第10話 おっさんのアイデア、形になる
ゴードンさんが俺の考えた新しい農具の製作に乗り気になってくれてから、俺は時々、彼の工房を訪れるようになった。
もちろん、邪魔にならないように、だが。
「よう、コースケ。来たか」
工房を覗くと、ゴードンさんは相変わらず汗だくで鉄と格闘していた。
その傍らには、俺がスケッチで描いた改良鍬の形に近づきつつある金属の塊が置かれている。
「ど、どうですか? 進み具合は」
「ふん、まあな。だが、いくつか問題もあってな」
ゴードンさんは唸りながら、試作中の鍬を指さした。
「この刃の角度は面白いんだが、強度を保つのが難しい。それに、柄との接合部分も、今までのやり方じゃ、ちと工夫がいる」
「強度、ですか……材質の問題でしょうか?」
「材質もあるが、形そのものの問題もある。まあ、そこを何とかするのが、ドワーフの腕の見せ所よ」
ゴードンさんはニヤリと笑う。
頑固だが、自分の仕事には絶対の自信と誇りを持っているようだ。
俺は、現代で使われていた農具の素材(例えば、軽くて丈夫な合金とか、柄に使われていた木材の種類とか)を思い出しながら、いくつか提案してみた。
「あの、素人考えですけど、柄の材質をもう少し軽い木にしてみるとか……握る部分の形を、もう少し手に馴染むように丸くしてみるとかはどうでしょう?」
「ほう? 軽い木か……確かに、この村で手に入る木の中にも、硬くて軽いものがあったな。握りの形も……なるほど、長時間使うなら、そういう配慮も必要か」
ゴードンさんは、俺の意見を意外にも素直に聞き入れ、腕を組んで考え込んでいる。
「あんた、本当にただの農夫か? 妙に道具のことに詳しいじゃねぇか」
「い、いえ! たまたま、昔使ってた道具がそんな感じだっただけで……!」
危ない危ない。
あまり現代知識をひけらかすと、怪しまれてしまう。
そんなやり取りを何度か繰り返し、数日が過ぎた。
そして、ついにゴードンさんから声がかかった。
「コースケ! できたぞ! 試作品第一号だ!」
俺が工房に駆けつけると、そこには見慣れない形の鍬が置かれていた。
俺がスケッチで描いたイメージを、ゴードンさんの職人技が見事に再現……いや、それ以上のものに昇華させている。
刃の角度、柄の長さ、全体のバランス、どれもが絶妙だ。
持ってみると、驚くほど軽い。
「こ、これは……!」
「どうだ? 見た目はともかく、まずは使ってみろ。話はそれからだ」
ゴードンさんに促され、俺はその改良鍬(試作品)を持って、急いで自分の畑へと戻った。
畑の一角、まだ耕していない場所に立ち、新しい鍬を振り下ろす。
ザクッ!
「…………!」
軽い!
今までの鍬とは比べ物にならないくらい、軽い力で刃が土に深く食い込んでいく。
そして、土を返す動きもスムーズだ。
テコの原理がうまく働いているのか、少ない力で効率よく土が掘り起こせる。
「すごい……! 全然違う……!」
夢中で鍬を振るう。
今までなら息が上がっていたような作業量が、嘘のように楽に進む。
これなら、開墾作業も、日々の畑の手入れも、格段に効率が上がるだろう。
「(ゴードンさん、すごい……! 俺の拙いアイデアを、ここまで完璧な形にしてくれるなんて……!)」
しばらく試した後、俺は興奮冷めやらぬまま、再びゴードンさんの工房へと向かった。
「ゴードンさん! すごいです! あの鍬、最高ですよ!」
俺が息を切らせながら報告すると、ゴードンさんは満足そうに、ふんと鼻を鳴らした。
「まあな。このゴードン様の手にかかれば、あんなもの、朝飯前よ」
口ではそう言っているが、その顔は嬉しそうだ。
自分の作ったものが、実際に役立ち、人に喜ばれる。
それは、職人にとって何よりの喜びなのだろう。
「どうだ、コースケ。なかなか面白いものができただろう?」
「はい! 本当に素晴らしいです! ありがとうございます!」
俺が深々と頭を下げると、ゴードンさんはニヤリと笑って言った。
「礼には、あの美味い野菜をたんまり貰うからな! それと……」
ゴードンさんの目が、再び好奇心と創作意欲に輝き始める。
「あんた、他にも何か面白い道具のアイデア、持ってねぇのか? あの鍬みたいに、俺の血を滾らせるようなやつをよ!」
「えっ? 他のアイデア、ですか?」
「そうだ! もっと持ってこい! このゴードン様が、全部形にしてやる!」
どうやら、俺たちの農具開発プロジェクト(?)は、まだ始まったばかりのようだ。
頑固なドワーフの鍛冶屋との、この奇妙な協力関係は、これからどんなものを生み出していくのだろうか。
俺は、少しの不安と、それ以上の大きな期待を感じながら、ゴードンさんの力強い言葉に応えるしかなかった。
便利な道具が増えるのは、大歓迎なのだから。
*****
ゴードンさんの工房に通っては、新しい農具のアイデア(という名の現代知識の断片)を伝え、試作品を使ってみては意見を言う。
そんな日々が続き、俺の畑で使う道具は少しずつ、だが確実に進化していた。
改良鍬に加えて、土を深く耕せる鋤、畝立てを楽にする道具など、ゴードンさんが打ち出す試作品はどれも素晴らしい出来栄えだった。
「これがあれば、作業時間が半分くらいになったんじゃないか……?」
新しい道具のおかげで、畑仕事の効率は劇的に向上した。
以前よりも広い面積を手入れできるようになったし、一つ一つの作業も楽になった。
体力的な負担が減ったことで、より丁寧な作業ができるようになり、畑の状態はますます良くなっていく。
季節は、いつの間にか秋本番を迎えていた。
あれだけ暑かった日差しは和らぎ、朝晩は少し肌寒いくらいだ。
空は高く澄み渡り、畑の周りの木々も少しずつ色づき始めている。
畑の風景も変わった。
夏の間、あれだけ勢いよく実をつけていたトマトやキュウリ、ナスは収穫を終え、今は秋向けの野菜たちが主役だ。
リリアさんにもらった種から育てた、芋のような根菜。
日本から持ってきた種で育てている大根やカブ。
異世界の品種らしい、葉物野菜など。
どれもこれも、スキル【土いじり】と改良農具のおかげで、順調に、そして驚くほど元気に育っている。
「(我ながら、すごい畑になってきたな……)」
収穫した野菜を眺めながら、俺はしみじみと思う。
量も種類も豊富で、しかも味はスキルのおかげで保証付きだ。
俺自身の食生活も、この世界に来た当初とは比べ物にならないくらい豊かになった。
掘っ立て小屋の簡単な竈で、採れたての野菜を調理する。
甘みの強い異世界カボチャ(仮)は、焼くだけでも蒸すだけでも絶品だ。
みずみずしい大根やカブは、村で交換してもらった干し肉と一緒にスープにすると、体の芯から温まる。
黄金色のトウモロコシは、茹でるだけで最高のデザートになった。
「なんか、すごく贅沢してる気がするな」
質素な小屋での一人暮らしには変わりないが、食卓だけを見れば、現代日本にいた頃よりもよっぽど豊かかもしれない。
これも全て、スキルと、そしてこの畑のおかげだ。
村での生活も、すっかり板についてきた。
相変わらずリリアさんの過剰な(?)親切や、セーラさんのからかい、若者たちの訪問、シルフィさんの謎めいた手伝いは続いているが、それも日常の一部として受け入れられるようになってきた。
村人たちとの関係も良好で、物々交換も安定している。
異世界に来て、リストラされて、どん底だったはずなのに。
今の俺は、間違いなく「生きている」という実感を得ていた。
穏やかで、地味で、でも確かな手応えのある毎日。
「このまま、ずっとこんな日々が続けばいいんだけどな……」
夕暮れに染まる畑を眺めながら、俺はそんなことを願う。
しかし、心のどこかで分かってもいた。
俺の作る野菜が、俺の持つ知識が、この村にもたらした変化は、決して小さくない。
その影響は、静かに、だが確実に、村の外へも広がっているのかもしれない。
セーラさんが、次に村に来た時、どんな話を持ってくるのか。
バルガスさんが、俺に何を期待しているのか。
そして、シルフィさんは、いつまでここにいるのだろうか。
穏やかな日常の裏側で、何かが少しずつ動き出しているような、そんな予感を覚えながら。
俺は、秋の深まりとともに、また一つ季節が巡っていくのを感じていた。
今はただ、この畑を守り、日々の営みを続けるだけだ。
そう自分に言い聞かせながら。