんかなかったのだ。
あたしを神のように崇拝するビッチどもも、カモフラージュ彼氏役として採用したクソ男子どもも、教師も、学校も、大人も、この町だって───全部、ババァの意のままだった。そして本格的に陰陽道にのめり込んだ従妹の毒牙も、あたしを蝕み始める。
全部ババァの筋書きどおりになった。あたしは踊らされていたのだ。極上の滑稽さを披露して。どうせ陰ながら笑っていたに違いない。
集子へのいじめの主犯は従妹の洗脳を受けていた。式神を使ったマインドコントロールだ。これでもあたしだって修行した身。でもやっと尻尾を出した頃になっても、もう手遅れだった。それも大勢いる。あたしは従妹の手のなかで踊らされていた。
学校もそうだ。あたしが集子の椅子と机を捨てても、名簿から名前を消してもなにも言わないどころか、そのとおりにした。よく考えれば、あたしへの追及があっても不思議じゃないのに。あたしの浅はかな考えが役を招いた。だから校長だってあんな簡単に折れたんだ。
………でも、そのなかで一番許せなかったのが、ゴリ山だった。
従妹の術が細胞レベルで寄生していやがった。あれはもうゴリ山本人ではない。おそらくあたしが集子と絶縁する真似をした辺りから仕込んでいたんだ。
ゴリ山は集子を気にかけていた。高校生になると特に親身になった。あたしはまんまと騙されていたわけだ。
従妹は集子を必要以上にいじめていた主犯を使い、あたしの知らないところで、ついに集子を襲わせた。そこに現れたのがゴリ山で、寄生されていた者同士のひとり芝居が始まる。集子にとっては唯一頼りになる教師が窮地に駆けつけたことで、これ以上とない好印象を抱いただろう。
偶然騒ぎを聞いて足を運んでいなければ、手遅れになるところだった。あたし自身のの甘さに腹が立った。
これでも長年修行をした身だ。近くに寄ってやっと従妹の術の存在に気付く。ゴリ山の行動は問題視されることはなかった。つまりババァも裏で糸を引いている。従妹の好きにさせやがった。
意識が朦朧としている集子をゴリ山が回収し、人気のない場所で衣服を脱がし始めた。
そこからはもう、なにがどうなったのか鮮明に覚えていない。
あたしは生まれて初めて、殺意を覚えた。火山が噴火する勢いだ。
ゴリ山は手遅れだった。細胞や神経にまで式が寄生し、傀儡となった人間を救う手立てはない。
言われるがままに下着姿になる集子を見た瞬間、あたしは自分の持てる力すべてを駆使してゴリ山を強襲した。
ただ、従妹の術で強化されたゴリ山も一筋縄ではいかなかった。完全に消し去るまで夜明けまで激戦を繰り広げた。………代償はあったけど。
満身創痍となりながらゴリ山を抹消し、意識が途絶えた集子に服を着せ、背負う。
何度も謝った。巻き込んでしまった。好きだった。あたしのものにしてやれなくてごめん、と。
集子を家に送り届け、あたしはあの魔窟に戻った。待ち受けるはあのババァどもとクソ従妹だ。差し違えてでもゴリ山と同じ末路を辿らせてやるつもり………だった。
できなかった。家族の情とかじゃない。単に、あたしにそんな余力がなかった。ゴリ山との戦いで右腕が消し飛び、大量に出血していたのもあるだろう。
魔窟に戻るとババァの術で意識を奪われ、次に目を覚ましたら、高田家の宝刀に魂が宿っていた。ウケる。笑えねぇけど。
もう二度と集子に会えない。もうあの笑顔を見ることはない。
ねぇ集子。あたし、どこで間違ったのかな。
ごめん。集子。こんなことになるなら、絶交なんかせずに、この町から逃げていればよかったんだ。
神様。もし願いが叶うなら、もう一度だけでいいから集子に会わせて───
………前言撤回。おう、クソ神。一発殴らせろや。
「行くよ、纏ちゃん!!」
集子は今日も、元気です。ってか? おいコラ。ふざけんな。
集子はあたしを握っていた。
あれからどうなったかって………思い出したくねぇ。
集子に永遠に会えないと知って絶望に明け暮れたあたしに、なんと会いに来やがった。
高田家の社の扉を破壊して、あたしが宿る宝刀を手に取る。刀だからかな。集子しか使い手がいないって直感で理解した。
そりゃ騒ぎになったさ。不法侵入と建造物破壊だもんね。
でも集子は折れなかった。見たことのない艶のある笑顔で、ババァやクソ従妹にあたしを向けるんだもんな。
「纏ちゃんは私のもの。………邪魔ハ、サセナイ」
あたしを見つけた途端に愛を囁き、仕込み続けたメイク道具を扱うかのような指遣いであたしを握る集子は、鞘に頬擦りしつつあたしを見上げた。見えているんだ。霊魂となったあたしが。
なんてこった。あたしは、高田家は、目覚めさせてはならないなにかを覚醒させてしまったのかもしれない。
思い返せば簡単な理屈だ。陰陽道で日本を支えてきたのは高田家だけではない。低野家もそうだ。
ただ、集子の潜在能力たるや、あたしでは追いつけないほどだった。
幼馴染だから知っている。集子は体育の成績が壊滅的だった。けど術で鍛えた宝刀を持った瞬間、集子が覚醒を遂げ、身体能力が飛躍的に上昇。騒ぎを聞きつけた若い衆が包囲するも、敵にすらならない。
集子はあたしがなにも言わずとも敵を認識していた。奥で隠れているババァと従妹だ。あのふたりもまた、直視せずとも集子の力量を察知したらしい。
「纏ちゃんを私にください。………クレマス、ヨネ?」
屋敷に出入りしている町の若い衆を蹴散らすと、血の海を作り続けながら、ついにババァと従妹がいる最奥へと躍り出る。そこで放った願望───いや脅迫は、高田家を運営するババァどもと、新たな後継者とかいう従妹を震え上がらせた。見ていてスカッとした。
集子は運動ができない。剣道の心得もない。どちらかといえば、剣の心得があるのは高田家だ。あたしも幼い頃から剣道を習った。純粋な剣術であれば二歳下のクソ従妹が勝つだろう。
純粋な剣術であれば、な。
あたしは昔から知っていた。集子の趣味を。結局最後まで理解できなかったけど。
それがまさか、ババァどもとクソ従妹をわからせることになるなんて。
集子があたしを握った時からそれは始まっていた。
月光を受けて黒光りする全体図に、集子は「纏チャン、トッテモ綺麗ダネ」と恍惚とした顔で褒めてくるんだもんな。
こいつ怖ぇんだけど。
なんで高田家の宝刀が、集子が握った途端に機関砲になってんの?
覚醒した集子は、本来なら人間の腕力では持ち上げられないそれを、ガキ大将が聖剣に見立てて振り回す棒切れみたく片手でブンブンと振っている。怖。いや振るなら刀のままにしろや。
確かこの形状は、集子が小学三年生の時に米軍の兵器が載った雑誌を広げて熱弁した、ミニガン………ええと、確かM134だったか。
破壊の権化たる機関砲と化したあたし。文字通り無敵になる集子。
まぁ、これがあたしへの罰でもあるのだろう。見方を変えれば褒美でもあるけど。
あたしはもう、集子と同じ人間に戻ることはない。でもこれで、いつでも集子と共にいることができる。
「纏チャンヲイジメルヒト、許サナイ………殺しますよ?」
さっきからあたしが『殺しだけはやめとけ!』と説得した甲斐があって、覚醒モードから半分くらいは人間に戻ることができた。
「要求がいくつか。纏ちゃんを私にください。それから私たちに干渉しないでください。あと、そっちの仕事もやってあげますので報酬全部ください。………え、嫌なんですか? そうですか。残念ダナァ」
幽鬼じゃ。絶対にブチ殺せる鬼神が召喚されおった。
違う。そうじゃない。
集子が肩に担いでいたあたしを軽く振ると、また───ヤバいヤバいヤバい!
絶対殺すモードになった集子を、もう一度人間に戻すのは苦労するってのに。
ババァと従妹はまだ勝てると勘違いしてるのか、要求を突っぱねて上から目線で物言いするから、またあたしが尊い犠牲になってしまう。
なにがヤバいって、刀ではなく機関砲になったあたしが7.62mmの銃弾を毎分2000から6000発連射可能すると、背負った弾倉に集束したあたしだったものが飛んでいく。その衝撃たるや、霊魂となっても意識がぶっ飛びそうになる。
『や、やめろ集子! それやるとあたしが戻れなくな───』
「消エチャエ」
まずいまずいまずい。バレルが回転し始めた。銃弾が補填されてる。それだけでもあたしが疼く。
なんとしてもトリガーを引かせないようにしないと、アッーーーー!!
集子はあたしが見たことのないくらい素晴らしく恍惚とした屈託のない笑顔を浮かべて、あたしだったものを微塵も容赦せずに乱射する。
ヤベェよこいつ。目にも留まらぬ速度で乱射したせいでババァとクソ従妹が虫ケラのように逃げる醜態を見て本気で喜んでるってんだからもうなにも言えねぇよ。誰だよこんなクソ化け物を召喚しやがったのは。あたしか。畜生。なんでこうなった?
ヤバいヤバいヤバい。さっきから持ってかれてる。あたしって剣なのになんで機関砲にしやがったミリオタめふざけんな。なんかさっきから酷く疼くんだよ。本来人間にも剣にも存在しない能力だから変に高揚しちまう。もうあたしはあたしを抑えられなくなってテンションがマックスになってきやがった。
アッーー!
アッーーーー!
「纏チャントノ幸セヲ邪魔シナイデクダサイ」
悪魔がなんかほざいてるぅぅぅううううう!
なんか来るぅぅぅうううううううううううううぅぅぅうううぅぅうぅぃううううぅぃぃぃいいいいっ!
狂っちゃうよぉぉぉおんぉぉおおおおおおおおぉぅぉおおおおおおおおおおっ!!
ンエクスタシィィィィィイイイイイイッ!
集子とあたしは、あの町を出た。
あの事件が起こる前から、東京で異変が起きてるってニュースは知っている。なんか化け物が暴れてるって。
ババァのところにも戦力増強のための人員を寄越せって要請が来てたらしい。
本来ならあのクソ従妹を送るはずだったんだけど、集子にわからされてから再起不能になったっぽい。
奇跡的に誰も死ななかった。あたしは人間の命を奪えないかもしれないからか。それとも集子の最後の情けか。その両方か。まぁいずれにせよ、ババァだけでも生かしておかなければ脅迫できないし。
結果、クソ従妹が潰れたから、集子とあたしが派遣された。
両者ともに利益がある話だ。あたしたちはあの腐れた町を出れる。ババァどもはクソ化け物を追放できて嬉しい。でも忘れちゃならない。集子は従面腹背だ。ババァが下手に手出しすれば、あたしの魔弾が火を噴く。あれって当たっても死なないだけで大怪我するには違いないし。若い衆なんて全員病院送りになった。
で、だ。
黒服に連れ出され、防衛組織の一員となった初日。化け物が暴れてるから鎮圧して来いって初任務に出た結果が………これだよ。
「光。お前を殺す」
怖。
なにあいつ。集子に劣らないくらい地味なジャージ着て、短刀を構えちゃってさ。
いきなり殺害宣言するとか頭どうかしてるんじゃね? あれが集子の先輩とか、嫌なんだけど。
「僕が憎い? でも僕は違う。太陽のためならなんでもできる。さぁ、仕上げだよ太陽。僕を殺していい。そして始めるんだ。きみだけの、持てる者としてのサクセスストーリーをッ!」
え、怖っ。
あいつもヤベェじゃん。頭イッてるんじゃね? 結局こいつもサイコパスかよ。
地味なジャージ男と比較すれば、いや比較するまでもなく超絶イケメンってことはわかるけど。腕や肩から触手生えてるし。下半身なんてもうタコみたいだし。あんなのを相手にするとか嫌過ぎるんだけど。
「纏ちゃん。今日はタコパだねっ」
お前が一番怖ぇわ。あのイケメン食おうとしてやがる。
我らが機関砲姫の方が、もっとサイコパスだった。
半壊したビルの屋上で、頭がイカれた化け物同士を俯瞰する集子にゾッとする。
なんでこう………あたしを手にしてから毎日、集子は絶好調なのだろう。あたしは毎日機関砲に変身するだけでぐったりするのに。
イキってるよなぁ。あたしの持ち主になってから、集子は見るものすべてが輝いているようだ。
対するあたしは、もうイキれない。なにも知らない頃はファッションリーダーぶって調子に乗りまくっていたのに。気苦労が絶えない。集子のせいだ。
霊体となったあたしを視認できるのは集子とババァとクソ従妹しかいない。能力のある者くらいだ。あとは若干ではあるが防衛隊の隊長も見えなくはないがあたしの声が聞こえるらしい。まともな大人ではあるが気を許せるかは別だ。こいつも油断ならねぇからストレスがヤバい。
そんなあたしの心境を知りもしない集子は、今にもふたりを蜂の巣にしようとしている。誰かあたしの愚痴を聞いてくれ。
「いつまでも一緒だよ。………纏チャンッ!」
ああ、今日も始まった。クソ機関砲によるクソパーティが。
今日もあたしの話を聞こうとしないイキる者。
もう二度と調子に乗れない道具に成り果てたイキざる者。
おいクソ神。
この因果、どう落とし前付けるつもるなんだコラ。
突発的に書いてしまった短編シリーズ第二弾です。
いやはや、私自身でさえ第二弾を衝動で書いてしまうとは思いもしませんでした。
というのも前作が日間ランキング10位入りして、毎日週間ランキングが上昇しているものですので味をしめてしまったのでしょう。
前作とは違って、入りは鬱々しいかと思いきや終盤は狂気溢れるコメディ?になってしまいました。プロット無き短編ですので、その日のテンションによってグイグイと修正が入ってしまうためです。
前作と意外な繋がりを作ったのは三日前です。案外、違和感なくできたと思います。
これが続くかどうかは、皆さまのリアクション次第………といったところでしょうか。
よろしければブクマなり☆なりをぶち込んでいただけると作者のモチベに直結しますのでよろしくお願いします。




