第3話 夜明けの出発、そして護衛の騎士
サルーテ村での最後の夜は、あっという間に明けた。
初冬の冷たい空気が肌を刺す夜明け前、俺はわずかな荷物を肩にかけ、住み慣れた掘っ建て小屋に別れを告げた。
畑に目をやると、霜でうっすらと白くなった野菜たちが静かに俺を見送っているように見えた。
「必ず、帰ってくるからな」
村の入り口にはすでに何人かの村人たちが集まってくれていた。
村長さん、バルガスさん、ゴードンさんとルンエルダさん、そしてダリルをはじめとする若者たち。
もちろんリリアさんの姿もあった。
彼女の目は少し赤く腫れているように見える。
「コースケさん、どうか、お気をつけて……!」
リリアさんは涙をこらえながら、それでも気丈に声をかけてくれた。
その手には俺が昨日もらったお守りがまだ握りしめられている。
「はい。リリアさんも皆さんによろしくお伝えください」
「師匠! 留守は俺たちに任せてください! 畑も、村も、しっかり守ってみせます!」
若者たちが頼もしい言葉をかけてくれる。
バルガスさんや村長さんからも、改めて道中の注意や励ましの言葉をいただいた。その一つ一つが今の俺にはありがたく、そして少しだけ重たい。
「さあ、コー・スケさんいつまで感傷に浸ってるの? もう出発するわよ!」
少し離れた場所で、セーラさんが荷馬車の御者台から声をかけてきた。
彼女の馬車には俺が献上する野菜の籠や、旅に必要な物資が手際よく積み込まれている。
さすがは行商人、準備は万端のようだ。
そして、その隣には森の民らしい軽装に身を包んだシルフィさんが、相変わらず静かに立っていた。
彼女の荷物は本当に小さな革袋一つだけだ。
「皆さん、本当にお世話になりました。必ず、戻ってきます」
俺は集まってくれた村人たち一人一人に深々と頭を下げ、感謝と別れの言葉を述べた。
名残は尽きないが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
セーラさんの馬車に乗り込み、俺たちはゆっくりと村を後にした。
バックミラーがあれば、きっと村人たちがいつまでも手を振ってくれているのが見えただろう。
少しずつ遠ざかっていくサルーテ村の風景に、俺は言いようのない寂しさと、そして新たな旅立ちへの微かな決意を感じていた。
村を出てしばらく街道を進んだ頃だった。
道の先から数騎の馬に乗った一団がこちらへ近づいてくるのが見えた。
先頭に立つのは見覚えのある銀色の鎧……女騎士のブリジットさんだ。
彼女の後ろには同じように武装した数名の兵士たちが続いている。
「本当に来た……護衛、か?」
俺は、ますます緊張してきた。
ブリジットさんたちは、俺たちの前で馬を止めると馬上から敬礼した。
「コースケ殿、及びご一行。お待たせいたしました。これより領都アルカディアまで我々が護衛の任を務めます」
その声は相変わらず凛としていて少しも揺るぎがない。
「は、はい……よろしくお願いしますブリジット様」
俺が恐縮しながら答えると、セーラさんが横から軽口を叩いた。
「あらブリジットちゃんじゃない。こんなところで会うなんて奇遇ねぇ。もしかして私たちに会いたくて追ってきたのかしら?」
「セーラ……貴様も一緒だったのか。相変わらず騒がしい女だな。私の任務はあくまでコースケ殿の護衛だ」
ブリジットさんはセーラさんのからかいを柳に風と受け流す。
シルフィさんはブリジットさんたちを警戒するようにじっと観察していた。
こうして俺たちの旅のパーティーメンバーが確定した。
俺とセーラさん、シルフィさん、そして護衛のブリジット騎士とその部下たち。
なんとも奇妙な組み合わせだ。
屈強な騎士たちに囲まれ、俺はますます自分が場違いな存在に思えてくる。
「では出発いたしましょう。道中は長いですがご安心を。必ずや皆様を安全に領都までお届けいたします」
ブリジットさんの言葉を合図に一行は再び領都アルカディアへと向かって歩み始めた。
サルーテ村ののどかな風景はすっかり見えなくなり、目の前には未知の街道がどこまでも続いている。
この旅が一体どんな結末を迎えるのか……。俺はただただ不安と、ほんの少しの諦めにも似た覚悟を胸に、馬車の揺れに身を任せるしかなかった。
本格的な旅が、今始まったのだ。