第5話 元騎士団長の眼差しと、美人行商人
若者たちが頻繁に畑へ来るようになってから、俺の周りは以前にも増して騒がしくなった。
「師匠、この雑草はどうすればいいですか!」
「コースケさん、うちの畑も見てくれよ!」
などと、質問攻めにあうこともしばしばだ。
その度に俺は「師匠じゃないですってば!」と訂正しつつ、知っている範囲で答えるしかない。
そんなある日の午後、畑で若者たちに囲まれて土壌改良の話をしていると、ふと、強い視線を感じた。
視線の先には、壮年の男性が一人、腕組みをしてこちらをじっと見ている。
がっしりとした体格、短く刈り揃えられた白髪混じりの髪。
纏っている空気には、そこらの村人とは違う、何か厳しさのようなものが感じられた。
「あ、バルガスさん!」
若者の一人がその男性に気づき、声を上げる。
他の若者たちも、慌てて姿勢を正した。
どうやら、村の中でも一目置かれる人物らしい。
「邪魔したかな?」
バルガスと呼ばれた男性は、穏やかながらも、よく通る声で言った。
「いえ、そんなことは……」
若者たちが恐縮している。
俺もなんだか緊張してきた。
バルガスさんは、若者たちには目もくれず、ゆっくりと俺の方へ歩み寄ってきた。
そして、俺の畑をじっくりと眺め始めた。
畝の立て方、作物の育ち具合、土の色つやまで、まるで鑑定でもするかのように鋭い目で観察している。
「……見事なものだな」
しばらくして、バルガスさんがぽつりと呟いた。
「え?」
「この畑のことだ。あのどうしようもなかった荒れ地が、これほど短期間でこれだけの畑になるとは。噂以上だ」
「あ、ありがとうございます……? たまたま、土と相性が良かったみたいで……」
俺はしどろもどろに答える。
褒められているのだろうが、その眼光の鋭さに、値踏みされているような気分になって落ち着かない。
「ふん、謙遜するか。リリア殿のところの野菜も、若者たちが騒いでいるのも、全て君の手腕だろう?」
バルガスさんは、俺の言い訳などお見通しだ、と言わんばかりの口ぶりだ。
「そ、そんな……俺は何も……」
「師匠! 謙遜しすぎだって!」
隣で若者が余計なことを言う。やめてくれ!
「ほう、師匠、か。若者たちにそこまで慕われるとはな」
バルガスさんは面白そうに目を細めた。
「ち、違います! 俺は師匠なんて、そんな大層なものじゃ……!」
俺は必死に否定する。
すると、バルガスさんはふっと表情を和らげた。
「まあ、そう固くなるな。俺はバルガス。この村で、のんびり隠居暮らしをしているただの老人だ」
「バルガスさん……」
若者たちの態度からして、ただの老人ではないことは明らかだ。
後でこっそり聞いた話によると、彼は元々、この辺りを治める領主様に仕えていた騎士団長だったらしい。
引退して、今は故郷のこの村で静かに暮らしているのだとか。
「(元騎士団長!? どうりで威厳があるわけだ……!)」
そんなすごい人が、なぜ俺の畑に?
ますます緊張してしまう。
「君は、コースケ、といったかな?」
「は、はい! コースケです!」
思わず背筋が伸びる。
「君の作る野菜は、村の食卓を豊かにしてくれている。若者たちにも良い刺激を与えているようだ。感謝している」
「い、いえ! とんでもない! 俺の方こそ、村の皆さんにはお世話になって……」
「まあ、良い。その謙虚さは美徳かもしれんが、時にはもう少し自信を持つことも必要だぞ」
バルガスさんはそう言って、俺の肩を軽くポンと叩いた。
その手は、分厚く、力がこもっていた。
「何か困ったことがあれば、俺に相談に来るといい。力になれることがあるかもしれん」
「え……?」
「ではな」
バルガスさんはそれだけ言うと、再び腕を組み、ゆっくりとした足取りで去っていった。
嵐のような人だった……。
「……行っちゃったな」
「すげぇ、バルガスさんがコースケさんのこと認めてるみてぇだったぞ!」
若者たちが興奮気味に話している。
「(認められてる……のか?)」
俺には、ただ観察されて、少しからかわれただけのような気もするが……。
それにしても、元騎士団長にまで注目されるなんて。
俺はただ、静かに畑仕事がしたいだけなのに。
「はぁ……」
なんだか、どっと疲れた。
頼れる人ができた、と喜ぶべきなのかもしれないが、俺にとってはプレッシャーが増えただけのような気がして、思わず大きなため息が漏れた。
バルガスさんという新たな存在の登場に、俺の心はますます落ち着かないのだった。
*****
バルガスさんが畑に来てからというもの、俺を見る村の人たちの目が、また少し変わった気がする。
以前のような警戒心はほとんどなくなり、代わりに好奇心や、中には尊敬のようなものまで感じられるようになった。
まあ、俺自身は何も変わっていないし、相変わらず畑で土をいじっているだけなのだが。
畑の作物も順調に育ち、収穫できる種類も量も増えてきた。
トマト、カボチャ、トウモロコシに加えて、ナスやキュウリも立派な実をつけ始めている。
村での物々交換も、すっかり定着した。
俺の野菜は、その珍しさと異常なまでの美味しさから、村ではちょっとした高級品扱いになっているらしい。
もちろん、俺はそんなつもりはなく、生活に必要なものと交換できれば十分なのだが。
そんなある日、俺の運命(?)をまた少し変える出会いが訪れた。
畑でいつものように作業をしていると、村の方から一台の荷馬車が近づいてくるのが見えた。
村に定期的にやってくる行商人の馬車だ。
「(行商人か……何か珍しいものでも売ってるのかな)」
俺がぼんやりと眺めていると、荷馬車は村の中心部ではなく、なぜか俺の畑の方へ直接向かってきた。
そして、畑のそばで止まると、御者台から一人の女性がひらりと降り立った。
「…………!」
俺は思わず息を呑んだ。
これまで村で見てきた女性たちとは、明らかに雰囲気が違う。
艶やかな黒髪を綺麗に結い上げ、旅商人らしい動きやすそうな服装ながらも、どこか洗練された着こなし。
そして何より、目を引くのはその美貌だ。
涼しげな目元に、形の良い唇。
自信に満ちた、人を惹きつけるような笑みを浮かべている。
「(うわぁ……綺麗な人だな……)」
見惚れている場合じゃない。
その女性は、真っ直ぐに俺の方へ歩み寄ってくる。
まずい、何か用事だろうか。
俺は慌てて作業の手を止め、立ち上がった。
女性は、まず俺の畑に視線を走らせた。
その目は、バルガスさんとはまた違う種類の鋭さ……まるで品定めをするような光を宿している。
畑に実っている野菜一つ一つを、じっくりと観察しているようだ。
「ふぅん……なるほどねぇ」
彼女は小さく呟くと、次に俺に視線を向けた。
そして、にっこりと人好きのする笑顔を作る。
「あなたが、噂のコースケさん?」
いきなり名前を呼ばれて、俺はどきりとした。
「え? あ、はい、そうですけど……」
「やっぱり! 話には聞いてたけど、本当に見事な畑ねぇ。それに、見たこともない野菜まで作ってるなんて」
彼女は感心したように言いながら、俺のすぐそばまで近づいてきた。
ふわりと、良い香りがする。
なんだか、落ち着かない……。
「私はセーラ。見ての通り、しがない行商人よ。よろしくね、コースケさん」
セーラと名乗る女性は、悪戯っぽく片目をつぶって見せた。
その仕草が妙に色っぽくて、俺はさらにタジタジになってしまう。
「あ、ど、どうも……」
「それでね、コースケさん。ちょっとあなたに、お話があるんだけど……」
セーラさんは、値踏みするような視線を再び俺の野菜に向けた。
その目には、明らかに「商売」の二文字が浮かんでいる。
「(お話……? いったいなんだろう……?)」
美人で、やり手そうな雰囲気の行商人、セーラ。
彼女の登場は、俺の静かな(?)異世界農業ライフに、新たな波乱を呼び込む予感がした。
俺はゴクリと唾を飲み込み、彼女の次の言葉を待つしかなかった。