LOVE IT【ラビット】 番外編 銀白の微睡み ~凛の物語~
■ 威秋印 凛
年齢:15歳
異名:影の殺し屋・銀白のヴォーパルバニー
所属:威秋印家/【ロンド】
能力傾向:瞬殺型・超高速戦闘・音無き斬撃
● 性格・特徴
普段は常に眠たげで、気だるげな話し方をする。他人にはほとんど興味を示さず、淡々とした態度を崩さない。
感情の起伏が乏しいように見えるが、兄・西の前ではほんの少しだけ表情が柔らかくなる。
基本的には「あにぃ」と呼んでいるが、真剣な場面では「アニキ」と呼び、態度も切り替わる。
● 背景
文武両道の天才として威秋印家から徹底管理されて育てられる。家庭教師が常駐し、日夜勉学と鍛錬に明け暮れる生活をしている。
幼少期の頃、そんな妹を見かねて一緒に抜け出しヤンチャしてくれた西の事を慕っており、西が家を出てからは、何かと理由をつけては西の寮へ顔を出している。
西が家を出た後も、彼に強く執着しており、しばしば寮に無理やり押しかけてくる。
威秋印家からは「家の最高傑作」として期待されており、同時に重圧を抱えている。
● 能力・戦闘スタイル
年齢からは考えられない戦闘センスを持つ。
特徴は「一切音を立てない高速戦闘」。敵が気づいた時にはすでに斬撃が終わっており、「首が飛んでいる」
暗殺・奇襲・潜入などに特化した「殺しの専門家」として、一部のロンドすら恐れる存在。
ラビット名
《ヴォーパル・バニスィン(Vorpal bunnyssin)》
■ 外見
銀白のオーラをまとう、細身の人型兎。瞳は感情のない冷たい光を放ち、全身に“刃の意志”を宿すような鋭さがある。
武器は持たず、手足そのものが刃となる。瞬間的に形状が変化し、斬撃、貫通、斥力放出など多様な攻撃が可能。
実体化は限定的で、普段は凜の背後に“影”として潜み、必要な瞬間のみ刃として顕現する。
■ アイリス
年齢:凛と同年代(14~15歳前後)
性別:女性
性格:無表情で無口。淡々とした口調。感情を抑圧し続けていた影響で、他者との距離感が希薄。
口癖:「音が足りない」「……聴こえない」
特徴:銀色に近い淡い髪と、感情の読めない瞳を持つ。
常に足音も立てず静かに歩く。
ピアノに強い執着を持っており、暴走時は狂ったように無音の中で鍵盤を叩き続ける。
■ ラビット(思念体)
名称:メル=ドローム(Mel-drome)(通称:音喰いラビット)
形態:クラゲのように浮遊する黒い球体。音符のような揺らめきを持ち、触れたものの「音」と「視界」を奪う。
■ 能力概要
視覚遮断領域(Mute Field):
一定範囲内の対象に対し、視覚や聴覚を「ノイズ」としてかき消す空間を展開。
相手には世界が真っ白/真っ黒に見え、音も濁って届かなくなる。
感情干渉(Resonant Distortion):
対象の「悲しみ」「恐れ」などの感情を共鳴させ、制御を乱す。
特にラビット持ちに強く作用し、感情とラビットの結びつきを不安定にさせる。
残響衝撃(Echo Break):
ピアノのような打音とともに、目に見えない衝撃波を放つ。
破壊というより、「揺らぎ」によって相手の判断力と身体制御を奪う。
感覚遮断:視覚・聴覚を限定的に封じる空間を生成する(相手の戦闘感覚を奪う)。
暴走状態では、空間全体を無音・無彩に変え、対象の感情を吸収しようとする。
■ 経歴・背景
幼少期に家族を失い、兄に保護されて育ったが、兄はラビットの暴走により制御不能となり、失踪。
自身も強い喪失感と罪悪感から感情を閉ざし、「感情と向き合うこと」を避けて生きてきた。
■クロエ=カリオストロ(Chloé Cagliostro)
年齢: 27歳
所属: 国際連合 特別任務機関【R班】・調整官
コードネーム: “灰の書記官”
ラビット: 不明
性格: 冷静沈着・論理至上・表情に乏しいが、皮肉や含みのある言い回しを好む。
口調: 丁寧で静か。だが核心を突く言葉を平然と放つ。優しさは見せないが、情の機微を読み取る能力に長けている。
■ヨハン=シュナイダー
年齢:32歳
コードネーム:“真実のピエロ(ヴェリタス・クラウン)”
ラビット能力:「感情の捏造」
→ 対象の“記憶”に偽の感情を植え付け、精神状態を不安定にする。
性格:芝居がかった口調と仮面のような笑顔。人の心を暴くことに快楽を感じる。
備考:8年前は一人称「オレ」現在は「私」
■威秋印 緋麗 凛の母親 声のみ ??で登場
――――――――――――――――――――――
声劇用~役表~
◆凛
○アイリス/緋麗/目撃者/スタッフ/敵兵C/クロエの姉
×クロエ/アイリスの姉/報告者
△ヨハン/敵兵A
□セラ/敵兵B/N
◆ ♀:
○ ♀:
× ♀:
△ ♂:
□不問:
――――――――――――――――――――――――――――――――
N□:地下へと続く無機質な階段を降りていった先、そこはまるで空気まで隔絶されたような空間だった。凛の目に映るのは、鉄格子と監視カメラ。壁には無数のケーブルが這い、異常な静けさが満ちている。
凛(鎖に繋がれた状態で薄く笑う):
◆「ふーん……なかなか趣のある場所じゃない。で?うちをこんなところに連れてきて、どうするつもり?」
?(フードの人物、今度は素顔を見せて):
×「紹介が遅れたわね。私は、クロエ=カリオストロ。国際連合・【R班】所属、調整官よ」
凛(警戒を強める):
◆「……国連?調整官?うち、政治とか堅苦しい話は苦手なんだけど?」
クロエ(涼しい顔で):
×「あなたの力が“覚醒”した瞬間を確認したわ。ラビットの資質としては最高レベル。正式に保護対象として、こちらで管理させてもらう」
凛(少し苛立ち):
◆「それは“保護”?“監禁”の間違いじゃないのかい?」
クロエ(微笑):
×「どちらでもあるわ。だけど、あなたが協力するなら、自由も選択も与える。彼の居場所だって……教えてあげられるかもね」
凛(目を見開いて一歩前へ):
◆「アンタ、知ってるの……!?アニキのこと!」
クロエ(ゆっくりとうなずき):
×「彼は、まだ生きている。だけど、非常に危険な状況にいるわ。私たちが手を貸さなければ、助からない」
凛(唇を噛みしめながら):
◆「……だからうちを釣ったってわけね。アニキを人質にして」
クロエ(表情を変えず):
×「あなたなら、わかってくれると思ったの。――彼を救いたいなら、こちらの任務を手伝ってほしい」
凛(しばらく沈黙し、静かに頷く):
◆「……いいよ。協力してあげる。ただし、アニキに何かあったら、うちはすべてを壊す」
クロエ(背を向けて歩き出しながら):
×「フフ、その時はその怒りを――ラビットに叩き込んで」
N□:クロエが部屋を出ると同時に、天井のスピーカーから別の女性の声が流れる
??(声のみ): ○「……相変わらず、強情な子」
凛(眉をひそめて天井を見る): ◆「……誰?」
??(声のみ): ○「忘れたの? 数年前のあの夜、あなたが“家族を失った”本当の理由を」
凛(目を細める): ◆「まさか……かーちゃん……?」
(スピーカーのノイズの中、確かに聞こえる声)
緋麗(通信越し): ○「私の命令で、あの作戦は始まったの。あの日、お前の兄は――」
凛: ◆「黙れ!!」
(鎖が軋む音。凛の瞳に、炎のような怒りと悲しみが混ざる)
凛: ◆「――まただ。真実が、うちの世界を壊していく」
(手首の鎖に、ラビットが淡く干渉を始める。銀光が瞬く)
凛: ◆「待ってろ、かーちゃん……次に会ったら、今度こそ決着をつけてやる」
N□:凛は用意された部屋へ戻る。そして、眠りにつくのだった。
~回想~ 【8年前】
0:間
【場面転換:崩れかけた旧音楽ホールの地下。廃棄されたピアノの前】
(少女が無表情でポロポロと鍵盤を叩いている。音は歪み、旋律にならない)
ヨハン(拍手しながら登場)
△「ブラーヴォ、ブラーヴォ。いいねぇ、その音。まるで心を失った人形の叫びのようだ。」
アイリス(目を伏せたまま)
○「……音が足りない。」
ヨハン(笑う)
△「うんうん、そうだとも。感情が欠けてるんだ。悲しみ? 怒り? それとも……愛情?」
アイリス
○「わからない。……音は、思い出せない。」
ヨハン(しゃがみ込んで、目線を合わせる)
△「だったら、オレが教えてあげよう。――『大好きだったお姉ちゃんが、君を見捨てた』って記憶、どうかな?」
アイリス(ぴくりと反応)
○「……うそ。」
ヨハン(首をかしげて)
△「うそでも、ほんとうでも。“君がそう思った”なら、それが真実さ。」
N□:ヨハンが手を差し伸べると、彼女のラビットが薄く発現する。視界は歪み、音は滲んでゆく
ヨハン(声がねっとりと低くなる)
△「心の中にある、“本当の感情”を引きずり出そうよ。見たくないものも、感じたくないものも、オレが“正しく”してあげるから――」
アイリス(泣きそうな声)
○「……お姉ちゃんは、わたしを捨ててない。」
ヨハン(笑う。仮面のような表情)
△「――じゃあ、証明してごらん?ほら」
N□:突如、ホールのスピーカーから、アイリスと姉の“記憶の改ざんされた会話”が流れ始め、姉の冷たい声が響く
姉(冷たい声)
×『アイリスは弱い。もう連れていけない。』
×『足手まといなの。さよなら、アイリス。』
アイリス(頭を抱えてしゃがみこむ)
○「ちがう……ちがう……!」
ヨハン(背を向け、歩きながら)
△「“真実”なんて、簡単にねじ曲がる。君が泣きながら笑う日を、楽しみにしてるよ――《愛しき小さな被験体》」
N□:ヨハンは不敵な笑みを浮かべながら立ち去る。そこには、残された少女と鍵盤だけが震えていた。
――暗転
0:間
N□:コードネーム:「ヴェリタス・シンドローム(Veritas Syndrome)」
――偽りの感情が真実を侵す、人為誘発型・精神汚染災害。それは後に“感情災害”《ラビット・ブラックアウト》と記録されるものである。
【場面転換・舞台:都市《カレイド8区》】
(突如として異様な“沈黙”と“笑い声”が同時に広がる。)
N□:街が、静かだった。
だがその静けさは――死を連れてくる沈黙だった。最初に異変が出たのは、バスの運転手だった。急に笑い出したと思えば、「楽しいなあ」と呟いて、ハンドルを切った。
――20名、即死。だが、それでも笑い声は止まらなかった。
目撃者(呟くように)
○「あいつ……泣きながら笑ってたんだ。『家族が死んでくれて、よかった』って……どうかしてる……」
報告者(通信)
×「カレイド8区、エリア内にて複数の精神錯乱者を確認。内容は――“記憶と感情の乖離”。これは……まさか、コード・ヴェリタスか?」
N□:そのとき、中央広場のビル壁面に、仮面の男の映像が映し出される。
ヨハン(真実のピエロ)
△「やぁ、カレイドの皆さま。お元気ですか?あなたの“本当の気持ち”を、聞かせてくださいな。怒り? 喜び? 憎しみ? それとも……“自分でもわからない何か”?」
N□:映像の中で、泣いているが顔は笑っている少女が自分の家族をズタズタにしている。
ヨハン(声がだんだん歪む)
△「本音を、暴いてあげます。――この世界に“嘘の幸せ”なんて、いらないでしょ?」
N□:そこから始まった。
笑いながら刃物を振るう母親。
涙を流しながら自宅に火を放つ子供。
「幸せだ」と言いながら、首を吊る男。
――誰もが、“本当の感情”ではない何かに支配され始めていた。
N□:この災害は、火でも毒でもない。
だが、人間の心を一つずつ、確実に崩していく。
“これは感情の病ではない。
――感情そのものの崩壊だ。”
(数日後──アイリスは白い部屋にいる。眠るような表情でピアノを見つめている)
アイリス(モノローグ)
○「わたしが、いらなかったのは……ほんとうだったのかな。お姉ちゃんが、わたしの手を振り払ったのは……あれが最後だった。」
N:部屋の隅で、少女のラビットが小さくうごめく。そして、偽りの“再会”が始まる。突如、ヨハンの捏造した記憶が脳内で再生され始めた。
(廃墟の街角。音のない世界。少女が姉を見つける)
アイリス
○「……お姉ちゃん……!」
姉(記憶の中の幻影。冷たく微笑む)
×「アイリス。まだここにいたの?」
アイリス
○「探してた、ずっと……! 一緒に帰ろう……!」
姉(声を低くする)
×「……帰る? どこへ?家族なんて、もう壊れたのよ。あんたも、壊れてる。」
アイリス(泣きそうになる)
○「うそ……そんなこと、言わないで……!」
姉(ふっと消えかけながら)
×「――わたしの音に、あんたの音はいらないの。」
N□:ぶわっと、視界と音が塗り潰される。ラビットが暴走しかける。一方その頃、別の場所では、一人の少女が虚ろな目でふらついていた。
凛
◆「……音が、ない」
◆「風も、息も……鼓動も、何も」
N□:瓦礫の中に見覚えのある焦げたコートと、血に染まったタスキが視界に揺れている
凛
◆「あにぃ……?」
◆「……あにぃだよね……?」
N□:凛は瓦礫の中にある影に手を伸ばす
凛
◆「ねぇ、あにぃ……」
N□:触れた瞬間、それは崩れ落ちた。内部に仕込まれていた罠が作動、ものすごい勢いで周囲が爆ぜた。
凛
◆「……えっ……?」
N□:轟音。閃光。熱。火薬の臭い。皮膚が焼ける痛みが凛をおそう。
凛
◆「っ……ぐ……!」
N□:膝をついた凛の耳に、くぐもった声が届く
敵兵C
○「ん?なんだい今の音は……なんだ、子どもか?」
敵兵B
□「うへへ、女のガキがひとり。見逃してやるって言いたいとこだけどなァ」
□「こっちはオタクらに仲間殺されてるんだ。その責任、キッチリと取ってもらうぜぇ?」
敵兵A
△「せいぜい、可愛く泣き叫べよ?」
N□:不敵な笑みを浮かべながら銃に手をかけると、安全装置がカチリと外れる音がした
凛
◆「……どけよ」
N□:凛は声の方を向きにらみを利かせる。そして、呟く。凛の声がこぼれた瞬間、世界がまるで静止したかのように静まり返った。
敵兵A
△「ん、なんだ……空気が、変だな?」
敵兵B
□「お、おい……寒気がしねぇか……?」
N□:凛の背後にふわりと現れる白銀の光。紅い瞳をした、浮かぶ兎
敵兵C
○「……な、なんだあれ……?」
敵兵B
□「ラ、ラビットか!? いや、まだ覚醒してないはず……!」
凛
◆「これが……これが私のラビット……」
N□:白銀のウサギは凛を見つめている。凛も不思議そうにそれを見つめる。ラビットの顕現、これはラビットを扱えない者からすれば死を意味する。敵兵はパニックになり銃を構える。そして、引き金を引いた
敵兵A
△「お、おい、こっちを見たぞ!なんだよぉ!あれぇ!」
敵兵B
□「構わねぇ!撃てッ! 撃ち殺せ――!」
N□:一斉射撃による凄まじい銃声が響き渡る。しかし、弾は空を切り壁の中へ吸い込まれていった。
敵兵A
△「……い、いない!? どこ行ったッ!?」
敵兵B
□「さっきまで、あいつはそこにいた筈――!」
凛
◆「気づけないでしょ? もう、“私はそこにいない”から」
N□:静かに呟きながらひとりの背後に回り、喉元を一閃する
敵兵B
□「ぐっ……ぉ……っ!」
(声も出せずに倒れる)
敵兵C
○「え、___おい! おいおいっ! なにが起きてんのよ!」
敵兵A
△「ち、畜生、どこだ! 姿を現せッ!」
N□:返答はない。ただ一閃、また一閃――。
姿なき刃が夜を裂き、次々と仲間が崩れ落ちていく。
その一方的な殺戮に、敵兵たちの戦意はとうに砕け散っていた。
だが――少女の刃は、止まらない。
敵兵C
○「ぃや、やめ――!」
凛
◆「ひとり」
◆「また、ひとり」
◆「影の中で、静かに命を刈っていく」
◆「痛みも、恐怖も与えない。私に殺されるとき、人は“何も”感じない」
◆「それが私のラビット。――“ヴォーパル”」
0:間
凛
◆「全部、殺す」
(最後の男が恐怖に震えながら後ずさる)
敵兵A
△「い……命だけは……! もう殺しはしない!誓う、誓うよ……!! だからよぉ!なぁ、頼むよ……っ」
N□:その命乞いは凛に届いていなかった。彼女は無言で、その喉元を切り裂き。ぽつりとつぶやく
凛
◆「あにぃを……返してよ……」
N□:返事は――どこからも返ってこなかった。狂気と悲鳴、共鳴と沈黙。すべてを終えたその場所に、残されたのは燃え落ちる廃墟と、ただひとり立ち尽くす影だけだった。焦げた風が髪を揺らし、足元を熱が這う。けれど凛は、動かなかった。見つめる先に、もはや誰もいないことを知りながら、それでも――
N□:彼女は、しばらくそこから動けなかった。あの手の温度が、まだ胸の奥に残っていたから。
凛
◆「……あにぃ……どこ……?」
N□:紅く染まった夜空が、ただ静かに揺れていた
凛
◆「……あにぃ……」
◆「どこにいるの……?」
N□:凛の瞳が、虚ろに揺れる。
傍らに寄り添うラビットは、何も言わず彼女の肩に触れた。だが、その手は微かに震え、乾いた血に染まったままだった。
N□:その瞬間――空間がざらつく。
視界の輪郭が滲み、色彩が剥がれ落ちるように世界が歪んでいく。
凛
◆「――あれ……?」
N□:耳鳴りが広がる。息を吸う音すら遠く、心臓の鼓動だけが耳の奥で鋭く反響する。
凛
◆「なに……これ………」
N□:燃える廃墟が、音を立てて崩れていく。
その崩壊とともに、景色は静かに――砕けた。
N□:
まるで白銀の光が弾けるように。一瞬の閃光がすべてを覆い、夢と現が――断ち切られる。
――暗転。
【場面転換:現実・地下施設の簡素なベッド】
(凛、ベッドで荒く息を吐きながら飛び起きる)
凛
◆「っ……は……っ……」
(額に浮かぶ汗。頬には涙の痕。手には何も握っていない)
凛
◆「夢……だったの……?」
◆「いや……“記憶”だ。あれは、あたしが……」
N△:手のひらを見る。血はついていない。でも、感触は消えない。ラビットがそっと姿を現し、凛を見つめる
凛(かすかに震えながら)
◆「……あにぃ……」
◆「ほんとに、生きてる……んだよね……?」
(その問いに、ラビットは何も答えない。ただ、静かに彼女の隣に寄り添った)
N△:凛は、ただただぼーっと一点を見つめていた。
(*ピッ――… ピピピ……ピィィィィィ……*)
N△:――静けさを裂くように、冷たい電子音が鳴り響く。
コンソールに走る赤い警告ライン。“感情特異点”発生。コード・A13。識別名
(監視室のライトが切り替わり、天井から警報灯が鈍く点滅を始める)
N△:それは、忘れられた廃棄エリアに咲いた、“狂気の花”の再誕を告げる合図だった。
クロエ:
×「起きて、ヴォーパルバニー、仕事の時間よ」
凛:(不機嫌そうに)
◆「起きてるっつーの」
(仮想モニター画面に映し出される少女の姿。無表情。崩れたグランドピアノの前で、ただ“音”を求めて指を動かしている)
N△:少女の名は、アイリス。
感情を失い、記憶を抑え、愛に飢えたまま、音に溺れた悲しいき少女。
(画面が切り替わり、クロエがモニターを睨みつける)
クロエ:
×「……詳細が来たわ。“感情喰い”――暴走個体、覚醒の兆候あり。対象、コード・アイリス。
見てわかる通り、ラビットが完全に制御を逸脱している」
(背後に繋がれた凛が鎖を軋ませる)
凛:
◆「……まさか、初任務がコレ? 随分とハードじゃないかい」
クロエ(振り返らず):
×「その代わり、役目を果たせば――“彼”の情報を開示する」
(凛の目が、鋭くなる)
凛:
◆「――狂った音の中で、壊れかけてる」
◆「なるほど、うちの出番ってわけだ」
N△:かくして、孤独な捕縛者は――
壊れた旋律の中心へと、歩を進める。
運命に引き寄せられるように、まだ見ぬ哀しき“共鳴”の先へ。
クロエ(通信越しに)
×「輸送機で近づけるのはここまでね。それじゃ、合図があるまで外で待機して」
凛(深く息を吐き、ゆっくりと立ち上がる)
◆「……了解。行くよ、ヴォーパル」
0:間
【場面転換・白い部屋にて】
アイリス(低く、震えた声)
○「……いらないって。……音が……にごってく。」
(ガタン、と椅子を倒す)
アイリス(表情が消え、無表情でピアノに向かう)
○「なら、いらない……全部、いらない……!」
N□:鍵盤を強く叩くまるで、感情が振り下ろされているかのような打撃──それは、次第にラビットが音を吸い上げていた
アイリス(無表情で、淡々と)
「こんなもの……いらない!!!」
(ピアノの音が一音ずつ消えていき、最後にアイリスが拳を振り下ろす)
N□:バキィッッ!!すさまじい音が部屋中に響き、ピアノの蓋が壊れ鍵盤がはじけ飛ぶ。それと共にラビットが爆ぜるように暴走、部屋は跡形もなく吹き飛んだ。
アイリス(涙を流しながら無表情)
○「――音が、足りない。もっと……もっと、ちょうだい。」
N□:その身に余るほどの絶望を刻まれた少女。これは、仕組まれたシナリオである。そうとも知らずに、少女はただ、音のない空虚に手を伸ばす。それは、感情を模した毒――偽りの温もり。そして、その身に刻まれた悲しみが滲みだし静かにラビットが目を覚ます。少女の願いと狂気を、その身に抱いて。
0:間
【場面転換:荒廃都市・捜索任務中】
【場面:廃都市/白く霞む瓦礫の街】
N□:一方その頃、凛は持ち場にて次の合図を待っていた。
クロエ:×「本部からの通信をキャッチ、任務開始よ」
凛◆「了解…って、今回うちはなにをすればいいの」
クロエ(呆れながら)
×「あなたの任務。それは、“喰われかけた少女”の暴走を鎮圧、その後速やかに対象の保護――」
凛◆「保護?それ、専門外なんだけど?」
クロエ:×「つべこべうるさいわよ、座標A-13、感情の特異点を確認。暴走の兆候が出ているわ――行ってちょうだい、ヴォーパルバニー」
凛◆「ほんと、人使いが荒いねぇ」
N△:風が吹き抜け、ひび割れたアスファルトに白い灰が舞う。この街は死んでいる。だが、そこに微かな気配があった
凛(警戒しつつ進む)
◆「……ラビットの反応。間違いない、いる」
N△:荒廃した街の中心――ひび割れたアスファルトに風が吹き抜け、舞い上がるのは灰とも土ともつかぬ白い粒子。建物は原型を失い、崩れ落ちた鉄骨が突き出している。空は曇り、夕日も月もない。まるで時間すらここでは息を止めているかのようだった。
凛
◆「この先だ」
N△:凛は足音を押し殺しながら、慎重に瓦礫の山を乗り越える。
視線の先にあったのは、赤黒く染まったピアノ――鍵盤には血が滲み、音の源がもはや命と境界を失っていた。
その前には、小さな背中がひとつ。少女がひとり、無造作に鍵盤を叩いていた。
アイリス
○「……ド、レ、ミ、ファ……音が、足りない」
N△:その姿は、戦場には不釣り合いだった。
白いワンピース。泥に汚れてなお清潔感を纏ったまま、少女はまるで“世界の壊れ方”に無関心であるかのように見えた。
ピアノの蓋が半開きになり、中からは錆びたハンマーの音とかすれた風の音が混ざり合って響いている。
アイリス
○「お兄ちゃんがいたら、もっと響いたのかな?」
凛(小声で)
◆「……あれが、対象? 年は……うちと同じくらいか」
N△:瓦礫の山の向こう、血まみれのピアノの前に立つ少女。その背後には、実体を持たぬような淡く紫色の獣のようなラビットが、まるで影の一部のようにうごめいていた。その姿は輪郭がぼやけ、ところどころが透けて見える。明らかに“半喰い”――感情を喰らい、自我とラビットが混ざりかけている危険な状態だった。
凛
◆「……完全に“半喰い”状態。あれ、感情が――」
アイリス
○「ソ………ラ……シ………フフ、フフフフフ――」
凛
◆「似てる………あの時の………このままじゃ………」
アイリス(こちらを見ずに)
○「誰?――邪魔しないで」
○「お兄ちゃんじゃない子はいらない」
凛
◆「っな!完全に気配を消してたはずなのに・・・!」
アイリス
○「ねぇ、お兄ちゃん…どこにいるか、しらない?」
凛
◆「うち、あんたの“お兄ちゃん”なんて知らない。……でも、あんたを止めに来た」
アイリス(はじめて凛を見て、にっこりと笑う)
○「じゃあ、壊れて?私の為に、いいよね?」
N△:次の瞬間、空間がゆがみ、ラビットが唸りを上げた
凛(視界が白く染まりながら)
◆「っ、視覚も聴覚も、奪われる……!」
◆「けど、感覚で読む。ラビット同士の気配、……いくよ、ヴォーパル!」
N△:ヴォーパルが凛の背後から姿を現す。敵のラビットと交錯し、空間が砕けていく
凛
◆「うちは、見えるよ。あんたの奥にある――泣きたいのに、泣けない“気持ち”が」
アイリス(一瞬、手が止まる)
○「……うそ。そんなの、もうないもん」
○「全部、この子に食べさせたもん。お兄ちゃんも、パパも、ママもぜーんぶ!――」
凛
◆「ううん、わかるよ……ほんとは、まだ残ってる。食べきれてない感情が、“その子の形”になってヴォーパルがそれに共鳴してる」
N△:ヴォーパルの紅い瞳が、アイリスのラビットに光を送る。すると、アイリスのラビットが一瞬だけ揺らぎ、少女の記憶がこぼれていく
アイリス(震える声で)
○「……ママ、さむいって……泣いてた……私……手、にぎってたのに……!」
(しゃがみ込む)
凛(そっと近づき、手を差し出す)
◆「……大丈夫。もう、戦わなくていい。“その子”は、うちが止める」
アイリス(戸惑いながら手を取る)
○「……温かい、の……?」
凛
◆「うちは“まだ”人間だから。あんたも、ラビットに喰われたくないなら一緒に戻ろう」
N△:静寂の中、アイリスの肩が震える。差し伸べられた凛の手を、彼女は一度、取った――
だがその瞳の奥に残っていたのは、消えきらない“拒絶の恐怖”だった。
アイリス(声が裏返る)
○「……やだ……来ないで……触んないでッ!!」
N□:紫の光が爆ぜる。ラビットの外殻が裂け、無数の影が蠢く。
少女の背後から現れた獣Echo Phaetom
それは「音と視界の記憶」を操作し、対象の五感に干渉する特殊能力を持つ
しかし、その姿はすでにラビットの形を保ってはいなかった。
感情の飽和が限界を超えた時、思念体は主の意思すら巻き込み、暴走する――それは“共喰い”と呼ばれる、自己崩壊の果て。
凛(飛び退きながら)
◆「完全に暴走……っ。自己崩壊じゃない、これは……“共喰い”!」
N△:空間が軋む。ピアノの残骸が音を立てて砕け、可聴域を超えた“音”が爆ぜるように広がる。
聴覚、視覚、触覚――あらゆる感覚が削がれていく。だが。
凛(目を細め、低く)
◆「……ラビットの“気配”は、消えてない」
N△:紅い閃光――ヴォーパルが、凛の足元から這い出すように姿を現す。
その体が風を切り、暴走する“音の影”へ向かって跳ねる。
凛
◆「“音”じゃなくて“心”を読む。……見えるよ、奥に残ってるあんたの気持ちが」
N△:ヴォーパルとエコーが激突する。
地面が裂け、瓦礫が砕けるなか――凛の瞳は“それ”を捉える。
暴走するラビットの核に、小さく膝を抱える少女の姿。
それは、アイリス自身の“本心”――孤独と怯えの中に沈んだ、過去の残響だった。
アイリス(悲鳴混じりに)
○「もういらないの!! こんな気持ち、全部ッ!!」
N△:ラビットの咆哮と同時に、瓦礫が砕け、視覚情報が歪む。
攻撃は“音そのもの”として襲いかかる――破壊の衝撃波、目に見えない刃。
凛(跳び退きながら)
◆「っ、これは……空間歪曲型攻撃。視覚遮断、聴覚攪乱、感情ノイズ……」
◆「でも、読める。うちのヴォーパルが、気配で“本質”を捉えてる!」
N△:紅い閃光――ヴォーパルが唸り、凛の背後から飛び出す。
その一撃は、空間に揺らめく“幻”を切り裂き、実体だけを暴き出す。
凛(静かに)
◆「アイリス……君のラビットは、もう君を守ってない」
◆「暴れてるのは、食べきれなかった感情の“亡霊”だ」
N△:アイリスのラビットが咆哮を上げながら形を変える。
鋭利な音の波が凛を襲う。だが、凛の影はすべてを紙一重でかわし、少女へと近づいてゆく。
凛(足音もなく接近しながら)
◆「泣いていい。怖いって言っていい。……でも、“それ”を叫ぶのは、幻影じゃない」
◆「君の声で言わなきゃ、届かない」
アイリス(かすれた声)
○「やだ……知ってるの……怖いの、ずっと……」
○「でも……もういないもん……誰もいないもん……っ」
N△:その言葉が、凛の心に重なる。
かつて、“家族を失い”、ただ殺すことだけを教え込まれた少女。
感情を持たず、命令に従い、影の中で“生き残っただけ”の過去。
凛(静かに呟く)
◆「うちも……似たようなもんだよ」
◆「でも、誰かに……“手を引かれた”。だから、もう一度、引き返せた」
◆「今度は、うちが……そうする番なんだ」
N△:アイリスのラビットが叫ぶ。
その口が裂け、共鳴音が空気を切り裂き、凛の視界を砕く。
凛(片膝をつき、呻く)
◆「ぐッ……視神経が……でも――」
◆「……わかる、あんたが泣いてるの……“助けて”って、叫んでるの……!」
N△:ヴォーパルが咆哮するように声を上げる。
赤い光が迸り、凛の手の中でその力が形を成す。
凛(右手を前に突き出す)
◆「“感情干渉・深層共振”――ヴォーパルッ!いくよ!!!『共鳴の牙』ッ!」
N△:アイリスのラビットが音の刃を放つ。その強大な刃がヴォーパルへと迫る。だがヴォーパルは凛の“想い”を力に変えて一直線にその中心を貫いた。
――(音が、消える)
N△:世界から“音”が消えた。
空間は静まり、風さえ止まり、ただ一つ――
(微かな旋律、耳の奥に届く)
N△:……それは、アイリスのラビットが最後に残した、“家族との記憶”だった。
鍵盤の上、小さな手と大きな手。重なって、響いていた、短い旋律。
――「ド・レ・ミ・ファ・ソ……」 そこまでしか、音は続かなかった。
アイリス(蹲りながら、涙声)
○「……まま……さむい……手、にぎってたのに……あったかくなくなって……っ」
N△:ラビットの体がゆっくり崩れ、霧のように消えていく。
その中で、凛がそっと少女の肩に手を置いた。
凛(淡々と、けれど柔らかく)
◆「君のラビット、ちゃんと“返した”から」
◆「……さあ、帰ろう。まだ、間に合う」
アイリス(震える声で)
○「……ママ、さむいって泣いてた……私……手、にぎってたのに……!」
N△:凛は武器を下ろしていた。
戦うことより、今この瞬間にすべきことが――
初めて、心の中に浮かんだ。
彼女は、ただ目の前の少女を見ていた。
“殺す相手”ではなく、“守るべき誰か”として。
凛(ゆっくりと近づきながら)
◆「……もう、いいよ。ラビットに頼らなくて」
◆「戦わなくていい。怖いなら、泣いていい」
N△:少女は座り込んだまま、怯えた瞳を凛に向ける。
その手に、誰も差し出さなかった温度を――
アイリス
○「お兄ちゃん…」
凛(手を差し出しながら)
◆「……大丈夫。怖いままでも、泣きながらでも、歩ける」
◆「それが人間なら……うちも、まだ人間だから」
N△:アイリスの手が震えながら、ゆっくりと凛の手を取った。
その瞬間、空気が変わった。
ラビットが静かに霧散し、戦場に――静寂が戻る。
N△:紫の残光が空に昇っていく。
砕けた瓦礫の上を静かな朝の風が通り抜ける。
そして――
少女達の影が寄り添うように、そっと重なっていった。
【場面転換:回収後・輸送車内】
クロエ(端末越しに)
×「……よくやったわ。初めての“ラビット干渉制圧任務”にしては、上出来ね」
凛(息を吐きながら)
◆「……あの子、助けたかっただけ」
クロエ
×「それが一番難しいのよ、“感情”を残して生かすのはね」
凛(アイリスの寝顔を見て、そっと自分の胸に手を当てる)
◆「……ヴォーパル。うちにも、まだ“誰かを守りたいって気持ち”があるってことかもね」
N△:戦いが終わった場所には、もうラビットの気配はない。
ただ、焦げた土と砕けた音の欠片が残骸のように転がっていた。
凛
◆「……うちは、ほんとは……こういう時、何て言えばいいのか、まだ分からないんだけど……」
アイリス(寝言)
○「お兄…ちゃん…」
凛(微笑みながら)
◆「___うちがかわりになったげる、貴方のお姉ちゃんに…」
N△:かすかに、自分の手のひらを見る。
その手が、命を奪ってきた手でありながらも、今は少女の肩を支えている――。
凛(目を伏せたまま)
◆「……この手を、放さないって……やっと決められたから」
◆「……貴方が戻ってこれたなら、それでいい」
N△:風が吹く。その中に、一音だけ――ピアノの残響のような透明な音が混じった気がした。
0:間 【場面転換 数日後・施設】
N△:――保護施設の静かな部屋。白いシーツと窓辺の鉢植え。
その片隅、ベッドに座る少女が何もない空間をじっと見つめていた。
アイリス(囁くように)
○「……音が、ないと……怖くないんだと思ってた……けど」
○「……何も聞こえない方が、ずっと……こわいんだね」
N△:彼女の隣に、簡素な椅子が置かれている。
そこに、静かに腰掛けたのは――かつて“殺ししか知らなかった”少女。
凛(淡々と)
◆「音がない時は、自分の声を聞けばいい。……それも、最初はむかつくけど」
◆「誰かが、そばにいるなら……少しずつ、聞けるようになる」
アイリス(ちら、と目を向ける)
○「……教えてくれるの?」
凛(目を伏せ)
◆「教えられるほど、立派じゃないけど……練習は、付き合えるよ」
N△:沈黙が流れた後――ぽつり、と。
アイリス(微かに)
○「……ありがとう、凛ちゃん」
N△:呼ばれ慣れない名前に凛は少し肩をすくめる。
けれど――その頬が、ほんの少しだけ緩んだのをアイリスは見逃さなかった。
N△:寮の一室。薄暗い部屋で、凛は静かに机に向かっていた。
いつものように無音で、無表情で、ただ過ごすだけの時間――。
けれど、その机の端に、新しく置かれたものがある。
――一冊の楽譜ノート。
――その隣には、折れた鉛筆で書かれたメモ。
《今日の音:ド・レ・ミ》
凛(心の声)
◆「“失わない”って決めたんだ。だから、忘れないために……残しておく」
N△:そして――また一つ、新しい“音”が、凛の世界に加わっていった。
【場面転換:数日後:地下施設・監視の届かない私室】
N△:部屋は整然としていた、だが、窓一つないその空間には微かな閉塞感が漂っていた。外界と切り離されたような静けさが、息苦しさを際立たせている。
凛は椅子に腰かけ、机越しにクロエが紅茶を注いでいる。二人の間には、作戦報告とは異なる空気が流れていた。
クロエ(微笑)
×「緊張しないで。今日は作戦の報告じゃなくて、少し“個人的な話”をしたいの」
N△:凛は警戒心を隠さず、眉をひそめる。
凛
◆「……その言い方、絶対ろくでもないやつだよね」
N△:クロエは紅茶のカップを置き、わずかに目を細める。その視線は真剣で、いつもの穏やかさに影を落としていた。
クロエ
×「あなた、“彼”のこと…どこまで知ってるの?」
凛(即答)
◆「どこまでって!うちは、アニキが無事かどうかも教えてもらってない」
クロエ
×「そう。じゃあ初めから話しましょうか。あなたの兄――威秋印 西は、私たちが最初に“確保”しようとした対象だった」
N△:凛の目が驚愕に見開かれる。椅子の肘掛けを握る指に力が入る。
凛
◆「は……? 確保……って、どういう意味……」
クロエ(伏し目がちに)
×「彼は神話の時代に登場する伝説のラビット…“エンシェントナンバーの共鳴者”だった。しかも特異な能力を持ち、未熟なまま暴走寸前の存在だった」
×「――けれど、消すには惜しい。“利用できる”と思った。だから、ある施設に“保護”することになった」
N△:凛の拳が音もなく握られる。感情の揺れは表に出さず、だがその気配は明らかだった。
凛
◆「……施設って……どこにいるの。アニキは……今、どこにいるの!?」
クロエ(静かに)
×「……彼の居場所は、私にもわからないの。……ごめんなさいね」
N△:沈黙が落ちる。凛の視線が宙を彷徨い、かすかに指先が震えていた。
クロエ
×「……でも、これは彼が最後に残していったもの。あなたに渡してほしいって」
N△:クロエの手の中にあったのは傷だらけのペンダント。
開くと、色褪せた写真が収められている。
――まだ何も壊れていなかった頃の凛と西が並んで笑っている。
凛(目を伏せて)
◆「……覚えてる。……これ、昔……誕生日に、もらったやつ」
N△:表情は動かない。だが、言葉の端々に、押し殺した声が滲む。
クロエ
×「彼は、あなたが生き延びることを一番に願ってた。きっと、今も」
凛(小さく息を吸って)
◆「……そんなの……勝手だよ。何も言わずに、消えて……」
N△:それでも、ペンダントから手を離さなかった。
冷たい金属の感触が、唯一のつながりだった。
凛(声を落として)
◆「……けど、まだ……ちゃんと想ってくれてたんだね」
N△:そのとき、足元から滲み出す紅い光――
ヴォーパルが現れ、黙って寄り添う。
凛(静かに立ち上がり)
◆「……うちは、会いに行く。どんな形でも、どこにいようと」
◆「それだけは、ちゃんと……伝えないといけないから」
N△:照明が切り替わり、背後のモニターに新たな対象情報が映し出される。
そのファイルには、こう記されていた――
《対象コード:Z-001。過去名・威秋印 西》
0:間 【場面転換・数日後】
N□:アイリスとの戦闘を終えた凛は、それから大きな任務の無いままアイリスとの平和な日々を過ごしていたのだった。
凛
◆「ちょっとアイリス?そんなにはしゃいだら怪我するよ」
アイリス
○「えへへ、もう平気だよ!そんな事より、みんなで遊ぼうよ!ほら、クロエさんも!」
クロエ
×「・・・」
凛
◆「相変わらず無愛想だね~」
クロエ
×「・・・」
凛
◆「アイリス、あんなのほっといて二人で遊ぼう」
アイリス
○「む~!アイリスはみんなと一緒に遊びたいです」
凛
◆「つってもねぇ、あの調子じゃ・・・」
クロエ
×「・・・なんだか胸騒ぎがする」
凛
◆「おい、どうしたんだよ急に」
クロエ
×「私は少し用事ができた」
凛
◆「あ、あぁ」
アイリス
○「行っちゃった・・・」
凛
◆「全く、しょうがない奴だね・・・」
N□:不愛想に一言吐き捨てると、クロエは一人外へ飛び出していった。
0:間 場面転換 旧欧州地下演劇場・最深部
N□:時刻は未明。廃棄された劇場の奥、暗闇が支配するホール。空間全体がまるで深海のような静けさに満ちている。朽ち果てた劇場のステージ。崩れた天井から月光が差し込み、埃に沈む闇をわずかに照らす。静寂を破る足音。クロエ=カリオストロがゆっくりと足を踏み入れると、照明が一つだけ灯った。まるで誰かが“待っていた”かのように。
ヨハン(舞台中央に腰掛けて)
△「よく来たね、“灰の書記官”(アッシュ・スクライブ)。君が来ると思って、独り芝居をやめて待ってたんだよ」
クロエ(無表情に銃口を向け)
×「その顔、仮面を外す気はないようですね。仮面の裏が空洞でなければ、の話ですが」
N□:クロエの瞳にはいつも通りの冷たい光。感情の起伏は微塵も感じられない。ただ、その手の銃口だけが、彼女の“敵”を的確に捉えていた。
ヨハン(くすくす笑いながら立ち上がる)
△「相変わらずだ。言葉に棘があるくせに、感情はどこにも見当たらない。君の声を聞くと、まるで図書館で銃声が鳴った気分になるよ」
クロエ
×「貴方の比喩には意味がない。手短に――目的を聞きましょうか、“ヴェリタス・クラウン”。」
N□:言葉は冷たく鋼のようだった。無駄な感情表現を排し、論理だけを選ぶ。それがクロエの流儀――いや、生存戦略。
ヨハン
△「君には分からないかな。私が欲しいのは“真実”じゃない。“真実が壊れる瞬間”なんだよ。
ねえ、クロエ。君の“感情”――その心、誰に殺されたの?」
N□:その言葉は、まるで氷の奥にナイフを滑り込ませるようなものだった。動揺はしない、だが、耳にノイズとしていつまでも残っている。あまりの不快さに、クロエの指はわずかに引き金にかかる力を強めていた。
クロエ
×「……言葉で殺せると思わないことですね。私の中の“情”は既に焼却処分済みです」
ヨハン
△「違う違う。君の感情は死んだんじゃない。“冷凍保存”されたんだ。いつか溶ける日が来る――その引き金が、あの少女だとしたら?」
N□:ヨハンの声とともにクロエの脳裏に一瞬だけ浮かぶ影。ヴォーパルバニー、威秋印 凛。未熟な怒り、無垢な反発、そして……誰かを救おうと伸ばした手。様々な事象が脳裏をよぎる。
ヨハン
△「“救えなかった”ことより、“救われそうになった”ことのほうが、よほど怖いんじゃないか?君の殻を破るのは、私ではない。そう!“あの子”だ。私はただ、それを見届けに来ただけさ」
クロエ
×「なら、その目を潰すしかないようですね。――これ以上、誰も壊させない」
N□:照準は、すでに定まっていた。クロエの揺るがぬ意思が銃口から伝わる。これが、“彼女なりの守り方”。
ヨハン
△「フフフ、面白くなってきた!さぁ始めようか、舞台の幕を上がる!。さあ、“灰の書記官”(アッシュ・スクライブ)。私に、“君の本心”を見せておくれ。最高の演技を見せておくれ!」
N□:すべての照明が落ち、暗闇が支配する。その中に、鋭く一発 ――銃声が、響いた。
クロエ(冷静に銃を構えながら)
×「対象、潜在危険度A。優先排除。……演目なら、幕引きまで付き合いましょう」
N□:その銃声を皮切りに二人は交戦状態へと突入した。ヨハンは両手を広げ能力を発動する。すると、辺りには黒い仮面人形が次々と現れる。そして、ヨハンがクロエに向けて手をかざすと、クロエの周囲に“幻の記憶”が浮かび上がる)
ヨハン(囁く)
△「ほら見て、君の“もしも”だよ。——もしあの時、君があの子を救っていたら。もし感情を手放さず、ラビットと“同調”していたら。……ほら、胸が痛むだろう?」
N□:クロエの視界に、かつて自分が見捨てた少女兵の幻影が泣きながら笑っている
クロエ(表情なし、だが声が揺らぐ)
×「……虚構を観測することに、意味はない」
N□:灰が巻き上がり、幻影をかき消す。だがヨハンの攻撃は続く
ヨハン(楽しげに)
△「だったら感情を“作れば”いいじゃないか! 嘘でも、痛みでも、——君が“人間”であることを証明するのにね!」
N□:クロエの足が止まる。手が震える。脳内に、誰かの叫びが響く
少女の声(幻聴)
○「お姉ちゃん?」
少年の声(幻聴)
□「ねぇ、どうして、助けてくれなかったの……?」
少女の声(幻聴)
○「どこへ…行くの…?ねぇ……」
少年の声(幻聴)
□「たすけて・・・たすけて・・・いたいよ・・・くるしいよ・・・」
クロエ(頭を抱える)
×「この幻影は・・・うっ・・・やめろ・・・!私の、私の・・・」
ヨハン(楽し気に)
「どうしたんだい?感情は処分したんだろ?ならばなぜ、そんな顔をしているのかなぁ?」
少年の声(幻聴)
□「ねぇ、助けて・・・」
少女の声(幻聴)
○「お姉ちゃん」
少年の声(幻聴)
□「くろえ・・・」
クロエ(膝をつきながら)
×「私は…私は……“正しさ”のために……」
ヨハン(にやり)
△「その“正しさ”は、誰のためだった? 上の命令か、決められた運命か?君の“観測”は、すべて他人任せだったんだよ!!!」
N□:ヨハンのラビットが疑似空間を形成、能力を発動した。
空間が歪む――視界は色彩を失い、世界が“内側”へと沈む。
それは他者の心象に侵入し、感情の芯に毒を流し込む「感情の捏造」。
ヨハン(クロエの背後に現れて)
△「君は、あの夜を“無かったこと”にしようとしてる」
△「でもね――君の心は、とっくに呪われてるんだよ?」
N□:クロエの脳裏に断片が浮かぶ。叫び声。焼け焦げた空。家族のように接してくれた“彼女”が、涙を流しながら消えていく光景。
ヨハン(耳元で囁くように)
△「その思い出は、君の中で腐っていく。助けられなかった悔いも、怒りも、全部。君が“観測者”でいられる限り、誰も救えない。わかるだろ?」
N□:心が傾ぐ――
だが、クロエの瞳はまだ濁っていない。
彼女は、感情を殺す訓練を受けた“失感情者”。
それでも、ヨハンは止まらない。
ヨハン(両手を広げながら)
△「君の中の“痛み”は、ただの情報じゃない。君が“まだ捨てきれていない心の奥底に眠る優しさ”――それこそが、最大の弱点なんだよ」
N□:瞬間、クロエの額に汗が滲む。感情の揺らぎが、ラビットによって逆流し始める。
――だがその時、彼女は静かに口を開いた。
クロエ(抑えた声で)
×「……貴方の言葉は、よく出来た舞台装置ですね」
×「けれど。私は、ただの観客ではありません」
ヨハン(にやりと)
△「ああ、そう。なら――この呪いごと、君自身を壊してみせてよ、灰の書記官」
N□:精神の糸が軋む音がした。ヨハンは、もう一段深く、クロエの“記憶”へと降りてゆく。
だが同時に、クロエの内側で何かが目を覚まそうとしていた。
0:間 ~回想~【クロエ:幼少の記憶】
N□:――空が赤かった。
空気が焼けるように熱く、風が泣いていた。
複数のラビットが暴走したあの“感情災害”《ラビット・ブラックアウト》の夜。
街は崩れ、声は引き裂かれ、人は自我を失い、感情は濁流となって世界を呑み込んだ。
N□:幼いクロエは、物陰にしゃがみこみ、耳を塞いでいた
クロエ(幼)
×「やめて、いや……誰か……ママ……ッ」
N□:彼女は、まだ子供だった。優しかった母も、隣にいた兄も、ラビットによって狂気に呑まれた。
愛が壊れていく音を、誰よりも近くで聞いた。
(叫び声。男のラビット使いが周囲を焼き尽くす。仲間だった者の顔が憎悪に染まっていく)
“姉”の声(微笑みながら)
○「大丈夫、クロエ。全部、私が守って――」
(次の瞬間、叫び声と共に光が爆ぜる)
0:間
クロエ(幼)
「おねえ・・・ちゃん・・・?」
N□:「守る」という言葉は、嘘だった。
暴走したラビットは“姉”の意識を蝕み、最期には家族ごとすべてを貫いた。
クロエ(幼)
×「なん…で……?」
N□:炎の中、幼き少女は静かに立っていた。泣き叫ぶ声はもうない。涙も、喉の震えも、とうに消えた。
――感情を捨てたのだ。
“救い”の代わりに、“無感情”という鎧を身に纏い、クロエ=カリオストロは、ただ静かに、終焉を見届けた。
ヨハン
△「まだまだ、こんなものじゃ終わらないよ?次はこっちの思い出はどうだい?こっちもいい色をしているねぇ。フフフ」
0:間 【クロエ:少女期】
N□:モノクロの空間、現在のクロエが記憶を見下ろすように立っている
クロエ×「セラ……。聞こえるなら、応答して。ラビットの精神同調が限界値を超えている。」
セラ(目線をこちらに向けず、淡々と)
□「クロエ……君の声は変わらないね。冷たいのに、ちゃんと届く。不思議だ。」
クロエ×「あなたの感情は崩壊寸前。認識が歪められている。でも、今ならまだ、戻れる。」
セラ□「戻る?どこに?“あの頃”に?……君が笑って、僕が救われる未来なんて、もうないだろ?」
クロエ×「私たちは、まだ約束を――」
セラ(初めて立ち上がり、ガラスに歩み寄る。声が震える)
□「約束……か。君は守ったよ。組織に従って、感情を捨てて、理想的な『調整官』になった。でも僕は……無理だった。ラビットは嘘をつかない。僕の“心そのもの”を見せてくる。」
クロエ「セラ…」
N□:彼の後ろでラビットが形を変え、赤黒く揺らめき出す
クロエ×「それでも、私は…!」
セラ□「クロエ。見てくれ…この姿、もうわかっているだろ。僕はもう僕じゃない。だから、君には“僕を殺す権利”がある。でも君は撃たない。撃てない。そうだろ?」
クロエ(拳を握るが、手は震えたまま)
×「……そうね。私は撃てない。かつて“友達だった”あなたを、私の手では殺せない。」
セラ(かすかに笑う)
□「君らしいな。でも、それが一番の地獄だよ?“君のために壊れていく僕”を、見続けるしかないんだから。」
0:間 ~回想終わり~
クロエ(静かに)
×「……これが、私の原点。“救えなかった”という後悔すら、分析の材料に変えた夜」
N□:クロエ=カリオストロの“調整官”としての使命。
それは贖罪であり、あの日の再現を許さぬための絶対的な誓い。
ヨハン(記憶空間の中で)
△「素晴らしいね。君は“痛み”すら記号にした。でも、まだ残っているよ。“なぜ自分だけが生き残ったのか”という――答えのない問いがね」
N□:揺れる心。冷たい目に、ほんの一瞬だけ影が差す。
それは、“戦う者”としての理性と、“生き残った少女”としての罪の記憶。
クロエ×「私は…っく……」
N□:炎と瓦礫の幻覚の中、クロエは膝をついている。焦げた匂い、血の温度、セラの絶叫が耳に焼き付く。ラビットの力は通じず、精神は削られていた
少女の声(幻聴)
○「なんであの時、手を貸してくれなかったの!?」
セラ(幻覚)□「どうして僕を撃たなかったッ……!!クロエ……!」
クロエ×「(私は……判断を……間違った……私は――)」
N□:その時、頭の奥底で、もうひとつの声が、静かに響いた
凛(記憶)◆「“殺さなかったこと”が間違いとは限らないっしょ。感情があるから、アンタの選択は綺麗だったんだよ。」
N□:その声に、クロエの視線がかすかに上がる。瞳に、一筋の光が射す
クロエの心に灯がともる。かつて拒絶した“感情”が、再び彼女の武器となる瞬間だった――
クロエ×「そう…だった……」
N□:クロエは瓦礫の中からゆっくりと立ち上がる。そして、炎の幻影を背にしながら、その表情に確かな意志が宿した。
クロエ×「そう。私は“調整官”として失格だったかもしれない。」
N□:手を見つめる。かつて引けなかった引き金。その震えを、今は恐れずに見つめている
クロエ×「でも――“人間”として、あれでよかったと思っている。」
N□:すると、ヨハンが口元を歪め、嘲笑を浮かべる
ヨハン△「……なるほど。“情”で己を慰める道を選ぶか。ならば、“自分の信念で心を救える”とでも言いたいのか?」
クロエ×「違う。」
N□:クロエの目が、まっすぐにヨハンを射抜く。かつての氷のような瞳ではない。それは、“燃える意志”をたたえた視線であった。
クロエ×「“救えなかった過去”があるからこそ――今度こそ、救うために戦えるのよ。」
N□:ヨハンのラビットがざわりと動き、幻覚が崩れかける
ヨハン△「……ほう。ならば、見せてみるがいい。“後悔の上に立った希望”が、どれほど強いかね――!」
N□:クロエの背後、黒いラビットが咆哮する。“感情抑制”ではなく、“感情解放”によって力が引き出される
クロエ×「《ラビット・プロトコル:解放式》。共鳴率、100%。ラビット・エンボディ!」
N□:幻覚空間に、閃光が走る。――そしてクロエは、立ち上がった――
クロエ×「顕現、Sensory Erase灰色の観測者」
N□:それは“制御型ラビット”。徹底的に感情を抑え、思念を鎖で縛った禁忌の存在。
かつてクロエは、それをただの“管理装置”として扱っていた。
だが――いま、彼女は自らの意思で、その封印を静かに解いた。
(黒い影が静かに蠢く。蛇のように細長く、けれど禍々しさはない。ただ“静けさ”だけを纏った存在)
クロエ(低く、静かに)×「“感情を偽る”だけじゃ、真実には届かない。それならっ!」
N□:影が彼女の背後でうごめき、やがて一対の“目”を開く。ラビット──その姿は、仮面をかぶった長い尾を持つ影の蛇。
意志だけで相手の精神領域を締め上げていく
ヨハン(肩を揺らして笑う)△「……クククッ、まさか、君がその言葉を言うとはね!!」
クロエ×「もう逃げない。私は私の心を、私のすべてを解放する」
ヨハン△「“心を捏造する力”に対して、“心を解放する力”で対抗するだなんて……皮肉じゃないか!」
クロエ×「皮肉? 違うわ。これは……私がようやく選んだ、選ぶことのできた、“もう一つの方法”。」
N□:空間が大きく揺れる。ヨハンのラビット──狂笑する仮面人形が、掌を掲げて幻覚世界を再強化する
ヨハン△「ならば証明してみろッ! “偽り”を打ち破るのは、“真実”だけで十分なのかを!!」
N□:二人の想いが激突する。ヨハンのラビットが複数の幻覚を再構築していく、クロエの幼少期、仲間の死、セラの最期――痛みの連鎖。
だがそのすべてが、クロエのラビットに飲み込まれていく
クロエ×「……これが、私の“心”よ」
N□:彼女のラビットが周囲の幻覚を“静かに鎮めていく”。幻覚が消えるたび、精神の霧も晴れていく
クロエ(歩きながら)×「捏造された感情は、確かに痛みを生む。でも……“痛み”そのものに抗うんじゃない」
クロエ×「“痛みごと、自分の中で受け入れる”。それが、本当の“制御”なのよ」
N□:クロエのラビットが疑似空間を広げ思念体を作り上げる。静寂を纏う思念体はヨハンのラビットを呑み込み、黒い仮面人形が次第に形を崩していく
ヨハン(動揺)△「ッ……感情を支配し抑え込まれたラビットが、感情を解き放つだと……?!そんなことが本当に可能なのかッ!?」
クロエ×「違うわ。これは“支配”じゃない。“共存”。私は、私の弱さを否定しない。」
ヨハン△「ぐぬう、なんだと!消えていく!私の能力が!ぬわああああああ」
N□:最後の幻覚が完全に崩壊する。ヨハンのラビットがかすかに呻くように消え、沈黙した。狂気と理性が拮抗した精神戦。その決着は、“制御”ではなく“受容”によってもたらされた。かつて感情を切り捨てた少女は――その感情を、今や武器として使いこなす。
クロエ(息を吐きながら)×「さあ……“仮面の道化師”。終わりにしましょう。」
N□:破られた仮面の奥に現れたのは、恐怖に歪んだ男の顔だった。偽りの笑みは消え、言葉さえも見つけられず、ヨハンは後ずさりをする。すると、クロエのラビットが、まるで主の意思を代弁するように静かに浮かび上がる。目のない蛇の仮面が、ヨハンを正面から見据えていた。
クロエ(静かに)×「“感情”は、脆くて、面倒で……ずっと、煩わしいものだった。」
クロエ×「でもそれは、弱さじゃない。……人間である証よ。」
ヨハン(呻く)△「やめろ……!その目で見るな!お前も──お前も、壊れてしまえばよかったんだ!!」
クロエ(首を振り)×「ごめんなさい。私は――もう、壊れない。」
N□:その瞬間、ラビットの“尾”がヨハンのラビットに触れる。
まるで時計の針が止まるように、空気が凍りつく。しかし、それは破壊ではなかった。否定でも、怒りでもない。ただ“すべてを受け入れた者”による、静かな終止符だった。ヨハンのラビットが崩れ落ちる。仮面が割れ、感情の歪みが霧散していく。すると、ヨハンは膝をつき目を見開いたまま呆然とつぶやくのだった。
ヨハン(震え声)△「……これが、君の“真実”か……」
クロエ(目を伏せて)×「ええ。そして、あなたの“偽り”も、私の中に残しておくわ。」
クロエ×「あなたの歪みを、“無かったこと”にはしない。それが、私の戦い方よ。」
N□:ラビットは音もなく消える。静寂の中、戦いは終わった。残ったのは、一人の人間としての“答え”。
感情に揺れ、涙し、悔やみ、それでも進もうとする者だけが――“真実”に辿り着けるのだ。
0:間 【場面転換・数日後:施設内診療室】
N□:夕暮れの光が差し込む診療室。まだベッドに伏せたままのアイリスが窓の外を見つめている。すると、静かに扉が開き、クロエが入ってくる
クロエ×「……目覚めていたのね。」
アイリス(伏し目がちに)○「……夢だと思ってた。ずっと、あの“音”の中にいたから。」
N□:クロエは少し躊躇してから、ベッドの傍に立つ
クロエ×「……あなたに、話さなければならないことがあるわ。私は、かつてあなたのお兄さんと――セラと、友人だった。」
アイリス(ゆっくり顔を向けて)○「……知ってた。雰囲気で、なんとなく。あの人を止められなかった“誰か”がいる気がしてたから。」
クロエ(目を閉じて)×「止められなかった。いいえ、止めようとしなかった。ラビットの暴走を“記録する側”として、私は彼を“対象”として見ていた。」
アイリス(やや怒気を含んで)○「じゃあ、何しに来たの?罪滅ぼし?哀れみ?」
N□:クロエはそれに答えず、ただ深く頭を下げた
クロエ×「……ごめんなさい。」
N□:アイリスの目が見開かれる。クロエは、冷たい仮面を脱ぎ捨てたような声で続ける
クロエ×「あなたの兄を、私は“友達”と呼ぶ資格もない。彼の最後の言葉も、表情も、なにも……私は受け止められなかった。」
クロエ×「でも――あなたは、生きてる。今ここにいる。私はもう、同じ過ちを繰り返さない。あなたを“対象”ではなく、“人”として見る。」
N□:沈黙。やがて、アイリスが口を開く
アイリス(ぽつりと)○「……私、覚えてないんだ。あの人の最後の顔も、声も。感情を喰われて、全部ラビットに持っていかれた。」
アイリス○「でも――クロエさんの声で、ちょっとだけ……あの人が泣いてた気がした。……たぶん、それでいい。」
N□:救いきれなかった過去は、もう戻らない。
けれど、今この手を伸ばすことはできる。赦されなくても、信じられなくても――
それでも、人は、前を向くために謝る。
クロエ×「聞いてくれてありがとう、それじゃ」
アイリス○「うん」
N□:診療室の前。二人の様子を遠目から見守っていた凛は壁にもたれて、静かに目を伏せる
凛(小声で)◆「……謝れたじゃん。ちゃんと、顔見て。」
N□:冷静沈着。感情を抑えることに慣れきったはずの女が、今、ほんの少し震えていた。
その声は震えていたけれど、偽りはなかった。
凛◆「これで、一件落着、かな」
N□:ポツリと呟く凛の背後から足音が近づいてくる。その足音の正体は寮の監視役らしきスタッフだった、彼は凛に声をかける
スタッフ○「……君は、ここにいていいのか?」
凛(肩をすくめて)◆「んー。怒られるなら後ででいいや。……見届けたかっただけ。」
スタッフ○「そうかい、では私は行くよ」
凛◆「はい」
N□:スタッフが去った後、凛は再び診療室の方へ目を向ける
凛◆「アイツ、変わったな。……いや、変わろうとしてんのか。」
N□:“調整官”クロエ・カリオストロは、人を測る者だった。
だが今は――ようやく、自分の“尺度”を捨てて、誰かに手を伸ばそうとしている。
(凛はそっと目を細め、微かに笑った)
凛◆「アンタがアンタのままで救えるもんがあるなら、それでいい。
……うちも、そういうふうになりたいって、ちょっと思っただけ。」
N□:冷たい世界の中でも、感情は消えない。
誰かの言葉が、誰かの選択が、心を変えていく――
0:間 場面転換
N□:夜明け前の静寂。保護施設の屋上。冷たい風が吹き抜けるなか、凛はひとり、空を見上げていた
凛◆「……燃え残ってる。胸ん中の、あれ」
N□:ふと、足音が近づく。振り返るとクロエが立っている
クロエ×「行くのね。……あなたの“原点”へ」
凛◆「うん。逃げてた。怒ってるクセに、ずっと向き合えなかった」
クロエ×「それでも、今のあなたは――“壊すため”じゃなく、“終わらせるため”に行く」
凛◆「……うん。アイツと、ちゃんとケリをつける。自分が何のために戦うか、やっとわかったから」
(手には兄・西の持ち物――小さなペンダントが握られている)
N□:過去は変えられない。失われたものも、戻らない。
それでも、誰かの想いが、背中を押してくれることがある。
凛◆「見てて。あにぃ……あんたが置いてった“怒り”も、“優しさ”も。全部連れて、うちは行くよ」
N□:ラビットが静かに浮かび上がる。白銀の光が夜の闇を裂き、少女の輪郭を照らす
クロエ×「……戦いに感情を持ち込むのは愚か。だけど、それでしか救えないものがある。
――あなたは、そういう戦い方をするのね」
N□:凛は静かに頷き、夜明けの空へ歩き出す