17 おとぎ話の英雄
「君なら十分に戦力になれる!我々の救世主になってほしい!」
「救世主、と言われましても…」
ヴィルはどうやら相当溜め込んでいたようだ。手を大きく広げて背を反らせて熱弁している。非公式でも銀河超獣と渡り合える存在を見つけられて、歓喜雀躍の思いもあるのかもしれない。
「今まで我々は随分と後手に回らされてきた。前大戦の生き残りが未だにこの地球へと攻めてくるのを迎撃するばかり。しかも今の地球の兵器じゃ撃退する事すら出来ないんだよ」
「それは……変なことを言いますね。昔は勝てたんでしょう?」
彼の一言はもっともである。昔の撃ち漏らしがいたとしても残党ならば能力は大して変わっていないはずだ。しかも時代と文明は進み、技術の向上とともに兵器の質も上がっているのだ。
彼には撃退できないという道理が分かりかねた。
「昔はできた、でも失われたのさ。前大戦の時に地球は半分以上焦土と化した。今では土地のフロート化や人工食糧で食いつないでいるけど、いまだ地球の真皮層は丸焦げだ。今の我々では足止めが精一杯なんだ」
ヴィルは肩をすくめつつそう言って、「それにさ」と続けて。
「……当時の奴らの甘さの皺寄せが未来に来てるんだってことだよ、ね。もし殲滅してくれてたら我々が頑張る必要も無能の烙印を享受する必要もない。……どっちが無能なんだって話なんだと、君もそうは思わないかい?」
ヴィルは愚痴っぽく、表面上の平和であれ地球規模の災厄を撃退したかつての戦士達を嘲った。
今この時を過ごせているのは死に物狂いで勝利をもぎ取った戦士達の功績でしかない。彼は少し憤りを覚えて反論する。
「…でも撃退するには至ったんですよね、短くとも平和は勝ち取った。かつての精兵やERSAar達のおかげで」
不満を持った彼がヴィルの言い分に反論すると、ヴィルは素っ頓狂な顔をしてすぐに大笑いしだす。
「……あ、アーサー?……っく、ははは!君って知的でクールなんだと思ってたけど…ぷくく、案外俗っぽいね!あんなのは、おとぎ話、事実じゃないよ!」
彼は目の前の男が吹き出して笑っているのを理解できないでいる。だが自分のことを馬鹿にしているであろう雰囲気を感じ取って眉間に皺を寄せる。
「アンタ、馬鹿なんじゃないのか?そもそも前の戦争っていうのは」
彼が間違いを正そうとして苛立ちながら話出そうとしたとき、さっと手を目の前に差し出して止めたのはヴィルだった。
そんな唐突なヴィルの行為に更に苛立ちを覚えたような表情の彼は更に苛立ちを覚えて睨みをきかした。
「…前大戦は我々人間とエーオースの民の共同戦線で銀河超獣を撃退したんだよ。おうおう怖い顔をして、馬鹿な話はどっちだ」
「…はあ?」
「伝説だよ。スーパーヒーローみたいな伝説、みんな好きだろ、昔の戦争なんか良い題材になるし、さ?……アーサーなんてものは創作のオハナシなんだってこと。…くくっ」
ヴィルは口元を緩ませながらそう言い切った。前大戦にはそういう超兵器などは存在せず、人類のみで銀河超獣に押し勝ったのだと彼に説明した。またエーオースすらも敵ではなく、味方として人類の友として銀河超獣を倒したのだとそう言うのだ。
しかしその事実は彼には無い。彼の記憶には無い。
「だからアンタが馬鹿と言うんだ!本当にERSAarはいて……」
「もう笑わせないでくれって!……それにそんな存在がいるんなら今すぐ連れて来いっていうんだ。…地球の英雄、銀河の調停者、宇宙の特異点だったっけ?さすがに私は卒業したよ、そういうのは」
ヴィルは「ただの創作物だよ」と切り捨てた。自分が真面目な話をしているのに、へんてこな伝説話を吹っかけてきた彼に呆れているかのようだ。
「ERSAarは、ERSAarとは……。……な、なら僕の存在がそれを否定するだろ!僕のあの能力が証明だ!」
「君の能力?…ああ、あの爆発か。それとも……テレパスみたいな症状かな?」
ヴィルはもうにやけ顔を隠そうとしていない。彼から出てくる話がおかしくて、はじめのように彼に期待しているようには見えない。
そしてヴィルは自らのこめかみを指でトントンと叩きながら彼の宇宙病も茶化す。映像でも残っている通り、1人なのに誰かと会話している場面はかなり奇妙な事だからだ。
「あのねえ、虚空と交信というやつはね、現在では宇宙病の症状と科学的に証明されているらしいよ。宇宙病患者は宇宙線を自分の脳波と誤認して脳が勝手に何かを受信した風になるとかいうじゃないか。末期のやつだとそれがノイズじゃあなくなにかの人格を作り出す」
「馬鹿が!お姉様は存在する!今も僕の異常を感じて心配すらしてくれているんだぞ!否定するなどと人間風情がおこがましいと知れ!」
彼は自分の姉への侮辱発言に激昂してしまう。怒りによって振り下ろされた彼の拳で金属製の机はひしゃげてしまっていた。
ヴィルは破砕された机を見て軽く驚きながらも、嘲りの表情は変えない。
「おう、すごいね?」
ヴィルはもう彼に興味はなく嘲弄の対象と認識しているのかもしれない。彼の一挙手一投足が振り回されるたびに反応を示すもののやはり最初より軽く見ている。
「もういいって宇宙病患者くん、ぷくく。…話が逸れちゃったよ。……とにかく君には選択肢がふたつある。我々と共に来るか、我々の管理下に置かれるか。同じ意味ではないよ、協力か強制かの違いだ」
ヴィルからの問いに気を引かれしかめ面の彼は押し黙る。この男とはこうも感覚が違うのかとあって閉口してしまったのだ。ヴィルから見れば判断を決めあぐねているように見えたのか、ヴィルから彼にひとつの提案を持ちかけた。
「じゃあこうしよう、今から3時間あげるからどちらを選ぶか大いに悩んでくれたまえ。資料館にはこっちから連絡しとくよ。症状が深刻だとなどと言ってさ。…君のあんな力を目撃してしまった以上、一般社会に戻ってもらう訳には行かなくなったから、ね」
ヴィルは机の上のインターフェースを操作して3時間のタイマーをセットしてから退室していった。
外に出たヴィルは自分の携帯端末をいじりながら部屋の前で待機していた少女に指示を出した。
「奴のアタマはアレだが例の閃光は捨て置けん。どうせ洗脳するのだし彼にとっては最期の刻だ」
「…監視は?」
「そんなものお前がやっておけ。なにやら局長から呼び出しのようだし。機械ってのは人間の役に立つべきだろ」
「了解いたしました」
その場で会釈をした少女を残してヴィルは部屋をあとにした。頭を上げた少女も部屋に残る彼を気にする素振りもなかった。
◆◆◆
1人で部屋に残された彼は椅子に座りながら俯いて、ぶつぶつと何かをつぶやいている。
「僕を精神異常者扱いして、あいつは…許せない…、ERSAarは……、ERSAarっていうのは」
彼には記憶がある、能力がある、経緯がある。全てが自分|ERSAarたり得る証拠だと確信している。
「お姉様…、聞いていますか」
彼が部屋の天井を見上げて独りごちる。頬を伝う一筋は彼の真実をどこまで映すのだろうか。
「人間はここまで愚かだったのかと、自分勝手だったのかと。僕達は未来のために戦ったのではないのですか?人間こそが地球の救世主であると傲慢を隠そうともしないんです」
「ええ、そうですよね。お姉様の言うように僕達の生みの親は人間ですよ。でも今の人間達には前みたいな矜持を感じ取れないんです。ただ死ぬために生きているような無気力さを感じます」
「お姉様は地球が好きですよね。僕はお姉様が好きな地球を守れたらそれでいいんですけど、今の傲慢な人間達を救うなんてのは、地球抵抗軍の人達に申し訳ないって気持ちもあるんです」
「はい、お姉様や他の兄弟姉妹達のこともありますから投げ出す事はないですよ。だから帰ってきたら褒めてくれませんか。目一杯に甘えたい気分です」
「ありがとうございます。元気が出ました。絶対に約束ですよ」
映像を記録するカメラからはやはりふとりでしゃべる彼しか記録されていないだろう。ただ誰にも見られなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。
彼は姉との会話は誰にも邪魔されたくないと心の底から思っているのだから。彼の逆鱗に触れたならば、銀河超獣であっても灰燼すら残さない。




