第2話 荒れ地とスキルと植物の声と
「こ、コースケさん! これ……どうやったんですか!?」
目の前で目を丸くしているリリアさんに、俺は内心冷や汗をかいていた。
まさか、こんなに早く芽が出るとは。
しかも、明らかに普通の育ち方じゃない。
「え、ええと……土を、ちょっと、よく耕したからですかね……?」
しどろもどろに答える。
スキルのことなんて、正直に言えるわけがない。
怪しまれるだけだ。
「そんな……! うちの畑だって、ちゃんとお父さんが耕してますけど、こんな風には……」
リリアさんはまだ信じられない、といった表情だ。
無理もない。
俺だって、この【土いじり】スキルの効果には驚いているんだから。
「ま、まあ、たまたまかもしれませんし……」
「たまたま、ですか……?」
「はい。ここの土が、意外とこの種と相性が良かったとか……?」
「うーん……そういうものなのかなぁ……」
リリアさんはまだ腑に落ちない様子だったが、俺が困っているのを見てか、それ以上は追及してこなかった。
優しい子で助かった……。
「でも、すごいです、コースケさん! こんなに早く芽が出るなんて!」
彼女はすぐに笑顔になって、双葉を嬉しそうに眺めている。
その純粋な反応に、少しだけ救われた気がした。
リリアさんが帰った後、俺は改めて自分のスキルと向き合うことにした。
地面に手を触れる。
(土壌分析……これは間違いない。土の状態が手に取るように分かる。必要な栄養素、水分量、微生物のバランスまで……)
頭の中に流れ込んでくる情報は、そこらの専門家顔負けの精度だ。
どうすればこの土壌が改善されるのか、具体的な手順も自然と浮かんでくる。
(石を取り除いて、深めに耕して空気を入れて……あの辺の落ち葉と、村で分けてもらった家畜の糞を混ぜて堆肥に……水はけを良くするために、こっちに少し傾斜をつけて溝を……)
「まるで、頭の中に教科書とナビが入ってるみたいだ……」
思わず呟く。
これなら、あのひどかった荒れ地も、時間はかかっても確実に良い畑に変えていけるだろう。
開墾作業を再開する。
スキルのおかげで、どこに石が埋まっているか、どのくらいの深さまで掘ればいいか、効率的な作業方法が手に取るように分かる。
以前なら一日かかっても終わらなかったような作業が、半日もかからずに片付いていく。
「すごい……体は疲れるけど、めちゃくちゃ捗るぞ……」
夢中で土を掘り返し、石を取り除き、堆肥を混ぜ込む。
汗だくになりながらも、畑がみるみる形になっていくのは、単純に楽しかった。
現代でやっていたベランダ菜園とは規模も大変さも違うが、土に触れている時の充実感は変わらない。
いや、むしろ、この広大な土地を自分の手で変えていく感覚は、それ以上かもしれない。
作業に没頭していると、ふと、植えたばかりの芽に意識が向いた。
じっと見つめていると、また奇妙な感覚が……。
(……水……少し、足りない……?)
「ん?」
気のせいだろうか。
まるで、芽が「喉が渇いた」と訴えているような、そんな気がした。
スキル詳細にあった「植物の声(仮)」ってやつか?
まだはっきりとは分からないが、植物の状態をなんとなく感じ取れるのかもしれない。
試しに、近くの小川から汲んできた水を、その芽の周りにそっとかけてやる。
すると、気のせいかもしれないが、双葉が少しだけ元気を取り戻したように見えた。
「まさかな……」
だが、このスキルならあり得るかもしれない。
土壌だけでなく、植物そのものとも対話できる……?
だとしたら、すごいことだ。
さらに、数日経つと、その成長速度はますます顕著になった。
リリアさんがくれた種も、俺が持ってきたトマトの種も、ぐんぐんと茎を伸ばし、葉を増やしていく。
明らかに、村の他の畑の作物とは成長スピードが違う。
「これが……微成長促進、か」
スキル詳細にあったもう一つの効果。
地味な効果だと最初は思ったが、こうして目の当たりにすると、とんでもない効果だ。
この調子なら、最初の収穫もそう遠くないかもしれない。
「よし、もっと頑張らないとな」
俺は再び鍬を手に取った。
自己肯定感は相変わらず低いままだが、この【土いじり】スキルと、目の前で少しずつ形になっていく畑が、俺に確かな「やるべきこと」を与えてくれていた。
黙々と作業を続ける俺の姿を、時折、村の子供たちが遠巻きに眺めていることがあった。
リリアさんも、ほぼ毎日、心配してか様子を見に来てくれる。
その度に俺は恐縮しきりだが、彼女の明るい笑顔は、この慣れない異世界での数少ない癒しになっていた。
*****
あれから、さらに数週間が過ぎた。
俺は来る日も来る日も、畑に出て土をいじり続けた。
石を取り除き、土を耕し、堆肥を混ぜ込み、畝を作り……。
【土いじり】スキルのおかげで作業は驚くほど捗り、かつて荒れ地だった場所は、素人目にも立派な畑へと姿を変えつつあった。
そして、ついにその日がやってきた。
最初の収穫だ。
「おお……!」
目の前には、見事に実った野菜たちが並んでいる。
リリアさんにもらった種から育ったのは、鮮やかなオレンジ色をした、ラグビーボールくらいの大きさのカボチャのような野菜だ。
表面には艶があり、ずっしりと重い。
そして、俺が日本から持ってきた種から育ったトマト。
こっちは、まるで宝石みたいに真っ赤に熟している。
大きさも形も均一で、スーパーで売られているものと比べても遜色ない……いや、それ以上かもしれない。
「すごいな……本当にできちゃったぞ」
感慨深く、収穫した野菜たちを眺める。
スキル【微成長促進&耐性付与】の説明には、「通常よりわずかに早く、そして美味しく育つ」とあった。
この見た目の良さは、その効果なのだろうか。
「問題は、味だよな……」
異世界のカボチャ(仮)と、現代日本のトマト。
見た目は良くても、味が悪ければ意味がない。
特に、この異世界カボチャは未知数だ。
俺は、近くの小川でカボチャとトマトを洗い、持っていた小さなナイフでカボチャを切り分けてみた。
サクッ、と軽い手応えでナイフが入る。
断面は、濃いオレンジ色で、見るからに美味そうだ。
「まずは、生で……いけるのか?」
異世界の野菜だ、少し不安はある。
だが、スキルで育てた作物だ。
妙な毒などはないと信じたい。
俺は意を決して、薄く切ったひとかけらを口に放り込んだ。
「…………!」
瞬間、口の中に衝撃が走った。
甘い!
驚くほど濃厚な甘みと、芳醇な香り。
カボチャ特有の青臭さのようなものは全くなく、それでいて、しっかりとした野菜の旨味もある。
食感はシャキシャキとしていて、まるで果物のようだ。
「う、うまい……! なんだこれ……!」
思わず声が出た。
これが、あの荒れ地で、しかも短期間で育った野菜だとは信じられない。
次に、トマトにかぶりつく。
プチッ、と皮が弾け、瑞々しい果肉と果汁が口の中に溢れ出した。
「んんっ……!」
甘みと酸味のバランスが絶妙だ。
味が濃い。
子供の頃、畑でもぎたてを食べたトマトの味を思い出す。
いや、それよりももっと、味が凝縮されている気がする。
「すごい……本当に、美味しく育つんだ……」
スキル【土いじり】の効果は本物だった。
ただ早く育つだけでなく、味も格段に向上させる力がある。
これなら……。
「これなら、この世界で生きていけるかもしれない……!」
初めて、確かな手応えを感じた。
この野菜があれば、物々交換で生活必需品を手に入れることもできるだろう。
村の人たちにも、少しは恩返しができるかもしれない。
そうだ、まずはリリアさんだ。
最初に種を分けてくれて、色々と世話を焼いてくれた彼女に、この最初の収穫を届けよう。
感謝の気持ちを込めて。
俺は、収穫したカボチャ(仮)をいくつか蔓から切り取り、真っ赤なトマトも籠いっぱいに摘んだ。
どれもこれも、本当に見事な出来栄えだ。
「喜んでくれるといいけど……」
少しドキドキしながら、俺は籠を抱えてリリアさんの家へと向かった。
あの優しい少女が、この野菜を食べたら、どんな顔をするだろうか。
そんなことを考えると、自然と足取りが軽くなった。