2 ウユカヤ復興資料館
小高い丘に建てられた彼とマニカが勤務しているのは、ウユカヤ復興資料館という。主に旧時代の遺物を展示していて、戦争遺産も多い。
そんななか備品倉庫兼事務所で朝礼が行われている。
「今日は小学校の遠足で当館を利用するみたいだから、いつも以上に安全には配慮すること、いいね?」
「はい」
「はぁい」
施設の運営はほとんどが機械化されており、人的労働力が必要な場面は限られるため最少人数で賄っている。この復興資料館は今回のような行事などに使われる事が多い施設なので、職員数は例外的に多いが。
学芸員は発掘作業で出張している上司といつもいる彼だけで、マニカともう1人のジェイクは一般雇用人員だ。あとサポートとしてアンドロイドのルークとアミ、それとシフト制で今日は休みのアリス、フランネル、ヨウ、ボード、アテルイ、ヘスぺロスの計12人でこの施設を運用している。
「子供達が来るのは正午だから、その前に搬入作業がある。まずは終わらせようか」
「分かりました〜!」
◆◆◆
運搬車からクレーンを使ってキャリーワゴンに載せられる。ここまでは機械的に行われるためむしろ人間は邪魔だ。資料館へ搬入される時人間達はその力を発揮するのだ。
この資料館の汎用AGIと連携したスマートゴーグルをつけて搬入作業に従事する職員達。このゴーグルは道筋を視覚化し安全な経路と保持すべき箇所を多角的に判断し提案してくれる。それを元に人間が判断し行動することでより良い結果が得られる。
「一体なんなんですかこれ?めちゃくちゃ重いんですけど!2人で運ぶとかおかしいでしょ!」
「つべこべ言わない。ジェイクはクレーンの作業、ルークとアミはアンドロイドだよ?」
「はぁい…。ならまあ仕方ないですよね」
彼とマニカにそう言われたルークとアミは申し訳なさそうに経路の安全確保をしている。
科学技術が進んでも機械化出来ない部分があった。人工筋肉や強靭な繊維を作ろうとも、生身の人間の筋肉を超えるものを人工的に生産することはできなかったのだ。生命の冒涜であるとか神の真似事であるとか、余計な先入観を省いて人工人間──アンドロイド──は作れらたが、人間体であるだけで力は生身の人間のそれとは脆弱なものだった。
時間をかけるだけで生成される筋肉というものは、貴重な財産なのだ。
結局、普遍的なアンドロイドでは寿命と経験の蓄積でしか人間に勝るものはなかった。
アンドロイドはその寿命を使い知識を深め、インテリジェンスの部分をアンドロイドが、パワーの部分を人間が担当している。
話を戻して、いくつかの角を曲がって展示室まで来た2人。この展示物は二基一対なのでディスプレイは2つある。
「一旦これは左側に置くよ」
「右はどうするんですか?」
「ああ、こっちはまだ未発見だね。出土次第ここに置くことになってる。入札はしてあるんだ」
AIが指定した場所に人間が物を動かして、それをAIが承認してまた別の作業を人間に与えてゆく。当初は異議を唱える者はいたが、人間の寿命は圧倒的にアンドロイドより短い。この退廃的な状況はもう今の人間には日常になってしまったのだった。
◆◆◆
搬入作業は実に神経を使う。傷なんてついた日にはクラーク館長から大目玉だ。数マイクロメートルの違いが分かる上司相手には、微かなこすれさえにも目を光らせなくてはいけない。
マニカは自分の仕事である搬入が大嫌いであったが、彼とともにする仕事は大歓迎。恋する乙女、と言いたいところだが、マニカと違って彼はひとつのミスもしないクールで完璧な存在。ある程度任せる形なら、彼とマニカはミス無く作業を終えられるのだ。
「先輩っていっつも完璧ですよね!…それに…すごいかっこいい!」
「そうかな、お世辞でもありがとう」
マニカは自身の栗色の髪を揺らして彼を褒め称える。彼としては本当にお世辞と思っていそうだ。
今回の搬入は大きな金色の魚の彫刻だった。発掘された段階で上部は折れたような形で全体は傷や欠けで薄汚れている。
「これは確か城の意匠だったかな、確か…シャチホコ」
「……えっ!先輩これ分かるんですか!?……確かまだ文献すら見つかってないとかで未知の物体だっていうハナシなんですよ!?」
「ふぅん、そうなんだ」
彼はマニカの驚愕の表情をして彼の方をちらりと見て、彼のことを褒め称える。汚さないように着ている白衣と白手袋姿に少し見惚れながらも、彼の話に耳を傾ける。
「何十回も改修されて、前大戦の時に消失したんだ。これは8番目のものだね」
彼はそう淡々と話す。さも当然の知識だと言わんばかりの素っ気なさだった。
彼とは対照的にマニカは素っ頓狂な声を上げる。
「えぇ!?…前の大戦って……たしか、今からけっこう前のやつでしたよね?私、歴史あんまり得意じゃないんです」
「……一応仕事上そういうの覚えておいた方がいいよ」
前大戦とは今から2千年ほど前のエーオース会戦と呼ばれるものだ。侵略者との戦いは約30年もの歳月をかけて地球側が勝利した。
当初は地球側の劣勢で、大陸のいくつかが壊滅するほどの被害を被った。現在のアンドロイドと人間の比率が拮抗するまでの状況に至った歴史的ターニングポイントでもある。
学校の授業でさらりと済ませられる規模ではないので、単にマニカが苦手な分野なだけだった。
「じゃあ休憩でもしようか」
彼が休憩という単語を発した途端、今までの疲れた様子から打って変わってマニカは喜色満面になって皆に伝えに行く。マニカが飛んで出て行った開け放たれたドアの向こうから彼女の元気の良い声が聞こえてきた。
「…そういえば冷蔵庫に見慣れないスイーツがあったな」
ひとり展示室に残された彼がそんなマニカの用意周到さに苦笑したのだった。




