第135話 降伏の使者?
アホ毛は意思でも持っているのか手ぬぐいで抑えようとしても回避しようと動く。しかし、ビュンビュン動き回る髪はどう考えても頭皮にはよくないと思うし……格闘の結果、抑えたら抑えたで頭はぐちゃぐちゃになるし、アホ毛の根本の頭皮がピリピリ痛む気がするので諦めた。
――――考えてみればアホ毛が何だ。
もしかしたらクジラ人間フリムちゃんとか身長巨大な幼女フリムちゃんとかになっていた可能性もあった。宰相のように筋肉の塊になっていたかもしれないのに比べると……うん、アホ毛ぐらい…………人間、諦めも大切なのだよ。
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不気味なほどお隣の領主からの反応はない。もしかしたら偉い人の乗っている船は遠くにいて見逃してしまっていたようだし私が敵を全滅させたと勘違いして「うちは関係ありませんよー」と知らんぷりしているのかもしれない。
隣のクリータ領が何をしているかは分からないが、もしもあのまま攻められていたらコミュニケーションの取れないこちらの軍隊なんて烏合の衆だったかもしれない。
しかし、今はちゃんと種族間で話し合えているようでクリータへの恨みはそのままに「隣滅ぼす?滅ぼしちゃう?」と多くの種族に聞かれる。
隷属した家族を解放したシャルルに対してはまだ態度が軟化したが……まだまだオベイロス憎しの気持ちも残っているようで頭が痛い。
一応こちらは攻め込まれた側だし大義名分はあるけど、どうしたものか……攻め込むというのも一つの手段かもしれないが、平和な日本に生まれた私にはその考えがそもそも無い。「何かしらの外交手段」とか「賠償」でどうにか出来ないかとまず考えが行ってしまう。
賠償金を搾り取って領地を繁栄させれば領民もこれまでの不平不満はマシになると思う。……それに正面からぶつからない分お互いに死人は出ない。他国からの侵略に対しても少しは備えになる………かもしれない。
とりあえず王都からの援軍というか主軍待ちだが、そろそろ領境いに到着しているのかもしれない。本当にスマホほしいな。
――――しかし、王都からの援軍よりも先に、隣の領地クリータからの使者が来た。
リヴァイアス王国化計画はなんとか阻止できそうではあるが、この城には謁見の間と玉座はある。そこにはシャルルに座ってもらって、隣にオーガ……じゃない、レージリア宰相閣下を配置した。
リヴァイアス家の家臣たちはものすごくなにか言いたげだったがその状態で薄手のカーテンを付けてもらい目隠しをする。襲撃対策にもなるし私の後ろには私よりも偉い人がいるというアピールにもなる。
獣人達の族長に家臣たちは横に並んでもらって私がシャルルの目隠しの前で応対しよう。
軍隊が一度攻めてきたのにその後に使者が来るとは……これもこちらではよくあることなのだろうか?
さて、何を言ってくるかはわからないが何を言ってこようとしても絶対に手を出さないように何度も注意しておく。
やってきたのは立派な服を着た男性だった。
降伏宣言だったら良いけど何を言ってくるだろうか?
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「私がこの場を取り仕切る事となりました。使者殿、何のご要件でしょうか?」
前に出てどんな態度でくるか様子をうかがう。
本来であれば私が席に座って家臣が対応するべきだろうけど、席にはシャルルに座ってもらうことで「リヴァイアスがオベイロス国の臣下」であると家臣にもわかってもらえる。更には交渉がどうなるかはともかくそこで聞いていてもらえれば「中立として聞いていた」とかで介入したり、私と使者の人で言った言わないという状況になったら介入出来るはず。
この地の主はリヴァイアスに認められた私だし、この席に座るのはフリムであるとシャルルも宰相も主張している。それが常識かもしれないが……外交上使えるかもしれないと伝えて黙って座ってもらった。
「ふんっ!ウーダ・レラギンスである。縁者だろうが下っ端の小娘に用はない!奥の姫君にお話をしたいところなのだが?」
「先程も申し上げましたがこの場は私が取り仕切ることとなっております。……要件は何でしょうか?」
スマホもないこの世界では情報伝達が雑だ。だから私のことは伝わっていないことがまずわかったが……この男の態度は初めから上からで、明らかに見下してきている。降伏する男の態度ではないな。
それより周り亜人たちの「こいついつでもぶっ殺せますぜ!」という視線が怖い。攻撃禁止はしっかり伝えたけどそれでも既に血管が切れそうぐらいお怒りの種族が何人かいる。特に馬と牛、鹿の獣人は血管が浮き出ていて目が怖い。……いや、冷静に微笑んだままのジュリオンさんからも謎の圧がして一番怖いかもしれない。
「ふん!まぁ聞こえているようだし良いだろう!こちらには賠償の請求をしたくて赴いた次第だ!!本来ならこちらのものからクリータに出向いて泣いて慈悲を乞うべきだろうに!!!」
「――――は?賠償の請求ですか?」
普通の使者であれば長ったらしい挨拶があったりするものらしいがそんな様子はなく、予想もしないことを言われた。「降伏します、賠償します、許してください」とでも言うのかと思っていたから余計に何を言っているのかわからない。
「大精霊リヴァイアスの選ぶものが現れたと聞き!この祝いを行うべく歴史と孝悌ある我が主は最大限の礼をとろうと船25隻を出した!だと言うのに!旗艦一隻を残してこの領都にて全滅!!リヴァイアスの城壁の目の前でそれが行えるものなどリヴァイアスの者でしかありえない!よって、これはリヴァイアス側の無法な行いであるっ!!!当然我が善良なる兵士たちへの賠償や船を補填するのは当然!!!既に王都の貴族院には申し立てを行っている!!」
青筋を立てて唾を飛ばしながら激高している使者殿。
しかし、私に向かってではなく玉座に座る人物に対してであって……私のことは全く見ていない。これは私の情報はまだ知られていないことは確定した。
というか祝いって…………武器を抜いた軍隊が断りもなしに進軍してきておいて何を言っているのだろうか?最大の礼と言うが金目のものは殆どなかったはずだが…………いや、船内の奴隷を「商品」のように価値があるものと考えているのなら一応の理屈は通る………かもしれない。
苦しい言い訳かもしれないが「ご領主様就任おめでとうございます。戦力が必要でしょう、どうぞ、商人を通じてリヴァイアスに縁のある奴隷を集めてきました」と言った主張であれば……面倒なことになったな。
「 さ ら に ! 」
……いや、考えても無理筋すぎるように思う。
祝いというのに武装した兵士ばかりだった。兵士たちは全滅したわけではなく捕らえて事情は聞いているので領地占領を狙ってきたのは明白なのに………この人は何を言っているのだろうか?
今の段階でふざけたことを主張してきているのにこれ以上何を言うつもりなのだろうか?
「リヴァイアスの姫君は我が主との婚約が決まっている!!」
ん?叫ばれて耳が壊れたのかもしれない。鼓膜の交換が必要だな。
「これは我が領地とリヴァイアスで正式に結ばれた約定!!………だと言うのに!いつまで待っても嫁ぎに来る様子もない!!!故にこの私がこうやって出向きに来た次第である!!さぁ!その座におわす賢者にして美姫よ!!マーヨニーズ姫よ!!今ならまだ許されましょう!我が主の元へ来るのだ!!!」
あまりの言い分に、私は固まってしまった。使者殿は「決まった」と言わんばかりに手を差し出している。シーツの向こうにいるシャルルに向かって。
マーヨニーズって言ってきているということは私のことを「シャルルを美貌で落とした美人な姫」という評価をしているのかもしれない。もしくは一度じゃ野に下った魔法使いなど「教育が足りていないから脅せばいい」とでも思われている?
見た目にも迫力のあるジュリオンさんに前に出てもらう。基本的にこの使者殿が何を言ってきても一度遅延させるように話を持っていく予定だったし、合図は決めていた。
攻撃してきたり危険そうなら取り押さえる合図にはを決めている。インフー先生の魔導具のような例もあるからどうしようもない場合もあるし……殺しても良いサインも準備していた。私の「攻撃するな」という合図の瞬間「殺さなくても良いのか?」と言いたげな表情は見逃さなかった。
お互いのためにもとりあえず一旦時間を稼ごう。
「言いたいことはわかりました。一度、上とお話して決めることとなりましょう。使者殿には一度――――「小娘!!邪魔するでない!」
私は完全に侮られているようで聞く耳を持たれなかった。
こちらに、と言うかシーツの向こうにいるシャルルに向かって迫ってくる使者のウーダ。シーツの前には私がいるため私との距離も近づいてしまう。
「使者殿!!おそらく初耳の者も多くおります。この新たな領主様の慶事、それも誉れあるクリータとの縁談、小事ではありません。故に一度家中で話し合わねばいけません」
近づいてくる使者殿の前にジュリオンさんが前に出た。
ジュリオンさんは相手を褒めつつもしっかり止められるだけの言葉で返した。軽く2メートルをこえているし流石に止まるだろう。
「こちらは賠償の問題もある。今すぐにも来ていただかねばならない!穢れた獣人風情が貴族の話し合いに口を出すではない!!!身分をわきまえろ!!」
杖を取り出してジュリオンさんに向けた男。
使者ではあるし、そんなことをすれば普通なら自分の身の危険であるはずなのに。
彼はためらわずに抜いた――――獣人という括りの人には杖を向けていいと思っているのかもしれない。
…………っ!
「……黙りなさい」
「は?小娘、今この私に向かってなにかほざいたか?」
「黙れと言いました。この領地のために戦った立派な人に対して穢れてるなどと言う者を私は許しません!!<水よ!!>」
ジュリオンさんはボロボロだった。
彼女はリヴァイアスに仕えていたから戦闘による怪我は「戦士の誉れ」とやらかもしれない。だからその点について哀れんでいたわけではない。
しかし、全身大火傷に、両方の翼をもがれて、お腹に穴があいていた。目や指や足だって足りてなくてボロボロで……そうなるまで民のために戦っていたものを「穢れ」だと?
ジュリオンさんの横から前に出て水の腕で素早く杖を取り上げた。
「わ、私は使者だぞ!!?オベイロス国が貴族!東のクリータ領主から全権を委ねられた使者であるこの私に対してなんたる礼儀知らずの無礼者が!!」
「―――それだけですか?」
杖を持つ私の本気さが伝わったのか、腰が引けて顔を青くしたがもう遅い。
「こ、国府がこんなこと許すわけがない!!領主様!!!この無礼な小娘をどうブァ??!」
口に水の腕を突っ込んで床に押さえつけた。
「――――私が、このリヴァイアスの領主です。無礼者」
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