第168話 小さな主……。
フレーミス様は休まれた。
すぐにでも兵の元に行きたかったがやることがある。
「酒に付き合え、ベス」
「だす。いっとぉ良い酒があっべ!」
この男はわかっているのだろうか?今のこの危うさに――――……私の心からの怒りに。
酒を取りに行ったベスにはまだわからないだろうな。他の老兵共も呼んで集める。
「アモスがいなくてよかった」
もしもこの場にいたら折檻じゃ済まないかもしれない――――殺しかねない。
メギリと音を立ててベスの書類机の一部を毟り取ってしまった。少し息を整えて酒の席を用意する。
「皆の無事を嬉しく思う。まずは飲もう」
「がぁう!」
「ぐるるぉ!!」
「さいけぇのいわいだす!」
「ごぁっ!ゲッゲッゲ!」
酒は好きだが、深酒をするつもりはない。久しく会うことのなかった仲間との挨拶だ。
私もまさか彼らとまた会えるなんて思っても見なかった。無事に会えただけでも嬉しく思う。
「皆は話せはせずとも私の言葉の意味はわかるだろう?都で領主様の血縁者が現れ、リヴァイアサンに認められた。そこで私は軍を任された」
「そりゃあめでたいこってだす!!」
「ぐらぁおっ!!」
「るるらぁ!」
酒を掬ったお椀を皆絨毯に置いて頭を下げられた。
違う、上役になったという挨拶ではない。
「……頭を下げなくてもいい。ここは公の場ではないし、そういう話をしたかったわけじゃない」
「がぁう?」
ここの連中は若い連中と違って共用語が話せなくても言葉は理解できる。
領主様の儀式をせずとも共用語は話しかけられることも多くあるし自然と意味は通じるようになる。言葉として発せられるかは別だが。
「私が話したいのは、この領地が――――新たな主が危機にさらされているということだ」
私とアモス、力と背丈のある私と鱗の固いアモスとでは出来ることが違う。
将軍として「敵を打ち倒せる者」と「誰からも倒されない者」なら後者こそがふさわしい。そもそも将とは力があって当然。戦時において民の……兵の期待に応えねばならん。
私が負けたのは多勢に無勢だった。敵に魔導具を持った二つ名持ちが何人もいた。人質がいた……見捨てられなかった。
そしてこの身は焼かれ、奴隷になるのを断って玩具のように壊された。
名のある私を壊すことで他の村を襲うのに降伏を促そうとでも思ったのかもしれない。こちらも敵兵を殺しまくったから敵兵共も容赦なく甚振ってくれた。
これも戦場の定め、自分が長く甚振られれば他のものはそれだけ生きられるし、アモスがいずれ来る。アモスが来るまで耐えれば被害は格段に減らせるはず。そう考えて耐え抜いた。
怒れるアモスによって、私の思惑通りの結果になった。しかし、そこで私は死ななかった。
どれほど寝ていたのだろうか、いっそ死んでしまえばいいのに……自らの腐臭の中で今か今かと死を待って数年。酒場で「戦場で死に時を誤った」とくだを巻く老兵はこんな気持ちだったのかと苦笑し……とうとうその日が来たと思った。
長かった。身の回りの世話を人に任せ、汚物にまみれ、礼すら満足に口から出せない。
私に使う薬があれば一体何人が助かっただろうか?治りようもなくただただ死を待つだけで数年。
いっそ自ら死ねと頭をよぎったがそれだけは出来なかった。生き抜くように兵に言い聞かせたのは私だ。母にこの強い体を産んでもらった。家族は努力を続けてくれていた。なら死を選んではいけない。
そして、奇跡を体験した。
あの子は死の床から二度目の人生を与えてくれた。我が精霊、我が光、我が無二の君主。
腕も足も角も羽根も使い物にならず体の芯の骨も折れて……腹に穴が空いたままで死を待つしかなかった私を癒やしてくれた。
小さな主は片手で持てるほどに軽い。自分を「領主なんて向いてない」と言う反面、民のことを思って考え込んで唸っているのを見た。
……まだ外で遊んでもいい歳だ。現にエールという女には甘えているのを見たことがある。
しかもクラルスによればあの子には敵が多くいる。本来なら私が赤子の頃から傍で護っていてもおかしくない立場の子が、王都で屋根もない孤児として生き抜いた。
まだ甘えてもいい歳の子がだ。しかも、力を持って伯爵とはなったがそれでも命を狙われている。
貴族の家というのは責任も大きい。人が背負うには重すぎる。……だというのに、苦難とわかっていても投げ出さずに居る。やり方は王都流なのかちょっと奇抜でよくわからないが。
聡明であるが、聡明でなければ生きては来れなかったのだろう。怒りで目眩がする。
竜車での移動と襲撃。……たった数年、言葉が通じなかった程度でリヴァイアスの軍は酷い有様だ。
言葉が通じないのは軍として致命的だったのだろう。領主様が果てた後、その間にもリヴァイアスは他領や商人、賊との戦いが続いた。
軍の中核は前領主様と共に果て……残った者できっと出来得る限りの努力をしてきたはずだ。アモスは努力家で面倒見も良いが、種族が違えば伝えられる言葉が違うのだからまとめきれなくても当たり前だ。
――――――…………とは言えなんだ、あの醜態は。
人手不足とは言え、連れてきたのは私も知ってる選りすぐりばかり。だというのにあれだけの数がいて、たった一人、たった一台の竜車を護りきれない。
むしろ、幼き主は竜車を降りて私達を護ろうと前に出ようとした。
無邪気に馬車の上に座る彼女はまだ子供らしかった。だというのに、そんな幼い子供に、護るべき主君に護られそうになったのだ。
これほど恥ずかしいことはない。
幼き主にも色々言いたいことはある……それほど私達は頼りにならないのか。頼りにならないのだ。
「ヒック……グルルラァッ!!」
「おぢついてくだすぅ!?なぁにいっでんがわがんなぐなっど??!」
「……グルル…………すまんな」
恥ずかしさで憤死してしまいそうだ。
たった数年、その数年でここまで兵が弱くなっているなんて……愚弟に文句を言いたいがアモスも手を尽くした上でこのざまなのだろう。
都ではフレーミス様が夜遅くまで働いているのに酒場でクーリディアスとクリータとの勝利を「楽勝」などと笑う兵どももいる。あの幼い主君がその身を傷つけて得られた勝利に、なぜ喜べるのか!!!
――――人が足りない。
たしかに軍の中核はいなくなってしまった。しかし領内には私のように怪我で動けない者やベスのように弱っても働いている者は数多くいる。
治療はフレーミス様には負担をかけてしまうが今のリヴァイアスには人が足りていない。治療と復帰を望むこともなく……心が折れていたり、穏やかに余生を生きることだけを考えている者も居るだろう。
――――だが、私が許さない。
このリヴァイアスの地で、幼く、か弱い主君がいる。その主君が寝る間も惜しんで働いて居ることを民は知らない。
知るべきだ。護るべきだ。怒るべきだ。励むべきだ。
「……すぐに村に伝えさせだっす」
「急げ。都は既に戦時だ。お前も治していただくと良い」
「この足もなおっだす!?」
「私の腕や足は生えたぞ?何年も寝ていたから十全とはいえんがな」
――――……少し砦の老兵、軍の先達方やベスに熱く語ってしまったが気持ちはわかってくれたようだ。
飲んだ酒はたったの3杯だったが……寝ていた間に酒に弱くなったのかもしれないな。
炊事場に行ってなにか食べよう。傷は癒えてもまだ肉が足りていない……私自身もまだ鈍り切っている。
「おきゃわーりぃ!」
「がるるぁ!」
「んなぁーぉ♪」
「うめな、じょっちゃん!それなっつくってっど?」
「これが!チャーハン!ですっ!!」
料理人に囲まれて、台の上で鍋を混ぜているフレーミス様。
顔は隠れているが頭の毛は動いている。そもそもこの声を私が間違えるはずがない。
「……何やってるんですかフレーミス様?」
料理人や兵どもはフレーミス様が誰か知らないのだろうが、ここの連中は私のことを覚えてるものもいたようで私が「様」とつけたことで変な顔をしている。
「……えへっ!」
誤魔化そうとしている――――……子供らしい子供な主様。
きっとこの行動も私達のためになると思ってのことなのだとは思うが……決めた。帰るまではずっと近くにいることにしよう。
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