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第14話 セーラの流通網と、村の外への第一歩

 リリアさんの世話焼きに恐縮しつつも、穏やかな畑仕事の日々が続いていたある日。

 例の如く、行商人のセーラさんが荷馬車でやってきた。

 今日の彼女は、いつも以上に自信満々というか、何か大きな成果を上げてきたような、輝くような笑顔を浮かべている。


「コースケさん! 大変よ! あなたの野菜、とんでもないことになってるわ!」


 開口一番、セーラさんは興奮した様子でまくし立てた。


「と、とんでもないこと、ですか?」

「そうよ! 私が試しに近隣の町で売ってみたら、もう大変! 特にあなたのトマトとトウモロコシ!」


 セーラさんは身振り手振りを交えて説明する。


「町の料理店や、裕福な商人、果ては領主様のお屋敷にだって納めてる貴族御用達の商人まで! みんな、あなたの野菜の美味さと珍しさに夢中よ! 今じゃ、私のところに注文が殺到して、奪い合いになってるんだから!」

「えええ!? そ、そんなに人気なんですか!?」


 俺は自分の耳を疑った。

 俺が畑で育てている、あの野菜が?

 町で、貴族まで?

 にわかには信じられない話だ。


「当たり前でしょ! これだけの品質なんだから。あなたは自分の作ったものの価値を、もっと知るべきよ」


 セーラさんは呆れたように言いながらも、どこか嬉しそうだ。

 そして、荷馬車から一つのずっしりとした革袋を取り出した。


「というわけで、これが今回の売上の一部。あなたの取り分よ」


 革袋の中からは、チャリン、と硬貨がぶつかる音が聞こえる。

 かなりの額が入っているようだ。


「い、いやいやいや! 受け取れませんよ、そんな大金!」


 俺は慌てて手を振って拒否する。

 自分の野菜がそんな価値を生み出すなんて、やっぱり実感がない。

 それに、お金をもらっても、この村でどう使えばいいのか……。


「何言ってるのよ。これはあなたが育てた野菜の、正当な対価よ。遠慮することないわ」

「で、でも……!」

「それにね、コースケさん。あなたはもう少し、商売人としての自覚を持つべきよ。あなたには、それだけの価値を生み出す力があるんだから」


 セーラさんは、いつになく真剣な表情で俺を見つめて言った。

 その言葉には、からかいの色はない。


「うっ……」


 俺は言葉に詰まる。

 彼女の言う通りなのかもしれない。

 俺がどう思っていようと、現実に俺の野菜は村の外で高く評価され、流通し始めているのだ。

 それはもう、俺一人の問題ではなくなっているのかもしれない。


「……分かりました。で、ですが、こんな大金はやっぱり……。もしよろしければ、お金ではなく、何か品物……例えば、新しい農具の材料になるような金属とか、あるいは、村で不足しているような物資と交換、という形ではダメでしょうか?」


 俺がそう提案すると、セーラさんは一瞬きょとんとした後、またクスクスと笑い出した。


「ふふ、やっぱりあなたは面白いわね。分かったわ、そういうことなら、私が見繕ってきてあげる。お金より、そっちの方があなたらしいわね」

「ありがとうございます!」


 結局、お金の受け取りは回避できた(?)が、セーラさんとの間に、より強固なビジネス的な繋がりが生まれてしまったのは間違いない。

 彼女が構築した流通網によって、俺の野菜は、俺の知らないところで、どんどん外の世界へと広まっていくのだろう。


 それは、少し誇らしいような気もするけれど、同時に大きな不安も感じる。

 目立てば、それだけ面倒なことも増えるはずだ。

 貴族とか、役人とか、そういう人たちが関わってくるようになったら、俺なんかに対応できるんだろうか……。


「(……まあ、なるようにしかならないか)」


 俺はため息をつきながらも、セーラさんが次の訪問でどんな「品物」を持ってきてくれるのか、少しだけ楽しみにしている自分もいることに気づいた。

 俺の意図とは裏腹に、事態はどんどん大きくなっていく。

 この異世界での生活は、本当に、一筋縄ではいかないようだ。


 *****


 セーラさんが俺の野菜を村の外で売りさばき(?)、その評判が広まっているらしいこと。

 村の若者たちが俺の知識(?)を元に畑の改良に取り組み始めたこと。

 なんだか、俺の周りは日に日に騒がしくなってきている気がする。


 そんな喧騒の中でも、変わらない存在が一つあった。

 エルフのシルフィさんだ。


 彼女は、あの日森で出会ってから、ずっと俺の畑のそばにいる。

 小屋で寝泊まりし、日中は、俺が畑仕事をしていると、どこからともなく現れて、黙って手伝ってくれるのだ。

 相変わらず口数は極端に少ないし、自分のことは何も語らない。

 それでも、彼女がそばにいると、不思議と心が落ち着くのを感じていた。


 シルフィさんは、俺の畑の持つ特別な空気を、誰よりも敏感に感じ取っているようだった。

 作業の合間に、畑の隅にある大きな石の上に静かに座り、目を閉じて瞑想しているような姿を時々見かける。

 その時の彼女は、まるで森の一部がそこに溶け込んでいるかのように、穏やかで、満ち足りた表情をしていた。


「(この畑、そんなに居心地いいのかな……)」


 俺のスキルが生み出す、清浄な気が彼女を引きつけているのかもしれない。

 彼女自身も、自然との深いつながりを持つ存在なのだろう。

 畑にやってくる小鳥や蝶、虫たちに対しても、彼女は決して危害を加えず、ただ優しく見守っている。

 まるで、彼らと対話でもしているかのように。


 そんな彼女は、時々、俺の畑仕事に驚くほど的確なアドバイスをくれることがあった。


「その作物は、日当たりよりも、月の光を好む」

「え? 月の光、ですか?」


 俺が新しく育て始めた異世界の葉物野菜について、彼女はそう呟いた。

 半信半疑だったが、試しに夜間に少しだけ覆いを外してみると、確かに翌朝、葉の色つやが良くなった気がする。


 またある時は、特定の虫が畑に増え始めた時に、


「その虫は、この草の匂いを嫌う。畑の周りに植えるといい」


 と、森で採ってきたらしい独特の香りを持つ草を差し出してくれた。

 言われた通りに植えてみると、本当にその虫の姿を見かけなくなったのだ。


「(すごいな……どうしてそんなことが分かるんだろう……)」


 俺のスキルが土と植物の状態を「分析」するのに対し、シルフィさんの知識は、もっと大きな自然の法則や、精霊のような存在との「調和」に基づいているのかもしれない。

 彼女の言葉はいつも短く、説明はほとんどない。

 それでも、その言葉には不思議な説得力があり、実際に役立つことが多いのだ。

 俺は、彼女への信頼感を日増しに深めていった。


 しかし、同時に、彼女の謎も深まるばかりだった。

 時折、遠くの空を見つめて、ふっと寂しそうな、あるいは何かを警戒するような表情を見せることがある。

 俺が声をかけると、すぐにいつもの無表情に戻ってしまうのだが。


「(やっぱり、何かから隠れているんだろうか……? それとも、故郷を想っているのか……?)」


 彼女の過去に何があったのか、俺には知る由もない。

 ただ、この穏やかで美しいエルフが、何らかの理由で安住の地を求めているのだろうということだけは、漠然と感じていた。


 騒がしくなりつつある俺の日常の中で、シルフィさんの静かな存在は、まるで清涼剤のようだった。

 言葉は少なくても、彼女がそばにいてくれるだけで、俺は不思議と安心感を覚える。

 この奇妙な関係が、いつまで続くのかは分からない。

 それでも、今はただ、この静かで穏やかな繋がりを大切にしたい。

 俺は、黙々と畑の手入れをするシルフィさんの隣で、そんなことを考えていた。

 秋の風が、俺たちの間を静かに吹き抜けていった。

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