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領主からの使者、再び

第二部です。

こちらはゆっくり更新していく予定です。


 サルーテ村に本格的な冬の寒さが訪れようとしていた矢先のこと、畑仕事も一段落し俺が小屋で凍える指を擦り合わせていると、村の若者の一人が慌ただしく駆け込んできた。


「コ、コースケさん! 大変です! また、領主様からの使いの方が……!」


 その言葉に俺の心臓は嫌な音を立てて跳ね上がり、またか……と呟かずにはいられなかった。ブリジット騎士が帰ってからしばらくは平穏だったというのに、やはりあの時の報告が新たな面倒事を呼び寄せたに違いない。


 重い足取りで村の集会所へ向かうと、村長さんやバルガスさん、そして数人の村の主だった者たちが硬い表情で座っており、上座には見慣れない男が一人いた。

 年の頃は四十代半ばだろうか、仕立ての良い服に身を包んだその男は、神経質そうな細い目つきで値踏みするように俺を一瞥し、前回のような文官風とは違うどこか威圧的な雰囲気を纏っていて、彼が新たな使者であることは明らかだった。


「……農夫コースケ、だな?」


 使者は、俺が入ってきたのを確認すると低い声でそう言ったが、その声には有無を言わせぬような響きがあった。


「は、はい。コースケと申します……」

「うむ。領主アルベルト様より、貴様に申し伝える儀がある。心して聞け」


 使者は懐から一通の羊皮紙を取り出し、それを厳かに読み上げ始めたが、その内容は俺の予想を、そして最悪の懸念を裏切らないものだった。


「『辺境サルーテ村の農夫コースケに命ず。速やかに領都アルカディアへ出頭し、その特殊なる農作物の栽培技術について、詳細を報告せよ。併せて、見本となる作物を可能な限り持参し、献上すること。これは領主の決定である。遅滞なく実行せよ』……以上である」


「(出頭命令……それに、技術の報告と作物の献上か……)」


 やっぱりこうなったかという諦めの気持ちと、これからどうなってしまうのだろうという不安が俺の胸の中で渦巻く。

 静かに畑を耕していたいという俺のささやかな願いは、もはや風前の灯火だ。村長さんやバルガスさんの顔にも困惑と懸念の色が浮かんでおり、領主様の命令は絶対で、この辺境の小さな村がそれに逆らうことなどできるはずもないことを示していた。


「あの……領都まで、ですか?」


 俺がかすれた声で尋ねると、使者は冷ややかに頷いた。


「左様。出立の準備を急がれよ。期限は、ここより十日以内とする。護衛については、別途手配があろう」


 十日以内とは、あまりにも急な話だ。


「コースケさんが、領都へ……」


 集会所の隅で話を聞いていたリリアさんが不安そうな声を漏らし、彼女の目には涙が浮かんでいるように見える。


「師匠が、そんな遠くまで行っちまうのか……」


 若者たちも、事の重大さをようやく理解したのか動揺を隠せない様子だった。


「(みんなに心配かけて、申し訳ないな……)」


 しかし、これは俺一人の問題では済まされない。もし俺がこの命令に背けば、サルーテ村全体に累が及ぶ可能性だってあるのだ。


「……分かりました。領主様のご命令、お受けいたします」


 俺は腹を括るしかなく、声は震えていたかもしれないが、それでもはっきりとそう答えた。


 使者は俺の返事を聞くとわずかに表情を緩めたものの、その目は依然として冷たく、何かを探るような光を宿している。


「賢明な判断だ、農夫コースケ。領主様は、貴様の能力に大いに期待しておられる。その期待を裏切ることのないよう、せいぜい励むことだ」


 その言葉は励ましというよりは、むしろ脅しに近い響きを持っていた。

 俺のスキル【土いじり】と、それによって生み出される特別な野菜を領主はどう利用するつもりなのか、そして俺自身はこの先どうなってしまうのか……。


 領都アルカディアへの旅立ち、それは俺にとって新たな試練の始まりを意味していた。

 望まぬ注目、意図せぬ評価、そして忍び寄る陰謀の影……俺の異世界農業ライフはいよいよ大きな転換点を迎えようとしており、ただ今は迫る旅立ちに向けて心の準備をするしかない。

 重苦しい空気が、初冬の集会所を支配していた。

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