第345話 祖母丯孫
家を守るために主君に仕える。
たとえ自身の命が失われても、その働きで家名を汚さずにいられる。
どう生きてどう死ぬか、その命の使い方はそれぞれ。
自分を産んでくれて大切に育ててくれた家のために死ねるのならそれは素晴らしいことでしょう。だけど、それは我が家の価値観。
息子はこともあろうにこともあろうに敵対している家の娘と良い仲になってしまった。
許されない。
互いに殺し合ってきた家で……それは家族と先祖、そして精霊への裏切りでしょう。
いよいよ制裁がされようという時、陛下が二人を近衛に引き入れました。
優しい陛下だから、それは皆が仕方ないと諦めました。
近衛は名誉ある職であり、それを害するは家を害するも同じ。
ただ、名誉があるとは言っても家としては婚姻は許さなかった。もしも結婚するのなら……もしも子が生まれても孫が生まれても、家名を許さなかった。
そうしてエールは生まれた。
エールに家名はない。陛下は憐れんだのか、エールを娘のように扱った。
だからこの子にとっては「家のため」に誰かに仕えるという考えはなく、家族を守ろうとしたのでしょう。水係りの側近と、両親と、陛下を…………。
幼き頃から『風の精霊』と言われるだけの実力もあって何度も風の家に勧誘されていたのに、それをはねのけていました。
エールの動きは年齢の割に素晴らしいですが、何度打ち合おうとも私が負けることはないでしょう。
風は土や水のような領域の取り合いになりません。
その領域を維持するぐらいなら次の風を起こしたほうがいい。自身は素早く優位な位置に陣取り、相手を撹乱して仕留める。
戦ってきた経験値が勝敗を決める世界です。
ましてや……。
「<風よ>」
エールの魔法。
接近して自身を大きく見せ、風で浮かせた武器で横から刺す。当たればそのまま攻撃、外れれば体勢が崩れるからそのまま攻撃。そのまま次の2つ目の暗器を飛ばすこともある。
1つ2つと打ち払う。
次は短杖をこちらに向けてくることでしょう。狙いは胴体中央。風で頭を揺らす方法もありますが胴体を狙ったほうが吹き飛ばしやすく、安全に距離を取れます。
あえてわかりきった攻撃を胴体に受け、同時に同じ箇所を狙って相打ちに持っていく。
こちらは吹き飛ばず、エールは強く吹き飛んだ。
私が吹き飛ばなかったのはオギャース様の暴力に対応できるよう、またオギャース様の盾になれるように薄手の板金鎧を着込んでいるからですが……この子はそうじゃない。素早く駆けつけ、素早く主を移動させるための軽装。きっと金属製の薄布か革鎧なら身につけているかもしれませんが、重みが違います。
しかし、これで確証を得ましたが……今のエールは正常ではない。
風の家の戦い方は使う道具で異なり、それぞれの戦い方があります。
若干水騎士オルダース卿のような動きをしていますが、それでも元は我が家の戦い方。
同じ家の戦い方を知っている筈ですしこんな基本的な攻め方……やるなら最低でも4つは暗器を同時に飛ばすぐらいしないと効果がない。なのに基礎の基礎のような正直過ぎる攻撃をしてきた。上位存在によって思考能力が落ちているのでしょう。
思考が鈍っていても、幾度となく鍛錬を重ねた技を使ってきたのでしょう。
…………惜しい。なんと惜しいこと。
シャルトル陛下の懐にありと言われたほどの実力。最後に頼るほどの信頼を得ている。忠誠と実力を兼ね備えているのに。なぜ、こんなことに。
今すぐに抱きしめてあげたい。
生かしてあげたい。可能な限り止めるとリヴァイアス侯爵とも約束をした。
だけど、エール次第では殺さなければならない。
家具を鞭で巻き取って風で飛ばしてくる。エール自身も接近して肘と膝、そして風を使ってくる。
私が我が家の子達に教える戦闘法ですし、わからないはずがないでしょう。
全ていなして、反撃に数発入れますが……素晴らしい反応です。どれも芯には届きません。
鞭は長く、周辺には家具もありますし、部屋の広さがまだ安定していないことから邪魔になることもあってうまく使えないのでしょう。鞭を手放しての接近。
年齢にしては素晴らしい判断に練度、平常時であれば騎士団長とも渡り合えることでしょう。
短杖を持ったまま肘を使う戦闘法。柔らかくしなやかな鞭を使った移動術。風で己が身を運び、相手より疾く動く歩法。
「<風よ。漂いなさい>」
「<風よ。吹き荒れなさい>」
不可視の風とはいえ、同系統の私には認知が出来る。
エールは空間に風の玉を作ってこちらが触れれば捻り取るようにしてくる。
それぞれが動いて死角からこちらに動かしてくるあたり、嫌なやり方です。
あの子はここまでこの子を育てておきながら、大切なことを教えていないなんて…………いえ、もし自分が同じ立場でもどうにも出来なかったかもしれませんが。
「あなたの主は誰ですか?」
「フリム様ですが」
こちらを目に映しながら、どこか呆けている。……やはり何かしらの術にかかっている。
「違うでしょう?貴女の主はシャルトル陛下ただ一人。乳兄弟であり、貴女が守ると決めた唯一のはずです。なぜこんな場所にいるのですか?」
「…………」
答えられないか。
この子が何故リヴァイアス侯爵の側近をしているかは理解しています。
シャルトル陛下の治世はそれなりです。あれだけ荒れた政争からここまで立ち直れたのはレージリア宰相の手腕もあるでしょうが、それでも大きな失点は犯さず、この国に平穏をもたらせました。
その平穏が緩ぎ、その際エールは失態を晒しました。
ライアーム殿下による国王暗殺、それは失敗に終わりました。しかしその傍らで警備をするべき側近でありながら何もできずに敗北した。乳兄弟であるがゆえに信頼されて、立場もあったでしょうに犯した大きな失態。
政争から統廃合が進んだ軍も騎士団も席取りをする余裕が出てきた頃でした。
だからエールは責任を取らされそうになった。
敵はエールを毒で眠らせ、その服を暗殺に用いていた。そのためエールは内通していたという嫌疑がかけられ――――死罪を求められていました。
陛下は全幅の信頼を寄せていましたが……そこに現れたのが陛下の側近であったオルダースの子、かつての水の四名家の血を引いたフレーミス。
きっと扱いには苦労したことでしょう。年齢を考えれば養子にするなり、信頼する配下に預けたかったでしょう。
しかし、政争で『闘争』のリヴァイアス家は家人が残っていませんでしたし、残る水の三名家はルカリム家に身を寄せていて、ルカリム家当主はライアーム殿下の筆頭家臣として忠誠を誓った。
更にフレーミスの父親であるオルダースはルカリム侯爵の実の弟。
当然、当時のフレーミスは疑惑の目が向けられました。敵対勢力の血縁であり、関与も考えられるのだから処刑するように声も上げる貴族もいました。
しかし、疑いをかけられたとは言っても彼女は暗殺者を撃退、陛下の命を救いました。
手元に置くのも放逐するのもあまりに危険。
だからこそ陛下にとって利になるように、誰かが幼いフレーミスの教育と監視をする必要があったはず。
もしも疑惑の通りライアーム殿下と繋がっているのなら始末する役割もあったはず……失態を犯したエールなら適役でしょう。
エールの主君はシャルトル陛下であって、フレーミスではない。
「…………」
「貴女の真の主はシャルトル陛下です。目を覚ましなさい」
初撃は風で背を押しての一撃でしたし、気絶してもおかしくはなかったのですが……頭部は関係ないのかもしれませんね。
商人の怪我は頭部だけではなく全身だったそうですし、ユースス先輩は自身を殴って検証していましたが術は解除されていませんでした。ならば何処かの骨を折るなりして継続的な痛みを与える必要があるのかもしれませんね。
こちらを目に映しながらもどこかこちらを見ていない様子のエール。
風を操作し、無言で一気に鞭を振るう。
――――パァン!!!
「ふぐっ!?」
肘で受けようとしたみたいですが、それがわかった上で背中に大きくいれました。
かつて同じように打たれたことがありますが……あれは本当に痛い。
鞭は風の壁を破るほどの勢いで動かすことが出来る素晴らしい道具です。
剣で肉を切られる感覚とも、メイスで骨を折られる感覚とも違う。
当たれば目が眩みそうになるほどの激痛が走り、平衡感覚が歪み、その肉を動かすことも難しくなる。骨も折れているかもしれませんね。
三つ四つと、鞭で打つ。
動物や奴隷を叩く道具で、勘当した息子の子……私にとって孫を力いっぱい打ち据える。家名も奪い、我が家からも婚家からも蔑まれ、主を分からなくなった不幸な孫を。
私にはその動きがわかる。私ならば止められる。
手を抜いたつもりもないですが、それでも年老いた身、孫の目を覚ます事も、気絶させる事もできません。
激痛でしょうに、かろうじてか解いてなかった風の魔法で家具を飛ばしてきた。
「私の主はフリム様です。シャルルは私が認めた私の弟。臣下であれどこの関係は誰がどう言おうとも対等。シャルルは今、王として一人で立とうとしています。フリム様を助けることはシャルルにとっても利があるでしょうが、シャルルも私も――――家族であるフリムを守ると決めた!だから傍にいる!!」
――――『家族』ね。
オベイロス陛下も優しく、この子のことを娘のように扱っていた。
そしてリヴァイアス侯爵を家族のように……いえ、エールやシャルルにとって家族としてローブに入れたのでしょう。
中途半端にも見えましたが、主君としてではなく家族としてのあり方ですか。…………私のせいかもしれませんね。
ここで止めないと、この子は主を傷つけるでしょう。
それだけは、それだけは何があろうともさせてはいけないのです。
たとえこの子の命を奪うことになったとしても……。
もしもそうなればオギャース様にも申し訳ないですが、共に風になりましょう。ここまで長く働いてきましたし、これぐらいの勝手なら許されるはずです。
「あなたは今スーリに……いえ、上位存在に術をかけられ、リヴァイアス侯爵を守るどころか攻撃しています」
「あなたの方こそハイエルフにそそのかされてフリム様を狙ってきたのでしょう」
この子から見ればそう見えてもおかしくはないでしょうね。
だからこそ惜しい。この娘を、孫を殺すことになるなんて。
「<風よ。――――……首を落としなさい>」
せめて苦しみのないように、終わらせてあげましょう。
気炎は吐けても、動けそうにない孫に。
「術をかけられたとはいえ、あなたも家族を攻撃するのは本意ではないでしょう。――――永遠の風になりなさい」
痛みで動けないエールにありったけの魔力で短剣を2本飛ばした。
左右から鋭く飛ばしました。今のエールなら片方は防げるかもしれませんが両方は防げないでしょう。どちらかは首に刺さる。
しかし…………その短剣は防がれてしまった。
姿を見せてくれた我が家の精霊と、憎き怨敵である精霊がエールの傍にいた。
いや、防げてはないですね。
風は実体を持たない。だからこそ精霊でも実体のある短剣を逸らすのがやっとだったのでしょう。
一瞬その場にとどまったように見えた短剣は落ちることなく弾けるように飛んでエールの両腕に刺さった
よく研いだ短剣、元々生け捕りを考えて両方に強い薬を塗っています。しかし名家の精霊が2柱もいるのなら、死にはしないでしょう。
「…………」
精霊が攻撃してくるかとも思ったが、姿を消してしまった。
基本的に不可視の精霊ですし、エールに近づくこともできません。
年老いたこの婆にはこれが正解かはわかりません。この子が家族を傷つける可能性はまだ残っています。意識を失ったこの子にとどめを刺すべきかとも迷いますが……魔力が尽きた私にはこの鎧は重すぎます。
後は……世の流れに、精霊に任せるとしましょう。
コメントありがとうございます!忙しくて返せてませんが見てます(*◉ω◉*)







