第11話 リリアの悩みと家庭菜園講座
秋も深まり、俺の畑では根菜類などが順調に育っている。
村の共有畑でも、若者たちが試している新しい農法が良い兆しを見せているようで、村全体の雰囲気が少しずつ活気づいてきているのを感じる。
そんなある日、いつものように差し入れを持ってきてくれたリリアさんが、少し元気がないことに気がついた。
「リリアさん、どうかしました? 何か悩み事でも?」
俺が尋ねると、リリアさんは少し俯いて、ためらいがちに口を開いた。
「あの……コースケさん。実は、うちの畑のことなんですけど……」
「リリアさんの家の畑、ですか?」
「はい。コースケさんの畑や、共有畑の一部はすごく作物が元気に育ってるのに、うちの畑は、なんだか年々元気がなくなってきてるみたいで……」
リリアさんは、しょんぼりと肩を落とす。
「お父さんもお母さんも頑張ってるんですけど、収穫できる量も減ってきてるし、味もなんだか薄い気がして……。どうしたらいいのかなって……」
なるほど。
村全体の傾向としてあった不作の問題が、リリアさんの家でも顕著になってきているということか。
以前、若者たちに話した連作障害や土壌疲弊が原因の可能性が高いだろう。
「そうですか……それは、心配ですね」
「コースケさんみたいに、美味しい野菜がたくさん作れたらいいんですけど……」
リリアさんが、羨ましそうな、それでいて少し困ったような顔で俺を見る。
その健気な様子に、俺は「放っておけない」という気持ちになった。
もちろん、俺にできることなんて限られているが。
「あの、俺でよければ、少し畑を見せてもらえませんか? 何か、気づくことがあるかもしれませんし」
「えっ!? 本当ですか!?」
リリアさんの顔がぱっと明るくなる。
「は、はい。もちろん、俺は専門家じゃないので、何もできないかもしれませんけど……」
「ううん! 見てくれるだけで嬉しいです! お願いします、コースケさん!」
リリアさんに強く手を引かれ(彼女、意外と力が強い)、俺は彼女の家の畑へと向かうことになった。
リリアさんの家の畑は、俺の畑ほど広くはないが、綺麗に手入れはされている。
ただ、土に触れてみると(もちろん、スキルを使っていることは隠して)、やはり栄養が偏っていて、少し固くなっているのが分かった。
「(うーん、やっぱり土が痩せてるな……連作障害も起きてそうだ)」
俺は、若者たちに話した輪作や堆肥の話を改めてリリアさんに説明した。
それに加えて、もう少し具体的なアドバイスもしてみることにした。
「例えば、この野菜の隣に、このハーブを植えると、お互いに良い影響を与えて、元気に育ったり、虫がつきにくくなったりすることがあるんですよ。『コンパニオンプランツ』って言うんですけど」
「こんぱにおん……ぷらんつ?」
「はい。組み合わせにもよるんですが……。あと、簡単な肥料なら、自分でも作れますよ。例えば、雑草や野菜くずを発酵させて作る『液肥』とか……」
俺は、現代の家庭菜園でよく使われる知識を、できるだけ分かりやすく説明する。
もちろん、「俺が昔やってたやり方ですけど」「上手くいくかは分かりませんよ」という予防線は張りつつ。
リリアさんは、目をキラキラさせながら俺の話に聞き入っている。
「すごい……! そんな方法があるんですね! 知りませんでした!」
「い、いえ、大したことじゃないですから……」
「コンパニオンプランツ、面白そう! やってみたいです!」
「液肥っていうのも、私にも作れますか?」
「ええ、材料があれば、そんなに難しくはないと思いますよ」
結局、その日はリリアさんと一緒に、コンパニオンプランツになりそうなハーブ(シルフィさんが以前教えてくれた、虫除け効果のあるもの)を畑の隅に植えたり、液肥作りのための簡単な説明をしたりして過ごした。
「ありがとうございます、コースケさん! なんだか、すごく勉強になりました!」
作業を終えると、リリアさんは満面の笑みで俺にお礼を言った。
その笑顔は、いつにも増して輝いて見える。
「ど、どういたしまして……お役に立てたなら、よかったです」
二人で並んで畑作業をするのは、なんだか不思議な気分だった。
むず痒いような、でも、悪い気はしないような……。
「(……って、俺は何を考えてるんだ! リリアさんはただ、家の畑のことを心配してるだけで……!)」
いかんいかん、と俺は自分の邪念(?)を打ち消す。
リリアさんは、俺に教わったことを早速実践し始めたようだ。
彼女の家の畑が、これからどう変わっていくのか。
少しだけ楽しみに思いつつ、俺は自分の畑へと戻った。
また一つ、この村での関わりが増えてしまったな、と思いながら。
*****
リリアさんに家庭菜園講座(?)をしてから数日後、またしてもあの人がやってきた。
荷馬車を畑のそばに止め、優雅な仕草で降り立つのは、行商人のセーラさんだ。
今日の彼女は、どこか遠くの町まで行ってきた帰りなのか、少しだけ旅の疲れのようなものをにじませているように見えた。
「やあ、コースケさん。相変わらず精が出るわね」
いつものように軽口を叩きながら近づいてくるが、今日は少しだけ声に張りが無いような気もする。
「セーラさん、こんにちは。お疲れのようですが、何かありましたか?」
俺が尋ねると、セーラさんは少し驚いた顔をして、それからふっと笑った。
「あら、分かる? ちょっとね、隣町での商売が思うようにいかなくて」
珍しく、彼女が弱音のようなものを漏らした。
いつも自信満々な彼女にしては、意外だ。
「思うようにいかない……ですか?」
「ええ。目をつけてた商品があったんだけど、買い付けの交渉が難航しちゃってね。相手がなかなかの狸なのよ」
セーラさんはそう言って、やれやれといった感じで肩をすくめた。
そして、畑の脇にある丸太に腰を下ろし、自分の商売についてぽつりぽつりと話し始めた。
どの町でどんなものが高く売れるか、どこの村なら珍しいものが手に入るか、商人同士の駆け引きや、貴族相手の難しい交渉術……。
「結局ね、商売なんて騙し合いみたいなものよ。いかに相手の足元を見て、安く買い叩いて、それを高く売りつけるか。それが基本なの」
彼女の語る商売哲学は、かなりシビアなものだった。
綺麗ごとだけではやっていけない、厳しい世界なのだろう。
その話を聞きながら、俺は不思議と、現代日本で営業マンとして働いていた頃のことを思い出していた。
もちろん、扱っている商品も、時代も、世界も全く違う。
それでも、相手のニーズを探り、価格交渉をし、時には駆け引きも必要になる……そういう根っこの部分は、案外共通しているのかもしれない。
セーラさんが、例の狸(と彼女が呼ぶ)な取引相手との交渉の難しさについて愚痴をこぼした時だった。
俺は、つい、口を挟んでしまった。
「あの……その相手の方って、たしか以前、セーラさんが別の商品を高値で売りつけたことがある、とかおっしゃってませんでしたっけ?」
「え? ああ、そういえば、そうね。それが何か?」
「だとしたら、今回は少し強気に出すぎているのが、かえって警戒されているのかもしれませんね。相手も、以前の取引でセーラさんの手腕を知っているわけですから」
「……!」
セーラさんが、はっとした顔で俺を見る。
「むしろ、今回は少し下手に出て、相手の自尊心をくすぐるような形で交渉を進めてみてはどうでしょう? 例えば、『あの時のような素晴らしい取引を、ぜひもう一度……』といった感じで持ちかけて、相手に『主導権を握っている』と思わせつつ、こちらの条件を少しずつ飲ませていく、とか……」
「……」
「あ、いや、すみません! で、出過ぎたことを! 素人の戯言ですから、忘れてください!」
しまった!
元営業マンの癖で、つい具体的な交渉術みたいなことを口走ってしまった!
俺は慌てて自分の言葉を取り消そうとする。
しかし、セーラさんは、俺の言葉を遮るように、じっと俺の顔を見つめていた。
その目には、いつものからかうような色ではなく、驚きと、強い興味が浮かんでいる。
「……あなた、本当に何者なの?」
セーラさんが、静かな声で呟いた。
「え?」
「普段は冴えない農夫のふり(?)してるくせに、どうしてそんな……まるでベテランの商人みたいなことが言えるのよ?」
「い、いや、ですから、たまたま思いついただけというか、その……!」
俺は必死に誤魔化そうとするが、セーラさんの疑念に満ちた(そして、どこか楽しそうな)視線から逃れることはできない。
「ふーん……ますます興味が湧いてきちゃったわ、コースケさん」
セーラさんは、唇の端を吊り上げて、意味深に笑う。
その笑顔は、以前よりもさらに魅力的で、そして、俺にとってはさらに厄介なものに見えた。
「(うわぁ……墓穴掘ったかも……)」
俺の隠れた(?)一面が、図らずもセーラさんに知られてしまった。
彼女の俺に対する見方は、明らかに変わり始めている。
それが、今後の二人の関係にどう影響するのか……。
俺は、自分の迂闊さを呪いつつ、セーラさんの追及(という名の新たなからかい)が始まる前に、そそくさと畑仕事に戻るのだった。
あの人の前では、うっかりしたことも言えないな、と肝に銘じながら。