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旅立ちの準備と、それぞれの想い

 領主様からの出頭命令という名の爆弾が投下された翌日から、サルーテ村は俺の旅立ちの準備で妙な活気に包まれた。

 もちろん、その中心にいる俺の心境は、お祭り騒ぎとは程遠い、どんよりとした曇り空模様だったが。


「(本当に、俺なんかが領都へ行って大丈夫なんだろうか……)」


 期限は十日以内。残された時間は少ない。

 俺はまず、領主様に献上するという作物の選別から始めた。

 スキル【土いじり】を使い、畑の中でも特に状態が良く、味も濃厚に育っているトマトやトウモロコシ、そして異世界カボチャ(仮)などを丁寧に収穫していく。

 傷まないように、一つ一つ藁で包み、籠に詰める作業は思った以上に気を使うものだった。


 自分の身の回りの荷物は、驚くほど少なかった。

 着替え数枚と、セーラさんとの物々交換で手に入れたわずかな金銭、そしてゴードンさんが「道中のお守り代わりにでも持っていけ」と押し付けてきた、やけに頑丈な作りの小さなナイフくらいだ。

 一番の気がかりは、やはり留守中の畑のことだった。


「あの……俺がいない間、この畑のこと、少し気にかけてもらえると……」


 俺がおそるおそる若者たちやシルフィさんに頼むと、彼らは力強く頷いてくれた。


「任せとけって師匠! 俺たちがしっかり面倒見るからよ!」

「……畑は、守る」


 シルフィさんの短い言葉には、なぜか強い意志が感じられた。


 村の人たちも、俺の旅立ちをただ心配そうに見ているだけではなかった。

 リリアさんのお母さんは、保存の利く干し肉や焼き菓子をたくさん作ってくれたし、他の村人たちも、手作りの薬草や、丈夫な革袋などを「道中できっと役に立つだろう」と差し入れてくれる。

 その一つ一つに、村の人たちの温かい気持ちが込められているようで、俺は胸が熱くなるのを覚えた。


 バルガスさんは、領都での貴族や役人との付き合い方について、自身の経験を踏まえて色々と助言をくれた。


「とにかく正直に、誠実に対応することだ。下手に取り繕おうとすると、かえって足元を見られるぞ」という言葉は、肝に銘じておこう。村長さんも、「何かあれば、必ず村に知らせるように」と、俺の身を案じてくれている。


 そんな中、俺の旅立ちを前にして、リリアさんやセーラさん、そしてシルフィさんの反応は、それぞれに複雑だった。


 リリアさんは、もうずっと俺のそばを離れようとしなかった。

 俺が荷造りをしている間も、心配そうな顔でじっとこちらを見つめている。

 そして出発の前日、彼女は真っ赤な顔をして、小さな布製の袋を俺に差し出した。


「こ、これ……コースケさんに……お守りです」


 中には、彼女が一生懸命刺繍したであろう、少し不格好だが温かみのあるお守りが入っていた。


「ありがとうございます、リリアさん。大切にします」


 俺がそう言うと、彼女の目にみるみる涙が溜まっていく。


「(うっ……泣かないでくれよ、リリアさん……)」


 セーラさんは、ちょうど次の行商から戻ってきたところで、俺の旅立ちを知ると、いつものようにニヤリと笑った。


「あらあら、ついに領都デビュー? 大出世じゃないの、コー・スケさん。まあ、あちらでの商売の足がかりにもなるし、道中の危険な場所や、領都での宿の手配くらいなら、私に任せなさいな」


 彼女は頼もしいことを言ってくれるが、その目には商売人としての計算高さと、それだけではない何か……心配のような色も浮かんでいる気がした。


 そして、シルフィさん。

 彼女は、俺の旅立ちについて、ほとんど何も言わなかった。

 ただ、俺が献上する作物を荷造りするのを黙って手伝い、俺が旅支度を整えるのを、静かに見守っていた。

 そして、出発の前夜、俺が一人で小屋の外に出て、サルーテ村の星空を見上げていると、いつの間にか隣に立っていた。


「……私も、行く」

「え?」


 ぽつりと呟かれた言葉に、俺は耳を疑った。


「シルフィさんも……領都へ?」

「……森の、異変。調べる必要がある。それに……」


 彼女はそこで言葉を切り、じっと俺の目を見た。


「……あなたが、心配だ」


 そのストレートな言葉に、俺はドギマギしてしまう。


「(心配…? 俺のことを…?)」


 こうして、俺の領都への旅には、護衛として派遣されるであろうブリジット騎士に加えて、セーラさんと、そしてシルフィさんまでもが同行することになりそうな雲行きになってきた。

 本当に、俺一人の問題じゃなくなってきている。


 出発の前夜。俺は荷物をまとめ終え、リリアさんにもらったお守りを懐にしまい込んだ。

 小屋の外に出ると、冷たい夜気が肌を刺す。見上げる空には、数え切れないほどの星が瞬いていた。

 明日から始まる、未知の旅路。不安と、ほんの少しの諦めにも似た覚悟。

 そして、俺の周りで、それぞれの想いを抱える仲間たち。


「本当に、どうなることやら……」


 俺は、大きく息を吸い込み、夜空に向かってそっと吐き出した。

 サルーテ村での、最後の夜が静かに更けていく。








他作品もあるので更新頻度はそれほど上げられませんが、応援よろしくお願いします。

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