第18話 新型農具の実演会
セーラさんが持ち込む外の世界の情報に、俺の心は少なからず揺れていた。
市場のニーズ? 作付け計画?
そんなことを考え始めると、なんだか自分が自分でなくなっていくような、妙な気分になる。
俺はただ、静かに畑を耕していたいだけなのに……。
そんな俺の葛藤などお構いなしに、サルーテ村では新たな動きが起きていた。
発端は、もちろん、あの人だ。
ドワーフの鍛冶屋、ゴードンさんである。
彼が俺のアイデアを元に開発(?)した新型農具……改良鍬や改良鋤は、すでに村の若者たちの一部が借りて使い始めており、その効果は実証済みだった。
そして最近、ゴードンさんはついに、新たな試作品を完成させたのだ。
一つは、手で押して歩くだけで雑草を刈り取れるという「除草機」。
もう一つは、ハンドルを回すだけで井戸や小川から水を汲み上げられる「手回しポンプ」だ。
「どうだ、コースケ! こいつは傑作だぞ!」
完成した試作品を前に、ゴードンさんは興奮を隠しきれない様子だった。
その出来栄えは、素人の俺が見ても素晴らしいものだと分かる。
特にポンプの機構は、よくこんなものをゼロから作り上げたと感心するばかりだ。
そして、自分の仕事に絶対の自信を持つゴードンさんは、この素晴らしい発明品(?)を村人たちに披露したくてたまらなくなったらしい。
彼は村長やバルガスさんに掛け合い、なんと、村の広場で新型農具の実演会を行うことになったのだ。
「(じ、実演会!? ちょっと待ってくれよ……!)」
その話を聞いた時、俺は全力で反対した。
そんな目立つこと、絶対にしたくない!
しかし、ゴードンさんは聞く耳を持たない。
「何言ってやがる! この画期的な道具の素晴らしさを、村の連中に見せてやるんだ! お前も発案者の一人なんだから、当然参加するんだろうが!」
「いや、俺は発案者というか、アイデアをちょっと言っただけで……!」
「ごちゃごちゃ言うな! これは決定事項だ!」
有無を言わさぬゴードンさんの剣幕に、俺の抵抗は虚しく打ち砕かれた……。
そして、実演会当日。
秋晴れの空の下、村の広場には大勢の村人たちが集まっていた。
皆、ゴードンさんが作ったという「新しい道具」に興味津々だ。
リリアさんやシルフィさん、若者たち、バルガスさんの姿も見える。
セーラさんも、ちょうど村に来ていたらしく、面白そうに成り行きを見守っていた。
「さあ、皆の衆! 今日はお前たちに、このゴードン様が作り上げた、未来の農業を変える(かもしれない)画期的な道具をお披露目するぞ!」
ゴードンさんが高らかに宣言し、まずは除草機の試作品を持ち出した。
そして、なぜか俺の方を指差す。
「ほら、コースケ! まずはお前が、こいつの性能を見せてやれ!」
「えええ!? 俺がですか!?」
やっぱりこうなったか!
俺は、大勢の視線が集まる中、顔を引きつらせながらも、ゴードンさんに促されるまま、除草機を手に取った。
そして、広場の隅にわざと残されていた雑草の茂みに向かって、恐る恐る除草機を押してみる。
ガガガッ、と軽い音を立てて、除草機の刃が回転し、面白いように雑草が刈り取られていく。
ほんの数分歩いただけで、あれだけ生い茂っていた雑草が、綺麗になくなってしまった。
「「「おおおおぉぉぉーーー!!」」」
広場から、どよめきと感嘆の声が上がる。
「すげえ! あっという間に草が!」
「なんだあの道具は! 魔法か!?」
次に、ゴードンさんは井戸のそばに設置した手回しポンプを指差した。
「次はこいつだ! コースケ、やってみろ!」
俺はまたしても促され、ポンプのハンドルを回す。
最初は少し重いが、すぐに軽くなり、ポンプの口から勢いよく水が流れ出し始めた。
バケツで何度も往復しなければならなかった水汲み作業が、これなら格段に楽になるだろう。
「水が! 勝手に!? いや、ハンドル回してるだけなのに!」
「これがあれば、水撒きがどれだけ楽になるか……!」
村人たちの興奮は最高潮に達していた。
特に、日々の農作業の苦労を知っている者たちにとって、これらの新しい道具は、まさに夢のような発明に見えたのだろう。
実演会は大成功だった。
ゴードンさんは得意満面で、村人たちの賞賛を浴びている。
そして、その賞賛の一部……いや、かなりの部分が、なぜか発案者(?)である俺にも向けられているのだった。
「コースケさん、あんたすごいな!」
「ゴードンさんもすごいが、あんたの発想も大したもんだ!」
「(いや、俺はただ昔の知識を言っただけで……すごいのはゴードンさんなのに……)」
俺は、村人たちに囲まれながら、ただただ苦笑いを浮かべて恐縮するしかなかった。
新型農具の登場は、間違いなくこの村の農業を大きく変えるだろう。
それは喜ばしいことのはずなのだが……。
「(……また、目立っちゃったなぁ……)」
俺は、自分の意図とは裏腹に、ますます村での存在感を増してしまっていることを実感し、複雑なため息をつくのだった。
この注目が、新たな波乱を呼ばなければいいのだが……。
*****
新型農具の実演会は、村に大きな興奮をもたらしたようだ。
ゴードンさんは一躍、村の英雄(?)扱いだし、俺への注目度も、正直、うなぎ登りだ。
どこへ行っても「コースケさん、すごいな!」「次はどんな道具を考えるんだ?」と声をかけられる始末である。
「やれやれ……静かに暮らしたいだけなのに」
そんな喧騒から逃れるように、俺は自分の畑での作業に没頭していた。
やはり、土に触れている時が一番落ち着く。
スキル【土いじり】を発動させ、土壌の状態を確認し、作物の声(仮)に耳を澄ます。
もはや、俺にとっては呼吸をするのと同じくらい、当たり前の行為になっていた。
しかし、最近、その当たり前のスキルに、少し奇妙な変化……というか、新たな側面に気づき始めていた。
例えば、畑の土に手を触れて、意識を集中させている時。
ふと、地面から伝わる、ごくごく微細な振動を感じ取ることがあるのだ。
「ん……? なんだか、地面が揺れてるような……?」
気のせいかもしれないレベルの、本当にわずかな振動だ。
風で木々が揺れる音とは違う、もっと地中深くから響いてくるような感覚。
大型の動物でも近くを歩いているのか、それとも……。
まだはっきりとは分からないが、以前は感じなかった感覚であることは確かだった。
「遠くの振動を探知できる……なんてこと、あるわけないか」
また、シルフィさんに教えてもらって畑の隅で育てている薬草。
これも、スキルで手入れをしているうちに、以前よりも香りが強くなり、葉の色つやも格段に良くなっている気がするのだ。
「もしかして、薬効も上がってたりするんだろうか……? 特定の成分を多く含むように、無意識に育て方を調整してる……とか?」
そんなことが可能なら、すごいことだ。
ただ、これも確証はない。
俺の思い込みかもしれない。
さらに、土壌分析の精度も、以前より上がっている気がする。
以前は「栄養が豊富だ」とか「水はけが悪い」とか、大まかな情報だったのが、最近では、土の中にいるであろう微生物の種類や、その活動の活発さまで、なんとなく感じ取れるようになってきたのだ。
(この区画は、もう少し窒素を好む微生物を増やした方がいいな……そのためには、あの堆肥をもう少し……)
まるで、土の中の生態系と対話しているかのような感覚。
これにより、より最適な土壌環境を作り出すことが可能になり、作物のさらなる生育向上に繋がっているのかもしれない。
「【土いじり】……本当に、奥が深いスキルだな」
俺は改めて、自分に与えられたスキルの地味ながらも奥深い能力に、驚きと、少しばかりの畏敬の念を感じていた。
それは、派手な魔法や剣技とは全く違う。
しかし、生命を育み、大地と繋がり、その声を聞く力。
もしかしたら、このスキルには、俺がまだ気づいていない、とんでもない可能性が秘められているのかもしれない。
「なんて、考えすぎか」
俺はすぐに、いつもの自己否定で思考を打ち消す。
俺なんかに、そんなすごい力が扱えるはずがない。
きっと、これも気のせいか、たまたまだろう。
それでも、スキルがもたらす微かな変化の兆しは、俺の心に小さな波紋を投げかけていた。
この力が、これから先の未来で、どんな意味を持つことになるのか。
今はまだ、想像もつかない。
俺は、足元の土の温もりを感じながら、再び鍬を手に取った。
スキル【土いじり】の新たな可能性。
それは、まだ霧の中に隠された、小さな希望の光のようにも思えた。
秋の空の下、俺は黙々と、大地と向き合い続ける。
それが、今の俺にできる、唯一のことなのだから。
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