第17話 畑の小さな訪問者たち
シルフィさん特製の不思議な料理をいただいた翌日。
俺はいつも通り、畑に出て作業をしていた。
秋晴れの空の下、空気は澄んでいて気持ちがいい。
最近、俺の畑ではちょっとした変化が起きていた。
それは、小さな訪問者たちが、やたらと増えたことだ。
畑が豊かになり、色々な作物が育っているせいもあるのだろう。
あるいは、スキル【土いじり】の影響で、この場所の空気が綺麗になっているからなのかもしれない。
理由は定かではないが、とにかく、様々な小動物たちが俺の畑に集まってくるようになったのだ。
色とりどりの羽を持つ小鳥たちが、畑の杭にとまってさえずっている。
警戒心の強いはずのリスが、畑の隅で木の実をかじっていたり、時には俺のすぐ近くまで寄ってきて、好奇心旺盛な目でこちらを見ていたりする。
野菜の葉っぱには、テントウムシのような益虫がたくさんいて、アブラムシなどを食べてくれているようだ。
時には、見たこともないような、ふわふわした毛玉みたいな小動物が、畑を横切っていくこともある。
「なんだか、動物園みたいになってきたな」
現代日本では、こんなにたくさんの種類の動物たちを間近で見る機会なんて、そうそうなかった。
彼らは、不思議と俺の畑の作物を荒らすようなことはしない。
ただ、この場所が心地よいとでもいうように、思い思いに過ごしているのだ。
俺は、畑仕事の合間に、そんな小さな訪問者たちを眺めるのが好きになっていた。
彼らの無邪気な姿を見ていると、心が和む。
時々、野菜の切れ端なんかを地面に置いてやると、リスや小鳥たちが嬉しそうにそれを啄む。
そんなささやかな交流も、俺にとっては大きな癒やしだった。
特に、シルフィさんが畑にいる時は、動物たちはさらに大胆になるようだった。
彼女が静かに座っていると、小鳥がその肩にとまったり、リスが膝の上に乗ってきたりする。
まるで、彼女が森の主であるかのように、動物たちは彼女を信頼しきっているのだ。
「(シルフィさんがいると、動物たちも安心するんだろうな)」
その光景は、見ていて飽きなかった。
リリアさんや村の子供たちが畑に遊びに来た時も、この小さな訪問者たちは人気者だった。
「わぁ! 見て、鳥さんがいっぱい!」
「リスさんだ! 可愛い!」
「コースケさんの畑はすごいね! 動物さんたちも集まってくるんだもん!」
子供たちは大喜びだし、リリアさんも目を細めて微笑んでいる。
「本当に、コースケさんの畑は特別な場所みたいですね。空気が澄んでいて、なんだか落ち着きます」
「そ、そうですか? 俺にはよく分かりませんけど……」
俺は照れ隠しに頭を掻く。
スキルが生み出す清浄な気、というのは本当にあるのかもしれない。
俺自身にはあまり実感がないけれど。
ただ、この畑が、単に野菜を作るだけの場所ではなく、様々な生命が集い、安らげるような、特別な空間になりつつあるのだとしたら。
それは、なんだかとても素敵なことのような気がした。
異世界に来て、辛いことや不安なこともたくさんあった。
でも、こうして豊かな畑を作り、小さな命たちと触れ合い、村の人たちとの繋がりもできて……。
俺は、この異世界での生活の中に、確かにささやかな幸せと、穏やかな時間を見出し始めていた。
畑に集まる小さな訪問者たち。
彼らの存在は、自己肯定感の低い俺の心を、少しずつ、だが確実に、温めてくれているようだった。
この平和な光景が、いつまでも続けばいい。
秋の柔らかな日差しの中で、俺は心からそう願っていた。
*****
畑に小動物たちが集う、平和で穏やかな日々。
そんな日常の中に、定期的に刺激(と少しの波乱)をもたらしてくれるのが、行商人のセーラさんだ。
彼女は今日も、約束通り(?)に荷馬車でやってきた。
「やあ、コースケさん。お待たせ!」
セーラさんはにこやかに言うと、荷馬車の荷台からいくつかの荷物を降ろし始めた。
それは、前回俺が報酬として希望した「物資」だった。
「わあ……!」
俺は思わず声を上げた。
そこには、ゴードンさんが欲しがっていた、硬くて軽い特殊な金属の塊(ドワーフの鍛冶に必要なものらしい)、村で不足しているという薬草を乾燥させたもの、そして俺自身のために、丈夫そうな作業着や、少し質の良い毛布などが並べられていた。
「すごい……! こんなにたくさん! ありがとうございます、セーラさん!」
「ふふ、どういたしまして。あなたの野菜の対価としては、これでも安いくらいよ」
セーラさんは得意げに胸を張る。
彼女の交渉術と目利きは大したものだ。
「さ、それじゃあ、今回も仕入れさせてもらうわね」
セーラさんは手早く、俺が収穫して用意しておいた野菜……トマト、トウモロコシ、ナス、そして最近採れ始めた異世界カボチャ(仮)などを、慣れた手つきで荷馬車に積み込んでいく。
その作業の合間に、彼女は町での野菜の売れ行きについて、具体的な報告をしてくれた。
「あなたのトマト、相変わらず大人気よ。特に貴族街の高級料理店からは、『もっと量を確保してくれ』って毎日催促されてるわ」
「へえ……そんなに……」
「トウモロコシもね、甘くて珍しいって評判で。子供がいる裕福な家庭からの注文が多いわね」
「そうですか……」
「あと、面白いのがこのカボチャね。町の貴婦人たちの間で、『食べると肌の調子が良くなる』なんて噂が広まってるらしいのよ。美容にいいって」
「び、美容!? このカボチャが!?」
俺は驚いて聞き返す。
そういえば、現代知識だと、カボチャにはビタミンとかカロテンが豊富に含まれていて、肌に良いとは言うけれど……。
「(まさか、この異世界カボチャにも同じような成分が……? だとしたら、それをアピールポイントにすれば、もっと高く売れるんじゃ……? いやいや、俺がそんなこと考える必要ないか……)」
つい、元営業マンの思考が働いてしまう。
市場のニーズ、商品の付加価値……。
そういうことを、無意識のうちに分析し始めている自分に気づき、慌てて思考を打ち消す。
しかし、セーラさんは俺のそんな内心の動きを見逃さなかったようだ。
彼女は荷積みの手を止め、ニヤリと笑って俺を見た。
「あらあら、コースケさん。今、何か面白いこと考えてたでしょう?」
「えっ!? い、いえ、何も!」
「隠さなくていいのに。あなた、時々すごく鋭い顔をするものね。普通の農夫がしないような顔を」
「そ、そんなことないですよ!」
「ふーん……まあ、いいわ。とにかく、あなたの野菜は、まだまだ価値が上がる可能性を秘めてるってことよ。今後の作付け計画とかも、少しは考えた方がいいんじゃないかしら?」
セーラさんは、まるで俺の心を見透かしたように言う。
「(作付け計画……確かに、トマトがそんなに人気なら、来年はもっと作付面積を増やした方が効率はいいかもしれない。でも、連作障害のリスクもあるし、他の野菜とのバランスも考えないと……)」
またしても、俺の頭の中は勝手に回り始める。
畑のローテーション、土壌への負担、市場の需要と供給のバランス……。
「……」
俺が黙り込んで考え事をしていると、セーラさんは満足そうに頷いた。
「やっぱりね。あなたはただ野菜を作ってるだけじゃない。ちゃんと、その先のことまで考えてるのよ。無自覚かもしれないけど」
「……」
反論できない。
図星だったからだ。
「ますます面白くなってきたわ、コースケさん。あなたと組めば、もっと大きな商売ができそうね」
セーラさんは、楽しそうに笑いながら、仕入れの済んだ荷馬車に乗り込んだ。
「じゃあ、また来るわね! 次はどんな面白い話が聞けるか、楽しみにしてるわ!」
そう言い残して、彼女は颯爽と去っていった。
残された俺は、セーラさんが置いていった物資の山と、彼女が投げかけていった言葉の数々を前に、複雑な気持ちで立ち尽くすしかなかった。
市場のニーズ? 作付け計画?
俺はただ、畑を耕して、静かに暮らしたいだけなのに……。
それでも、自分の知識や経験が、この異世界で何かの役に立つのかもしれない、という思いも、否定しきれなくなってきている。
セーラさんとのこの奇妙なビジネス関係は、俺をどこへ連れて行こうとしているのだろうか。
今はまだ、その答えを知る由もなかった。