14 ウユカヤ記念病院
結局あのあとしばらくして、謎の生物の襲撃と打ち捨てられた違法アンドロイドを通報したりと一悶着あったが資料館側の責はないとして無事に片付いたようだ。
どうやらケアリークラブが政府に働きかけたらしく、面倒な手続きや取り調べは請け負ってくれたらしい。特に面倒を嫌う彼は怪我の功名だったとクレイブに感謝の念を送ったとか。
そんなこんなで事件に巻き込まれたあとは日常生活を送っていた彼は今日も今日で、資料館深奥のセキュリティドアの前まで来ている。
「いっそ壊してしまおうか。…ごめん、言ってみただけだよ」
お話しのお相手はお姉様と呼ぶナニカ。彼だけが認識している頭の中に響く声。
そもそも彼がこの扉の向こうに固執している理由は、そのお姉様にあった。
「やっぱりここは何かありそうだよ。僕も見覚えのある意匠があるし、もしかしたらもしかするね」
お姉様からのお願いだからこそ彼はここに固執する。それ以上もそれ以下もなく、生まれた時からそうなのだから仕方ない。
「今日はうるさいあの子もいないからゆっくり出来そうだよ」
しんと静まりかえっている資料館。いつも静かなのが売りの施設なのだが今日は特に音などもしない。なぜなら今日は休館日なのだ。
◆◆◆
ウユカヤ記念病院。ウユカヤ地域に唯一ある総合病院で、パーソナルケアが拡大して軽い傷や病気は自宅で治せるようになった現代において、病院の役割は個人の手に負えない深刻なものを治療することだ。
近年においては、ガンや脳出血などの進行すれば命の危険がある病気は日々のパーソナルケアで治せる。なので主な仕事は手術と入院管理になった。
ただそうすると外来患者の受け入れがなくなったので非常に時間が余るようになり、今では医者のほとんどは研究職を兼任している。またそのことで病理の分野がかなり発展する事となった。
今では外因性の疾患は全て解明され、器質性のものも続々と不治の病のレッテルを剥がされている。
残る心因性の疾患はやはり時代が進むにつれ混迷を極めている。しかし種類が膨大になろうともそれを丁寧に細分化し専門医を配置させる余裕がある。
宇宙病。そう呼ばれるものにも専門医がいる。
◆◆◆
ウユカヤ記念病院の一室、引き戸を開けて患者が入室してくる。引き戸の反対側の壁は開放されて職員用通路となりさらに別の部屋があるのが分かる。
栗色のショートカットの女性が医師に相談しているようだ。
「宇宙病、ですか」
多元性同一性障害、一般的に宇宙病と称される心因性の病気だ。それの専門医アイセンに相談しにきたのが他でもないマニカだった。
「仕事の先輩がこれっぽくて、どうにかして先輩のことを理解したいと思って…」
「なるほど、貴女ではなく仕事先の先輩ですね。どういった症状が見られますか?」
心因性の専門医はカウンセリングも治療の一環とし、門戸を大きく開いている。マニカはそれを知ってこの病院に相談しにきたのだ。彼自体は宇宙病などと思ってすらいないので病院に来たことなどない。
マニカは目の前にいるアイセンに彼の症状を話していく。
「いつもはかっこ良くて頼りになるんです。でも夕方ごろかな、1人でいる時はいつも誰かと話しているんです」
「ほう。症状が表れる時間などがあるんですか」
「そうなんです。終業時間くらいになったら出てきます。いつもはそんなことないんです、でも…」
マニカは言葉を詰まらせる。彼の宇宙病について誰かに相談するのは今回が初めてで率直な感想が口から出そうになって逡巡したのだ。
医者であるアイセンにとってはそういうところも聞きたいのでマニカに話を促す。
「でも、なんでしょう?」
「ご、ごめんなさいあの、あんまり慣れてなくてこういうの」
「いえ良いんですよ。人からどう見られてるかを知るのも治療になりますから」
「そうなんですか?じゃあ言いますケド…」
マニカは先程は飲み込んだ言葉を口にする。
「気味が悪くて」
「ほう」
実はマニカから彼を見る時には、お姉様の存在をなくしている。できれば目を背けたいけれども仕方なく付き合ってあげてるのだ。
「だって変じゃないです?誰かいるわけでもないのに空に話しかけて、時には笑って時には悲しんで。それって気持ち悪いですよね?」
いつも無表情を地で行く彼が感情を見せる時は自分ではない。それに腹が立って、あるいは憎んでいる。
「でも貴女はそんな先輩が気になるんでしょう?」
「はい。…それさえ無ければかっこいいので。普通になってほしいんです」
普通というのは客観的な尺度でしかないが、マニカにとって初めての宇宙病患者が彼のなのだからそう感じるのは仕方ないかもしれない。
「変じゃないですよね」
「ああ、それが普通の反応だろうね」
いつの間にか宇宙病のカウンセリングから恋愛相談のようになってしまった気もしていたマニカだが、来週もアイセンとのカウンセリングの予約を取り付けた。




