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第12話 シルフィと森の秘密と元騎士団長

 セーラさんに妙な勘繰りをされてから、俺は少しだけ自分の言動に気をつけるようになった。

 まあ、すぐにボロが出そうな気もするが……。


 そんなある日、俺は畑に使うあるものを探して、森に入ることにした。

 それは、特定の種類のキノコで、土壌改良に使うと微生物の働きが活発になる、とどこかで読んだ(現代の知識だ)のを思い出したからだ。

 ただ、そのキノコがこの異世界の森にあるのか、どこに生えているのか、俺には見当もつかない。


「(困ったな……誰か森に詳しい人に聞ければいいんだけど……)」


 そう考えていた時、ふと、いつも黙々と畑仕事を手伝ってくれているシルフィさんの顔が浮かんだ。

 彼女なら、森のことについて何か知っているかもしれない。


「あの、シルフィさん」


 俺が声をかけると、シルフィさんはいつものように静かにこちらを見た。


「森に詳しいですか? 実は、探しているキノコがあって……」


 俺がキノコの特徴を説明すると、シルフィさんは少しだけ考え込むような仕草を見せた。


「……心当たり、ある」

「本当ですか!?」

「……案内、する」


 意外にも、シルフィさんはあっさりと案内役を買って出てくれた。

 少し驚いたが、ありがたい申し出だ。

 俺は彼女に礼を言い、二人で森の奥へと足を踏み入れた。


 シルフィさんの後について森を歩くのは、不思議な感覚だった。

 彼女はほとんど音を立てずに、まるで森の一部であるかのように滑らかに進んでいく。

 そして、普段は近寄りがたい雰囲気のある彼女が、森の中ではどこか生き生きとしているように見えるのだ。


「(やっぱり、エルフなんだな……)」


 森の奥深くへ進むにつれて、その感覚はさらに強くなった。

 小鳥たちが、彼女の肩や手に止まり木のようにとまったり、警戒心の強いはずのリスが、彼女の足元に駆け寄ってきたりする。

 シルフィさんは、そんな動物たちに優しく微笑みかけ、時には何か囁くように言葉を交わしているようにも見えた。


「……!」


 俺はその光景に、ただただ驚くばかりだった。

 まるで、おとぎ話の世界に迷い込んだようだ。


 さらに奥へ進むと、木々が鬱蒼と茂り、昼間でも少し薄暗い場所にたどり着いた。

 そこで、シルフィさんはふと足を止め、静かに目を閉じた。

 彼女の周りの空気が、わずかに揺らめいたような気がした。

 風が木々の葉を揺らし、木漏れ日がキラキラと降り注ぐ。

 俺には具体的に何が起きているのか分からない。

 でも、彼女が今、この森の、あるいはもっと大きな何か……精霊のような存在と、心を通わせているのではないか、と感じられた。


 しばらくして、シルフィさんはゆっくりと目を開け、俺の方を振り返った。

 その表情は、いつもの無表情とは違い、どこか遠くを見ているような、神秘的な雰囲気を纏っていた。


「……こっちだ」


 彼女が指さす方を見ると、古木の根元に、俺が探していた特徴とよく似たキノコが群生しているのが見えた。


「あ! ありました! これです! ありがとうございます、シルフィさん!」


 俺は喜び勇んでキノコを採取する。

 これで、また畑の土壌改良が進むだろう。


 帰り道、俺はシルフィさんに尋ねてみた。


「シルフィさんは、どうしてこの村の近くに? エルフの里とか、そういう場所があるんじゃないんですか?」


 それは、ずっと疑問に思っていたことだった。

 彼女ほどの存在が、なぜこんな辺境の森に一人で隠れ住んでいるのだろうか、と。


 俺の質問に、シルフィさんの表情が、ほんの少しだけ曇ったように見えた。


「……故郷は、遠い」


 彼女はそれだけ言うと、また口を閉ざしてしまった。

 その短い言葉と、一瞬見せた翳りのある表情から、俺は彼女が何か複雑な事情を抱えていることを漠然と感じ取った。

 故郷を離れざるを得なかった理由があるのかもしれない。

 あるいは、誰かから追われているとか……?


「(……詮索するのはやめておこう)」


 俺はそれ以上、何も聞かなかった。

 彼女が話したくないのなら、無理に聞くべきではないだろう。


 今日の出来事を通して、俺はシルフィさんの持つ神秘的な力と、彼女が抱えるであろう「秘密」の一端に触れた気がした。

 彼女は、俺が思っている以上に、特別な存在なのだ。

 そして、そんな彼女が、なぜか俺の畑を手伝ってくれている。


 その理由は何なのか。

 俺と彼女の関係は、これからどうなっていくのか。

 深まる謎とともに、彼女への理解(と少しの心配)が、俺の中で静かに大きくなっていくのを感じていた。

 森を抜けると、秋の陽光が俺たちを優しく照らしていた。


*****


 シルフィさんと森へ行ってから数日後、俺が畑で秋野菜の手入れをしていると、見慣れた人影がゆっくりと近づいてきた。

 元騎士団長のバルガスさんだ。

 彼は時々こうして、散歩がてらなのか、俺の畑の様子を見に来ることがある。


「よう、コースケ。精が出るな」

「あ、バルガスさん。こんにちは」


 俺は作業の手を止め、挨拶をする。

 バルガスさんは、満足そうに俺の畑を見渡した。


「ふむ、いつ見ても見事な畑だ。それに、最近は村の連中も、君のおかげで少しはやる気を出しているようだしな」

「い、いえ、俺は何も……若者たちが頑張ってるだけですよ」

「また謙遜するか。君がきっかけを作ったのは間違いないだろう」


 バルガスさんは苦笑しながら、畑の脇にある丸太にどっかりと腰を下ろした。


「まあ、良い。村が良い方向に向かっているのは確かだ。君がここへ来てくれて、本当に良かったと、わしは思っているぞ」

「そ、そんな風に言っていただけると……恐縮です」


 まさか、元騎士団長にそんな風に評価されるなんて。

 なんだか、居心地が悪くて落ち着かない。


 しばらく畑を眺めていたバルガスさんだったが、不意に遠い目をして、昔を懐かしむように語り始めた。


「……わしも、若い頃は無我夢中で剣を振るっていたものだ」

「騎士団にいらっしゃったんですよね?」

「ああ。領主様にお仕えしてな。仲間たちと共に、何度も死線を潜り抜けたもんさ」


 バルガスさんは、当時の戦いの様子や、仲間たちとの連携がいかに重要だったか、という話をぽつりぽつりと語ってくれた。

 決して自慢話ではなく、淡々とした口調だったが、その言葉の端々には、経験に裏打ちされた重みがあった。


「戦いでも、畑仕事でも、あるいは村の運営でも、大事なことは案外変わらんのかもしれんな」

「と、言いますと?」

「状況をよく見て、的確に判断すること。一人でできることには限りがある、仲間と力を合わせることの大切さを知ること。そして……」


 バルガスさんは、そこで言葉を切ると、じっと俺の目を見た。


「いざという時に、腹を括ることだ。たとえ自分が前に出る柄でなくとも、守るべきもののために、一歩踏み出す勇気を持つこと。それが、上に立つ者……いや、一人の男として、時には必要になる」

「……」


 俺は、その言葉の意味を測りかねて、黙って聞き入るしかなかった。

 なんだか、俺に向けられているような……?


「君を見ていると、昔の自分を思い出すことがある」

「えっ!?」


 俺が驚いて顔を上げると、バルガスさんは悪戯っぽく笑った。


「いや、剣の腕の話ではないぞ? なんというか……不器用だが、実直で、いざとなれば周りのために力を尽くせる。そういうところが、な」

「め、滅相もございません! 俺なんかに、そんな……!」


 俺は全力で否定する。

 元騎士団長の若い頃と、リストラされた冴えないおっさんの俺が似ているなんて、あり得ない!


「はっはっは。まあ、そう卑下するな。わしは、君にはそういう素質があると思っているぞ。リーダー、とまでは言わんがな」

「り、リーダーなんて、絶対に無理です!」

「まあ、そう焦るな。今はただ、目の前の畑仕事に励むがいい。だが、いつか、君の力が必要とされる時が来るかもしれん。その時、どうするか……心の隅にでも留めておくといい」


 バルガスさんはそう言うと、よっこいしょ、と立ち上がった。


「さて、そろそろ行くか。邪魔したな、コースケ」

「い、いえ! こちらこそ、貴重なお話をありがとうございました!」


 俺は深々と頭を下げる。

 バルガスさんは、また俺の肩をポンと叩き、ゆっくりと去っていった。


 残された俺は、バルガスさんの言葉を反芻していた。

 リーダーの素質? いざという時の勇気?

 俺には全く縁のない話だ。

 きっと、俺を励ますために、少し大袈裟に言ってくれただけだろう。


 そう思うことにした。

 だけど、バルガスさんのあの真剣な眼差しと、「いざという時に腹を括る」という言葉は、なぜか妙に心に残った。


「(まあ、俺がそんな場面に遭遇することなんて、万に一つもないだろうけどな……)」


 俺は苦笑しながら、再び畑仕事に戻った。

 足元の土の感触だけが、今の俺にとって確かな現実だ。

 バルガスさんの言葉の本当の意味なんて、この時の俺には、まだ知る由もなかった。

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