ヘンゼルとグレーテルと俺
目が覚めると、そこは童話の世界だった。
何がどう、童話なのかと言われると上手く説明ができない。
とにかくファンシーな雰囲気……メルヘンチックな環境だったのだ。
目の前には両親に捨てられた兄妹がいる。
ヘンゼルとグレーテル。
直感がそう告げた。
まずはお互いに自己紹介でも……と思ったが、
ヘンゼルお兄ちゃんは妹を庇うような仕草を取り、
この俺を警戒しているのが丸わかりだった。
まあ当然の対応だろう。
こちらは40歳の無職男性。
歯は毎日磨いているが、風呂は週に一回。
ヒゲも鼻毛も、月に一回処理する程度。
子供たちから見れば不審者そのものだ。
俺は兄妹から距離を置き、見守った。
しばらくすると兄妹は動き出し、パンくずを落としながら森を進んだ。
これはありがたい。
俺は腹が減っていたのだ。
ヘンゼルお兄ちゃんはこちらを警戒しながらも、
この俺に食料を提供してくれたのだ。
このツンデレさんめ。
そして見えてきた。
この童話の主たる舞台、お菓子の家が。
俺は童話には詳しくないが、
たしかこの家に兄妹が閉じ込められて、
なんやかんやあってハッピーエンドという流れだったと思う。
それはさておき、俺は目の前の糖分にかじりついた。
兄妹がこちらを訝しげに見つめているのがわかる。
そう、毒味だ。
俺は決して食欲に負けたわけではない。
幼い兄妹のために、自ら進んで毒味役を買って出たのだ。
うん、甘い。
お菓子なのだから、当然甘い。
小麦粉と砂糖のハーモニー。
甘いに決まっている。
このドーナッツみたいな何かとか、すごくおいしい。
名前とか知らない。自分で料理とかしないし。
食の安全性を確認した兄妹はお菓子の家にかぶりつき、
そして家の中へと入っていった。
「ああ、入っちゃだめだよ」と言いたかったが、
何年も人と話してなかったせいで上手く言葉が出てこなかった。
案の定、彼らは悪い魔女に捕まり、閉じ込められた。
俺には見ていることしかできなかった。
家の中では兄妹が強制労働を強いられているようだ。
童話の中でもブラック労働。
これだから俺は働きたくないんだ。
悔しさを胸に、俺は毎日お菓子の家へと足を運んだ。
「頑張れ、頑張れ」と、兄妹を応援しながら。
そして数日後、妹のグレーテルが機転を利かせて魔女を倒した。
きっと俺の祈りが届いたのだろう。
お菓子の家から出てきた兄妹に「おかえり」と言ってみたが、
彼らはこちらを警戒するばかりで、何も応えはしなかった。
まあ、それも仕方ない。
俺は兄妹に背を向け、クールに手を振って童話世界から去った。