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第16話 ゴードンの飽くなき探求心

 バルガスさんからのありがたい(しかし、俺には重すぎる)励ましを受けた数日後。

 今度は、別の方向から熱い(暑苦しい?)視線を感じることになった。

 もちろん、ドワーフの鍛冶屋、ゴードンさんだ。

 彼は、新しい農具の試作品(今回は種まき機の改良版)を手に、わざわざ俺の畑までやってきた。


「よう、コースケ! 見ろ! こいつの調子はどうだ!?」


 ゴードンさんは、まるで自分の子供を自慢するように、改良された種まき機を俺に見せる。

 前回指摘した問題点が、見事に改善されていた。


「すごい! ゴードンさん、完璧じゃないですか!」

「ふん! 当たり前だ! だがな、コースケ……」


 ゴードンさんは、そこでニヤリと笑った。

 嫌な予感がする……。


「この程度の道具じゃ、もう俺のドワーフ魂は満足できん! もっとこう……ガツンとくるような、常識を覆すような、面白い道具のアイデアはねぇのか!?」


 やっぱり!

 この人は、一度火がつくと止まらないタイプらしい。

 改良鍬や鋤、種まき機だけでは、彼の飽くなき探求心は満たされなかったようだ。


「も、もっと面白い道具、ですか……?」


 俺は困惑しながらも、頭の中で現代の便利な農具を検索する。

 この世界の技術レベルで再現可能かは分からないが、アイデアだけなら……。


「ええと……例えば、芋掘りとか、根菜の収穫をもっと楽にする道具とか……?」


 俺は、地面に簡単なスケッチを描きながら説明する。

 土を掘り起こしながら、芋だけを効率よく拾い上げるような機構のイメージだ。


「ほう……芋掘り機か! なるほど、テコの原理とふるいのようなものを組み合わせれば……面白い!」


 ゴードンさんの目が輝く。


「あとは、除草作業を楽にする道具とか……? こう、車輪がついてて、押して歩くだけで雑草を刈り取れるような……」

「除草機だと!? 車輪で!? なんだそりゃ、聞いたこともねぇぞ!」

「それから、水の運搬とか、畑への水撒きをもっと楽にする仕組みとか……例えば、手で回すだけで水を汲み上げられるポンプとか、あるいは、水を広範囲に霧状に撒ける道具とか……」

「ポンプ!? スプリンクラー!? なんだその呪文みてぇな名前は!?」


 ゴードンさんは、俺が次々と繰り出す(現代では当たり前だが、この世界では突拍子もないであろう)アイデアに、目を白黒させながらも、興奮を隠せない様子だ。


「くぅぅ……! 面白すぎるだろうが、お前の考えることは!」


 彼は頭を抱えながらも、その顔は満面の笑みだ。

 ドワーフの職人魂が、未知の技術への挑戦に燃え上がっているのが分かる。


「よし! やってやる! その芋掘り機とやらも、除草機とやらも、全部この俺が作ってやるぞ!」

「ええっ!? 全部ですか!?」

「おう! まずは、構造が比較的単純そうな、その……ポンプとやらから試してみるか!」


 それからというもの、ゴードンさんとの間で、より専門的な(?)議論が交わされるようになった。


「このポンプの仕組みだと、水漏れを防ぐのが難しいな……」

「この素材を使えば、強度と軽さを両立できるかもしれん」

「いや、それだとコストがかかりすぎる。もっと単純な構造で……」


 俺は現代知識を元に意見を言い、ゴードンさんはドワーフとしての経験と技術でそれに反論したり、新たな解決策を提案したりする。

 畑仕事の合間に工房を訪れては、そんなやり取りを繰り返す。

 それは、まるで現代で製品開発の打ち合わせをしているような、奇妙で、それでいて刺激的な時間だった。


「(まさか、異世界でドワーフと、こんなに熱く語り合うことになるとはな……)」


 俺のアイデアと、ゴードンさんの職人技。

 この二つが組み合わさることで、サルーテ村の農業技術は、俺のあずかり知らぬところで、とんでもないスピードで進歩していくのかもしれない。

 それがどんな結果をもたらすのかは分からない。

 ただ、今は、この頑固で愉快なドワーフとの共同作業(?)を、少し楽しんでいる自分がいることも確かだった。

 ゴードンさんの工房から響く槌の音は、今日も村に力強く鳴り響いていた。


 *****


 ゴードンさんとの農具開発が新たな段階に進み、畑仕事もますます効率化されてきた今日この頃。

 秋もいよいよ深まり、朝晩の空気はひんやりと澄んでいる。


 そんなある日の昼過ぎ、畑仕事に一区切りつけて小屋で休憩していると、珍しくシルフィさんの方から俺に近づいてきた。

 彼女の手には、木の葉で作ったような粗末な器が乗せられている。

 器の中には、見たこともない、淡い緑色をしたペースト状の……料理?のようなものが入っていた。


「あの、シルフィさん? それは……?」


 俺が尋ねると、シルフィさんは無言でその器を俺の前に差し出した。

 かすかに、森の植物のような、爽やかで独特な香りが漂ってくる。


「……」


 シルフィさんは何も言わない。

 ただ、じっと俺を見ている。

 これは、もしかして……俺に食べろということだろうか?


「え、えっと……これを、俺に?」


 俺がおそるおそる聞くと、シルフィさんは小さく、こくりと頷いた。


「(えええ……エルフの手料理!?)」


 内心、めちゃくちゃ驚く。

 彼女が料理をする姿なんて、見たこともなかった。

 というか、普段何を食べて生きているのかすら謎だ。


「い、いいんですか? わざわざ俺のために……」

「……森の、恵みだ」


 ぽつりと、シルフィさんが呟いた。

 そして、小さな木の匙(これも自作だろうか?)を器に添える。


「(森の恵み……ってことは、食べられるものだよな? 毒とかじゃないよな……?)」


 若干の不安を感じつつも、彼女の真剣な(ように見える)眼差しを前に、断ることはできなかった。

 それに、これが彼女なりの何かの表現……例えば、いつも畑仕事を手伝ってもらっていることへの「お礼」なのかもしれない、とも思ったのだ。


「あ、ありがとうございます。いただきます」


 俺は意を決して、木の匙で緑色のペーストをすくい、恐る恐る口に運んだ。

 口に入れた瞬間、爽やかな森の香りが鼻に抜け、舌の上には複雑な味が広がった。

 甘いような、少し苦いような、それでいて滋養がありそうな、不思議な味だ。

 決して不味くはない。むしろ、体に良さそうな、優しい味がする。


「……美味しいです。なんだか、元気が出るような味がしますね」


 俺が正直な感想を述べると、シルフィさんの表情が、ほんのわずかに和らいだように見えた。

 気のせいかもしれないが。


「……そうか」


 彼女は短く答えると、また少しだけ、何か言いたそうに口ごもった後、結局何も言わずに踵を返し、小屋の隅で静かに座ってしまった。


 俺は、残りのペースト状の料理をゆっくりと味わいながら、シルフィさんのことを考える。

 彼女は、一体どういうつもりで、これを俺にくれたのだろうか。

 やっぱり、森で助けたことへの「借り」を返そうとしているのだろうか。

 それとも、何か別の意味が……?


「(いや、考えすぎか……)」


 俺はまた、自分の都合のいい(悪い?)解釈に走りそうになるのをやめた。

 彼女の真意は分からない。

 それでも、彼女が俺のために、わざわざこれを用意してくれた。

 その事実だけで、十分じゃないか。


 エルフの料理(?)。

 それは、俺にとって初めての異文化体験であり、謎めいた隣人であるシルフィさんの、不器用な優しさに触れたような、そんな出来事だった。

 言葉は少なくとも、俺たちの間には、確かに何かが通い始めている。

 そんな予感を、俺はこの不思議な味の料理とともに、ゆっくりと噛みしめていた。

 彼女の存在が、俺の中で少しずつ大きくなっていくのを感じながら。


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