第13話 ゴードンの挑戦とドワーフの祭り
バルガスさんに妙な期待(?)をかけられてから数日。
俺はいつも通り、畑とゴードンさんの工房を行き来する日々を送っていた。
ゴードンさんは、俺が持ち込む新しい農具のアイデアに夢中で、工房の炉には常に火が入っている状態だ。
改良鍬、改良鋤に続いて、最近では種まきを楽にする道具の試作品に取り組んでいるらしい。
「よう、コースケ! いいところに来た!」
その日、工房を訪れると、ゴードンさんが興奮した様子で手招きをした。
彼の隣には、何やら複雑な形状をした金属製の箱のようなものが置かれている。
「見ろ! あんたが言ってた『種まき機』の試作品だ! これで、一定間隔で種を落とせるはずなんだが……まだ調整が必要でな!」
「おお! すごいですね!」
現代の播種機を簡略化したようなアイデアを伝えたのだが、まさか本当に形にしてしまうとは。
ドワーフの技術力、恐るべしだ。
俺が試作品を興味深く眺めていると、工房の奥から、ゴードンさんと同じくらいの背丈だが、少しふくよかなドワーフの女性が顔を出した。
ゴードンさんの奥さんだろうか。
彼女は、仁王立ちになって、呆れたようにゴードンさんを睨みつけている。
「あんた! またそんなガラクタ(?)みたいなもんばっかり作って! 村の衆から頼まれてた鍋の修理はどうしたんだい!?」
「うぐっ……! る、ルンエルダ、これはガラクタじゃない! 村の農業に革命を起こす画期的な道具なんだ!」
「ふん! そんなことより、明日の『炉祭り』の準備はできてるんだろうね!?」
「ろ、炉祭り……? ああ、そういえば明日だったか……」
ゴードンさんが急にしどろもどろになっている。
どうやら、奥さんには頭が上がらないらしい。
「炉祭り?」
俺が聞き返すと、奥さんのルンエルダさんが、少し表情を和らげて説明してくれた。
「ああ、あんたがコースケさんかい? ゴードンがいつも世話になってるねぇ」
「い、いえ、こちらこそ……」
「炉祭りってのはね、年に一度、鍛冶の神様に感謝して、工房の炉の火を新しくする、ドワーフの小さなお祭りさね。まあ、うちの亭主にとっては、ただの酒飲みの口実みたいなもんだけど」
ルンエルダさんはそう言って、ゴードンさんをちらりと睨む。
ゴードンさんはバツが悪そうに顔を逸らした。
「へぇ、そんなお祭りがあるんですね」
異世界の文化に触れるのは興味深い。
「おう、コースケ! あんたも来るか? 炉祭り!」
ゴードンさんが、話を逸らすように俺を誘ってきた。
「美味いエールと、わしの特製燻製肉を腹一杯食わせてやるぞ!」
「えっ!? 俺なんかが参加してもいいんですか?」
「構わん構わん! あんたは、わしの新しい相棒みたいなもんだからな! なあ、ルンエルダ!」
「ふん、相棒ねぇ……。まあ、あんたが亭主の変な発明に付き合ってくれてるおかげで、少しは鍛冶以外のことも考えるようになったみたいだし、感謝はしてるよ。遠慮なく来るといいさ」
ルンエルダさんも、まんざらではないようだ。
なんだかんだで、仲の良い夫婦なのかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
というわけで、俺は翌日、ドワーフの「炉祭り」に参加させてもらうことになった。
祭りは、ゴードンさんの工房の前の広場で行われ、他の村人たちも集まってきて、思った以上に賑やかだった。
ゴードンさんは、厳かな(?)儀式で炉の火を新しくした後、すぐに他のドワーフ仲間(この村には数人のドワーフが住んでいるらしい)とエールを酌み交わし、陽気な歌を歌い始めた。
ルンエルダさんや他の奥さんたちが、手際よく料理を振る舞っている。
ドワーフの料理は、豪快で、味が濃くて、酒によく合った。
俺は、人混みと賑やかさに少し戸惑いながらも、隅の方でエールと燻製肉をちびちびと楽しんだ。
時折、ゴードンさんに絡まれたり、他の村人たちに声をかけられたりしながら。
「(異世界にも、こういうお祭りがあるんだな……)」
賑やかな宴を眺めながら、俺は少しずつ、このサルーテ村という場所に、そして異世界の文化に馴染んでいっているのを感じていた。
頑固だけど憎めないドワーフの鍛冶屋との出会いが、俺の世界をまた少し広げてくれたようだ。
祭りの熱気が冷めやらぬ中、ゴードンさんはすでに次の農具のアイデアについて、酔っ払いながら熱く語り始めている。
俺は苦笑しながら、その話に適当に相槌を打つのだった。
穏やかで、少し騒がしくて、でも悪くない。
そんな異世界の日常が、そこにはあった。
*****
ゴードンさん主催(?)の賑やかな炉祭りも終わり、サルーテ村にはまた穏やかな日常が戻ってきた。
俺もいつも通り、畑での作業に精を出す。
秋晴れの空の下、改良農具で土を耕し、育ち盛りの秋野菜たちの世話をするのは、なかなかに心地よいものだ。
そんな俺の元へ、今日も元気にやってくるのは、もちろんリリアさんだ。
最近の彼女は、以前にも増して表情が明るい気がする。
「コースケさん、こんにちは!」
「やあ、リリアさん。今日も元気そうだね」
「はい! あのね、コースケさん! この前教えてもらったコンパニオンプランツ、うちの畑でもやってみたら、なんだか虫が減った気がするんです!」
「へぇ、それは良かった」
「それに、液肥? も作ってみて、少しずつ撒いてるんですけど、野菜の葉っぱの色が前より濃くなってきたみたいで!」
リリアさんは、自分の家の畑での成果を嬉しそうに報告してくれる。
俺の拙いアドバイスが、少しでも彼女の役に立ったのなら、それは素直に嬉しい。
「そうですか。リリアさんが頑張ってるからですよ」
「ううん! コースケさんが教えてくれたおかげです! 本当にありがとうございます!」
彼女は満面の笑みで、深々と頭を下げた。
そんな彼女の感謝の気持ちは、日々の差し入れや、畑仕事への手伝いの申し出という形で、さらにエスカレートしていくことになる。
「コースケさん、今日のお昼はこれ! 新しく焼いたパンと、干し肉を入れたスープです!」
「コースケさん、その作業、私も手伝います!」
「コースケさん、少し寒くなってきたから、これ使ってください!」(手編みっぽい、少し不格好なマフラーを差し出してきたり)
彼女の献身ぶりは、正直、少し過剰なくらいだ。
俺は相変わらず、「申し訳ない」「そこまでしてもらっては……」と恐縮しきりなのだが、リリアさんは「いいんです!」と笑顔で押し切ってしまう。
「本当に、親切な子だよなぁ……」
俺は、彼女の優しさに感謝しながらも、その理由を測りかねていた。
畑のことを教えてあげたお礼、というだけでは説明がつかない気がする。
でも、それ以上の理由は、やっぱり思いつかない。
時々、俺が畑で作業している様子を、リリアさんがじっと見つめていることがある。
例えば、畑に迷い込んできた小さなウサギを、俺が優しく捕まえて森へ逃がしてやった時とか。
例えば、村の子供たちが畑に遊びに来て、俺が収穫したての甘いトウモロコシを分けてあげた時とか。
そんな時、彼女はなんだか、とても優しい、慈しむような目をして、頬をほんのり赤らめている気がするのだが……。
「(……いや、気のせいか。夕日のせいかな?)」
俺は自分の都合の良い勘違いだろうと、すぐに打ち消してしまう。
俺なんかのどこに、そんな風に見つめられる要素があるというのか。
リリアさんは、きっと、俺のことを年の離れた兄か、あるいは頼りになる(?)近所のおじさんくらいにしか思っていないはずだ。
そうに違いない。
「(本当に、妹がいたらこんな感じなのかなぁ……)」
俺は、彼女の健気な世話焼きを、そんな風にしか解釈できなかった。
彼女が、その親切な行動の裏に、淡い恋心のようなものを隠しているなんて、夢にも思わない。
一方のリリアさんは、俺のその鉄壁の鈍感さに、内心やきもきしているのかもしれない。
時折、何か言いたそうに口を開きかけては、結局何も言えずに俯いてしまうことがある。
その度に俺は「どうかしたの?」と尋ねるのだが、彼女は「ううん、なんでもないです!」と首を振るばかりだ。
俺の鈍感さと、リリアさんの一途な想い。
二人の関係は、どこまでも平行線のまま、秋の日々は過ぎていくのだった。