第21話 セーラの情報網と不穏な噂
森のざわめき、遠吠えのような不気味な音、そして大地から伝わる嫌な振動……。
魔物の脅威が、もはや憶測ではなく、現実のものとしてすぐそこまで迫っている。
バルガスさんや若者たちが村の守りを固めようと訓練に励む中、俺も、俺にできることをやるしかないと覚悟を決めた。
まずは、この畑を守ることだ。
「俺の畑は村のはずれにあるからな……狙われるとしたら、最初かもしれない」
それに、この畑には、村の貴重な食料となるであろう野菜がたくさん実っている。
これを失うわけにはいかない。
俺はまず、物理的な防御から取り掛かることにした。
畑の周囲を、できるだけ頑丈な柵で囲うのだ。
村で手に入る木の枝や丸太を使い、ゴードンさんに作ってもらった改良道具(杭打ち用の槌など)を駆使して、地面に深く打ち込んでいく。
単純な作業だが、面積が広いので骨が折れる。
シルフィさんも、何も言わずにその作業を手伝ってくれた。
彼女の助けがなければ、もっと時間がかかっただろう。
「よし、これで少しは侵入を防げる……かな?」
完成した柵は、見栄えは悪いが、それなりの高さと強度にはなったはずだ。
大型の魔物には効果がないかもしれないが、畑を荒らすような中・小型の獣くらいなら、足止めにはなるだろう。
次に、俺は現代知識……というか、サバイバル知識や、子供の頃にやった遊びの延長のような発想で、いくつかの「罠」を仕掛けることにした。
畑の周囲、特に獣道になりそうな場所や、柵の弱い部分に狙いを定める。
スキル【土いじり】で地面の状態を調べ、効果的に掘れる場所に、いくつかの落とし穴を掘った。
深くはないが、足を滑らせれば十分動きを止められるはずだ。
穴の底には尖らせた木の枝を数本仕込み、上は枯れ葉や枝で巧妙にカモフラージュしておく。
さらに、森で採取した粘り気の強い松脂を煮詰め、平たい石や板に塗りつけて、これも怪しい場所にいくつか設置した。
踏めば足を取られ、動きが鈍るはずだ。
あとは、空き缶(村で手に入れた金属製の容器)などを紐で繋げて、柵にぶら下げておく。
何かが柵に触れれば、音で知らせてくれるだろう。
「まあ、気休めかもしれないけど……やらないよりはマシだ」
最後に、俺は「忌避剤」のようなものも試してみることにした。
シルフィさんが以前教えてくれた、虫が嫌う香りの強いハーブ。
それに加えて、村で手に入れた刺激の強い香辛料(唐辛子のようなもの)や、燃やした木の灰などを混ぜ合わせ、水で溶いたものを、畑の周囲に撒いてみる。
効果があるかは全くの未知数だが、少しでも魔物が嫌がってくれれば儲けものだ。
これらの作業と並行して、俺はスキル【土いじり】の感覚を、常に研ぎ澄ませるように意識した。
畑の周囲の土に意識を集中し、不審な足跡がないか、地面の振動に異常はないか、常にチェックする。
あの微細な振動感知能力が、もし本当に危険を知らせてくれるのなら、それは大きな武器になるかもしれない。
「戦闘力ゼロの俺にできるのは、ここまでか」
柵を作り、罠を仕掛け、忌避剤を撒き、スキルの感覚を研ぎ澄ます。
どれも地味で、確実性に欠けるかもしれない。
でも、これが今の俺にできる、精一杯の「戦いの準備」だった。
俺は、夕暮れの畑を見渡し、自分が施したささやかな防御策を確認する。
これで、どれだけの効果があるのか。
正直、不安の方が大きい。
だが、やるだけのことはやった。
あとは、何も起こらないことを祈るだけだ。
迫り来る脅威に対して、俺は俺なりの方法で立ち向かおうとしていた。
この地道な工夫と、ささやかな抵抗が、未来を少しでも良い方向へ導いてくれることを願いながら。
冷たい風が、完成したばかりの柵を吹き抜けていった。
*****
俺が畑の周りに、素人ながらの防御策を施している最中、タイミングを見計らったかのように、セーラさんが荷馬車でやってきた。
前回約束した、報酬代わりの物資を届けに来てくれたのだ。
ゴードンさん用の金属や、村で不足している薬草など、頼んでおいた品々はしっかりと揃えられていた。
さすがは敏腕行商人だ。
「はい、約束の品よ。これで満足かしら?」
「ありがとうございます、セーラさん! すごく助かります!」
俺が感謝を述べると、セーラさんはいつものように悪戯っぽく笑った。
しかし、その表情はすぐに真剣なものへと変わる。
どうやら、単に物資を届けに来ただけではないらしい。
「それでね、コースケさん。それから村の皆さんにも聞いてほしいんだけど……あまり良くない情報をいくつか掴んできたわ」
セーラさんの言葉に、俺だけでなく、近くで作業を手伝ってくれていたシルフィさんや、噂を聞きつけて集まってきた村長さん、バルガスさんたちも、真剣な表情で耳を傾ける。
「まず、魔物の話。どうやら、この辺り一帯で、最近魔物の活動が活発化しているみたい。特に厄介なのが、『大牙猪』と呼ばれる、巨大なイノシシの魔物ね。気性が荒くて、一度狙った獲物はしつこく追い回すらしいわ。他の村でも被害が出始めてるって話よ」
「大牙猪……!」
村長さんの顔が険しくなる。
バルガスさんも、腕を組んで黙り込んでいる。
どうやら、厄介な魔物であることは間違いないようだ。
「それだけじゃないわ」
セーラさんは続ける。
「不作の影響で、食い詰めた連中が山賊や盗賊になっているっていう噂も、あちこちで聞くようになったの。街道筋だけじゃなくて、こういう辺境の村を狙う輩もいるかもしれないわ。用心するに越したことはないわね」
「盗賊まで……」
魔物だけでなく、人間による脅威の可能性まで出てきた。
村人たちの顔に、不安の色がさらに濃くなる。
「さらに、領主様の方の話だけど……」
セーラさんは声を潜めた。
「魔物対策や治安維持で、領地全体が物入りになっているらしいの。だから、今年の税の取り立ては、かなり厳しくなるかもしれないって。減免や猶予は、あまり期待しない方がいいかもしれないわね……」
セーラさんがもたらした情報は、どれもこれもサルーテ村の状況をさらに悪化させるようなものばかりだった。
魔物の脅威、盗賊の危険性、そして厳しい税の取り立て……。
この村は、今、複数の危機に同時に直面しようとしているのかもしれない。
「(なんてことだ……食料不足だけでも大変なのに……)」
俺は、事態の深刻さを改めて認識し、背筋が寒くなるのを感じた。
俺が畑に施した防御策も、魔物だけでなく、盗賊避けにも多少は役立つかもしれないが、気休めにしかならないだろう。
「……情報、感謝する、セーラ殿」
重々しい沈黙を破ったのは、バルガスさんだった。
「おかげで、我々も心構えができるというものだ」
「どういたしまして。まあ、私も商売柄、情報収集は得意だからね」
セーラさんはそう言って、肩をすくめた。
そして、俺の方を見て、にやりと笑う。
「ま、こんな時だからこそ、備えは大事よ、コースケさん? 何か特別に必要なものがあれば、私が都合してあげないこともないわ。もちろん、あなたのあの美味しい野菜との、特別な取引になるけどね?」
ちゃっかり商売の話を挟んでくるところは、さすがセーラさんだ。
しかし、今の俺には、その冗談(?)に付き合う余裕はなかった。
セーラさんがもたらした情報は、村全体に重苦しい雰囲気をもたらした。
迫り来る複数の脅威。
俺たちは、この厳しい状況を乗り越えることができるのだろうか。
冬の訪れと共に、サルーテ村は、まさに正念場を迎えようとしていた。
俺は、自分にできる限りの備えを続けながら、ただ事態が悪化しないことを祈るしかなかった。
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