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第7話 畑、順調に拡大中! 目指すは安定供給

 リリアさんの過剰な(?)親切と、セーラさんの心臓に悪いからかい、そして若者たちの熱心すぎる(?)質問攻め……。

 なんだかんだで騒がしい日々を送ってはいるが、俺の生活の中心は、やはりこの畑にあった。


「ふぅ……今日もいい天気だな」


 朝露に濡れた土を踏みしめ、畑を見渡す。

 最初にここへ来た時、石ころだらけの荒れ地だった場所は、今や見違えるように緑豊かな畑へと変わっていた。

 これも全て、スキル【土いじり】のおかげだ。


(土壌分析で最適な改良法が分かり、微成長促進で作物が早く美味しく育ち、植物の声(仮)で状態を把握できる……本当に、俺にはもったいないくらいのスキルだ)


 スキルを駆使し、来る日も来る日も土と向き合い続けた結果、畑の面積は当初の数倍にまで広がっていた。

 トマト、カボチャ(仮)、トウモロコシ、ナス、キュウリ……。

 植えられた野菜の種類も増え、それぞれが青々と元気に育っている。


 特に最近気づいたのは、病気や虫の被害がほとんどないことだ。

 村の他の畑では、時々作物の葉が変色したり、虫に食われたりしているのを見かける。

 しかし、俺の畑では、そういった問題が今のところ全く起きていない。


「これも、スキルの効果なのかな……? 耐性付与ってやつか」


 だとしたら、本当にありがたい。

 安定して作物を育てられるというのは、この世界で生きていく上で何より重要だ。


 収穫量が増えたことで、村での物々交換もよりスムーズになった。

 以前は俺が広場まで売りに行く形だったが、最近では村の人たちが直接畑まで交換に来てくれることも増えた。


「コースケさん、またトマトを頼むよ」

「うちの卵と、このキュウリを交換してくれないかい?」


 そんなやり取りが日常になった。

 俺は相変わらず欲張らず、必要なものと適量(むしろ少し多め)の野菜を交換している。

 セーラさんには「商売下手」と笑われるが、俺はこれでいいのだ。


「俺の目標は、大儲けすることじゃないからな……」


 この村で、静かに畑を耕し、自分の食べる分と、村の人たちと交換できる分を安定して供給できるようになること。

 それが、今の俺のささやかな目標だ。

 村の人たちに「迷惑なよそ者」だと思われず、「まあ、いてもいいか」くらいに受け入れてもらえれば、それで十分すぎる。


 畑が広がり、作物が元気に育ち、収穫の喜びを日々感じられる。

 泥まみれになって働くのは大変だが、その分、確かな手応えと達成感がある。

 現代日本で、会社のためにすり減っていた頃には感じられなかった充実感だ。


「(この生活、悪くないな……)」


 初めて、心の底からそう思えた。

 もちろん、自己肯定感の低さはそう簡単には変わらないし、リリアさんやセーラさん、若者たちとの関係には戸惑うことも多い。

 それでも、この畑がある限り、俺はこの世界でやっていける。

 そんな気がしていた。


 ただ、少し気になるのは、俺の野菜への注目度が、村の外にも広がり始めているかもしれない、ということだ。

 セーラさんが町で俺の野菜の話をしているのは間違いないだろうし、バルガスさんのような人が注目しているとなると、いずれもっと面倒なことになる可能性も……。


「(まあ、先のことを心配しても仕方ないか……)」


 俺は頭を振り、目の前の土に意識を戻す。

 今はただ、この畑を、このささやかな生活を守ることだけを考えよう。

 そう思いながら、俺は再び鍬を振るい始めた。

 穏やかな時間が、いつまでも続けばいいと願いながら。


*****


 畑仕事にも慣れ、村での生活も少しずつ落ち着いてきた今日この頃。

 若者たちが畑に来て、作業を手伝ってくれる(という名の質問攻め)ことも日常風景になった。


「コースケさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ」


 その日、リーダー格の若者……確か、名前はダリルだったか……が、少し真剣な顔で話しかけてきた。

 他の若者たちも、神妙な面持ちで俺を見ている。


「はい、なんでしょう?」

「実はさ、村の畑のことなんだ」


 ダリルは言いにくそうに口を開いた。


「コースケさんの畑はあんなに作物が元気に育つのに、村の……特に共有地の畑は、年々収穫量が落ちてきてるんだ」

「え? そうなんですか?」

「ああ。爺さんたちの代からずっと同じ場所で同じようなもんを作ってるせいか、最近じゃ病気も出やすくなってきててよ……」


 他の若者たちも頷く。


「うちの畑もそうだぜ」

「土が痩せちまってるのかねぇ……」


 なるほど……。

 村全体の作物の出来が悪くなっているのか。

 それは深刻な問題だ。


 話を聞きながら、俺の頭にはある可能性が浮かんでいた。

 現代日本では、農業の常識とも言える知識だ。


「あの……ひょっとして、毎年同じ場所に、同じような作物ばかり植えてたりしませんか?」


 俺がおそるおそる尋ねると、若者たちはきょとんとした顔をした。


「え? ああ、まあな。麦とか芋とか、村で昔から作ってるやつを、だいたい毎年同じ場所に作ってるけど……それが何か?」

「(やっぱり……連作障害の可能性が高いな)」


 確信が深まる。

 同じ作物を同じ場所で作り続けると、土の中の特定の栄養素だけが極端に減ったり、その作物を好む病原菌や害虫が増えたりして、生育が悪くなる。

 それが連作障害だ。


「あの、専門家じゃないので、確かなことは言えないんですけど……」


 俺はいつものように前置きをしてから、話し始めた。


「もしかしたら、『連作障害』っていうのが起きているのかもしれません」

「れんさく……しょうがい?」


 聞き慣れない言葉に、若者たちが首を傾げる。


「はい。同じ作物を同じ場所で作り続けると、土の栄養バランスが偏ったり、病気になりやすくなったりすることがあるんです。俺が昔やっていた、その……小さな畑でも、そういうことがあって」


 もちろん、「小さな畑」とはベランダのプランターのことだが、正直に言う必要はないだろう。


「じゃあ、どうすればいいんだ?」


 ダリルが身を乗り出して聞いてくる。


「ええと、これも、あくまで俺の知ってる範囲の話ですけど……」


 俺は、現代の農業知識……といっても、家庭菜園レベル+ネットや本での独学知識だが……を、できるだけ分かりやすく説明した。


「例えば、『輪作』といって、違う種類の作物を順番に植えるんです。麦の次は豆類、その次は根菜、みたいに。そうすると、土の栄養バランスが偏りにくくなります」

「へぇ! 違うものを順番に……」

「あとは、『緑肥』といって、わざとクローバーみたいな植物を植えて、それが育ったらそのまま土に鋤き込んで、土の栄養にする方法もありますね」

「草を肥料に!?」

「それから、やっぱり『堆肥』は大事だと思います。落ち葉とか家畜の糞とか、有機物をしっかり土に入れてあげることで、土がふかふかになって、作物が元気に育ちやすくなります」


 俺は、知っていることを訥々と語った。

 異世界の常識からすれば、突拍子もない話に聞こえるかもしれない。

「素人考えが……」と呆れられるかとも思ったが、若者たちの反応は違った。


「なるほど……!」

「そんなやり方があったのか……!」

「コースケさん、すげぇ!」


 彼らは目を輝かせて、俺の説明に聞き入っている。

 どうやら、彼らにとっては新鮮な知識だったらしい。


「い、いえ! だから、あくまで俺の知ってることだけで、この世界で通用するかは分かりませんよ!? その、家庭菜園レベルの話ですから!」


 俺は慌てて付け加える。

 あまり期待されても困る。


「いや、でも試してみる価値はありそうだぜ!」

「村長やバルガスさんにも話してみよう!」


 若者たちはすっかりやる気になっている。


「(うわぁ……なんか、大事になってきちゃったぞ……)」


 俺の「家庭菜園知識」が、まさか村全体の農業問題に関わることになるとは。

 予想外の展開に、俺は嬉しいというより、むしろ戸惑いを覚えていた。

 自分の知識が役立つのは悪い気はしない。

 でも、これでまた注目されて、目立ってしまうのは避けたいのだが……。


 若者たちの熱意に押されながら、俺はまた一つ、この異世界で新たな役割(?)を担ってしまいそうな予感に、内心ため息をつくしかなかった。


*****


 俺が若者たちに話した連作障害対策や土壌改良の話は、思った以上に彼らの心に響いたらしい。

 ダリルたちは早速、村長やバルガスさんにも相談したようで、なんと、村の共有畑の一部を使って、俺が話した方法を試してみることになったのだ。


「(うわぁ……本当にやっちゃうのか……)」


 その話を聞いた時、俺は正直、胃が痛くなる思いだった。

 俺の知識なんて、しょせんは素人の聞きかじりだ。

 もし上手くいかなかったら、どう責任を取ればいいのか……。


 もちろん、若者たちが「師匠、指導してください!」と言ってきた時は、全力で断った。


「む、無理です! 俺が教えられることなんて、もう全部話しましたから! あとは皆さんが試行錯誤するしかないですよ!」


 そう言って、畑の隅で自分の作業に没頭することにした。

 あまり関わり合いになりたくない、というのが本音だ。


 しかし、若者たちの熱意は本物だった。

 彼らは俺が話した通り、共有畑の一部で区画を分け、違う作物を植えたり、近くの森から落ち葉を集めてきて、俺が見よう見まねで作っていたような堆肥作りを始めたりした。


 最初は「若造が何をやってるんだか」「よそ者の言うことなんか信じて」と遠巻きに見ていた村の年長者たちも、次第にその様子を無視できなくなってきたようだ。

 特に、バルガスさんが若者たちの試みを「まあ、やってみるがいい」と静かに後押ししていることも影響しているらしい。


 そして何より、俺の畑が、現実に、あの荒れ地から見違えるような豊穣さを見せていることが、一番の説得力になっていた。


「なあ、コースケさんよぉ」


 ある日、年配の村人が一人、俺の畑にやってきて話しかけてきた。

 以前は俺のことを訝しげに見ていた人だ。


「わしらの畑にも、その……なんだ、堆肥? ってのを作ってみようと思うんだが、どうやるのが一番いいんだね?」

「えっ!? あ、はい、俺のやり方でよければ……」


 俺は恐縮しながら、自分のやっている即席の堆肥作りの方法を説明した。

 それを皮切りに、他の村人たちも、少しずつ俺にアドバイスを求めに来るようになった。

 相変わらず「専門家じゃないので……」「俺のやり方が正しいかは……」と予防線を張りまくりだが。


 そんな変化が起きてから、しばらく経った頃。

 村の畑に、少しずつだが、目に見える変化が現れ始めた。


「コースケさん! 見てくれよ!」


 ダリルが興奮した様子で俺を呼びに来た。

 連れて行かれた共有畑の試験区画を見ると、以前よりも作物の葉の色が濃く、生き生きとしているように見えた。


「まだ小さいけどよ、明らかに去年までとは育ちが違うんだ!」

「それに、コースケさんに教わった堆肥を少し入れた畑は、土が前より柔らかくなった気がするぜ!」


 他の若者たちも口々に報告してくれる。

 劇的な変化ではない。

 それでも、確かに良い方向へ向かっている「兆し」が見える。


「そ、そうですか……それは良かったですね……」


 俺は正直、ホッとした。

 もし何も変わらなかったら、どうしようかと思っていたからだ。


「良かったじゃねぇよ! コースケさんのおかげだ!」

「そうだそうだ! ありがとうな、コースケさん!」


 若者たちに口々に感謝され、俺はまたしても恐縮するしかない。


「い、いえ、俺は何も……皆さんが頑張ったからですよ……」


 村人たちの間でも、「あのよそ者の言うこと、まんざらでもないらしい」「コースケさんのやり方は何か違う」という認識が広まり、俺への信頼度は、以前とは比べ物にならないほど高まっているようだった。


 村全体の雰囲気が、ほんの少しだけ明るくなったような気がする。

 作物が良く育てば、村の暮らしも豊かになる。

 その一端を、俺の知識が担えたのだとしたら……。


「(まあ、少しは役に立てた……のかな?)」


 柄にもなく、そんなことを思う。

 もちろん、目立ちたくない気持ちは変わらないが、自分の行動が良い結果に繋がった(かもしれない)という事実は、自己肯定感の低い俺の心にも、小さな温かいものを灯してくれた気がした。


 村の農業に変化の兆しが見え始めたことで、俺の異世界での立場も、少しずつ変わり始めているのかもしれない。

 それが良いことなのか、悪いことなのかは、まだ分からないけれど。


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